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あの日の君に会いに』 ――二人の始まりの場所へ。愛した日々を、もう一度確かめるために。  作者: 雨宮ぐみ


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第30話 お父さんも一緒に――最終話



第30話 お父さんも一緒に――最終話


北海道から帰ってきて、しばらく経ったある日。


美佐子の家に、長女と次女が遊びに来ていた。


三人でテーブルを囲み、お茶を飲みながら話をしている。


話題は、いつの間にか北海道旅行のことになっていた。


「楽しかったね、北海道」


長女が言った。


「ええ。本当に楽しかったわ」


美佐子は笑った。


釧路湿原。


阿寒湖。


摩周湖。


知床。


羅臼。


五日間の旅で見た景色が、次々と思い浮かぶ。


次女が言った。


「また行きたいね」


「そうね」


「今度は流氷を見に行こうよ」


美佐子は頷いた。


「流氷、見たいわね」


「寒いけどね」


「防寒着、ちゃんと準備しないと」


「お母さん、寒さより熊を心配してそう」


「だって怖いじゃない」


三人で笑った。


すると長女がスマートフォンを取り出した。


「それと、もう一つ行きたいところがある」


「どこ?」


「『北の国から』の撮影地」


美佐子の顔が明るくなった。


「富良野ね」


「うん」


「それもいいわね」


「純の番屋も見たし、今度はちゃんと撮影地巡りしようよ」


「そうね」


美佐子は笑った。


そして、ふと呟いた。


「お父さんも喜ぶでしょうね」


二人の娘が頷いた。


「うん」


「お父さん、『北の国から』好きだったもんね」


三人の間に、穏やかな空気が流れた。


修一が家でビデオを見ていたこと。


娘たちが話しかけても、


「今、いいところだから」


と言ってテレビから離れなかったこと。


そんな姿を思い出す。


美佐子は笑った。


悲しいというより、懐かしかった。


「じゃあ、次は流氷を見て、『北の国から』の撮影地も巡って……」


次女が指を折りながら言う。


「その次は京都?」


「温泉も行きたい」


「東北もいいよね」


「九州も行ってみたいわ」


いつの間にか、行きたい場所の名前が次々と出てくる。


美佐子は二人の娘を見ながら、笑った。


「そんなに行ったら、何年かかるのかしら」


「何年でもいいじゃん」


長女が言った。


「一つずつ行けばいいよ」


「そうね」


美佐子は頷いた。


そして、しばらく考えてから言った。


「いろんな場所へ行きたいわ」


娘たちが笑う。


「うん」


「お母さん、すっかり旅行好きになったね」


「そうかもしれないわね」


美佐子も笑った。


北海道へ行く前の自分には、こんな未来は想像できなかった。


夫を失ってから、時間が止まったように感じていた。


朝が来ても、何もする気になれない。


外へ出ることもなくなった。


未来のことなんて、考えられなかった。


けれど――


娘たちに連れられて北海道へ行った。


そこで、修一との思い出を辿った。


悲しい記憶もあった。


寂しさもあった。


それでも、笑うことができた。


娘たちと新しい思い出を作ることもできた。


そして気づいた。


大切な人を忘れなくても、人は前へ進める。


思い出を抱えたままでも、新しい景色を見ることができる。


美佐子は窓の外を見た。


青い空が広がっている。


その空を見ながら、静かに言った。


「お父さんも、一緒に行きましょうね」


娘たちは黙って微笑んだ。


もちろん、修一はもう隣を歩くことはできない。


旅行先で笑うこともできない。


「腹減ったな」


と、いつものように言うこともない。


それでも――


美佐子の心の中には、ちゃんといる。


これから新しい景色を見るたびに、


「あなたにも見せたかったわね」


そう話しかけるだろう。


それでいい。


修一との思い出を置いていく必要なんてない。


忘れる必要もない。


愛した時間は、これからも美佐子の中に残り続ける。


その思い出を胸に、これからの時間を生きていけばいい。


長女が言った。


「お母さん」


「なに?」


「また旅行しようね」


「ええ」


次女も笑う。


「今度はもっといっぱい行こう」


「そうね」


美佐子は二人の娘を見つめた。


そして、ゆっくり笑った。


「楽しみね」


その言葉を口にした瞬間、美佐子は自分自身に少し驚いた。


「楽しみ」。


それは、長い間、自分の中になかった言葉だった。


けれど今は、自然に出てきた。


明日がある。


その先にも、まだ時間がある。


行ってみたい場所がある。


見てみたい景色がある。


一緒に歩いてくれる娘たちがいる。


そして――


心の中には、愛した人がいる。


美佐子は、窓の外へ目を向けた。


北海道で見た広い空を思い出す。


釧路の空。


摩周湖の空。


知床の空。


そして、最後に見た釧路の空。


どの景色にも、修一との思い出があった。


でも、これから見る景色には、娘たちとの新しい思い出も増えていく。


それでいい。


過去と未来。


どちらも大切にしながら歩いていけばいい。


美佐子は胸の中で、修一に語りかけた。


――あなた。


――ありがとう。


――私と一緒に生きてくれて。


――たくさんの思い出をくれて。


少しだけ目を閉じる。


そして、最後に笑った。


――これからも、一緒に行きましょうね。


――流氷も見に行きましょう。


――『北の国から』の撮影地も見に行きましょう。


――そして、まだ見たことのない景色を、たくさん見に行きましょう。


目を開ける。


目の前には、娘たちがいる。


「お母さん?」


「なに?」


「どうしたの?」


美佐子は笑った。


「次の旅行、どこにするか考えてたの」


「もう?」


「だって、楽しみなんだもの」


三人の笑い声が、部屋いっぱいに響いた。


窓の外では、風が木々の葉を揺らしている。


季節は、少しずつ進んでいく。


止まっていた時間も、もう止まらない。


ゆっくりでいい。


立ち止まってもいい。


悲しい日があってもいい。


それでも、また歩き出せばいい。


大切な人との思い出を胸に抱きながら。


新しい景色を見に行けばいい。


美佐子は娘たちと並んで笑った。


そして――


これからも、何度でも旅に出る。


愛した人と過ごした日々を胸に。


娘たちと新しい思い出を作りながら。


いつかまた、空を見上げて言うのだ。


――あなた。


――次は、どこへ行きましょうか。


旅は終わっても、人生は続いていく。


そしてその人生には、


大切な人との思い出と、


これから出会う新しい景色が、


いつまでも続いていく。


――完――

『あの日の君に会いに』

――二人の始まりの場所へ。愛した日々を、もう一度確かめるために。


あとがき


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


この物語を書きながら、私は「大切な人との思い出は、その人がいなくなっても消えることはない」ということを改めて考えました。


夫婦で過ごした長い年月の中には、特別な出来事だけではなく、何気ない会話や小さな喧嘩、くだらないことで笑った時間もたくさんあります。


けれど、そんな何気ない日々こそ、後になってかけがえのない思い出になるのかもしれません。


美佐子にとって北海道への旅は、亡くなった夫を忘れるための旅ではありませんでした。


夫と過ごした日々をもう一度振り返り、その思い出を胸に、これからの人生を歩いていくための旅でした。


北海道の広い空と大地を眺めながら、美佐子が夫に語りかける場面を想像していただけたら嬉しく思います。


もし皆さんにも、大切な人と訪れた思い出の場所があるなら、いつかもう一度訪れてみてください。


きっと、昔とは違う景色が見えるかもしれません。


そして、その場所には今も、あの日の笑顔や言葉が残っているのだと思います。


この物語を読んでくださった皆さんの心にも、大切な人との思い出が残りますように。


最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

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