第28話 三人で食べる夕食
第28話 三人で食べる夕食
北海道から帰ってきて、三週間ほどが過ぎた。
美佐子の生活は、少しずつ変わっていた。
朝はカーテンを開ける。
簡単な朝食を作る。
近所まで買い物に出る。
天気が良ければ、少し散歩もする。
ほんの小さな変化だった。
それでも以前とは違っていた。
その日の夕方。
スマートフォンが鳴った。
画面を見ると、長女からだった。
「もしもし?」
『お母さん、今日暇?』
「急ね。どうしたの?」
『一緒にご飯食べない?』
「ご飯?」
『うん。妹も来るよ』
美佐子は少し考えた。
「いいわよ」
『じゃあ、迎えに行くね』
「わざわざいいわよ。私も行けるから」
『じゃあ駅で待ち合わせしよう』
「分かったわ」
電話を切る。
美佐子は時計を見る。
まだ時間はある。
「何を着ていこうかしら」
クローゼットを開ける。
服を選びながら、ふと笑った。
以前なら、外食の予定が入っても、面倒だと思っていたかもしれない。
今は違う。
少し楽しみだった。
待ち合わせの駅に着く。
ほどなくして、娘たちがやって来た。
「お母さん!」
「待った?」
「今来たところよ」
次女が美佐子を見る。
「なんか元気になったね」
「そう?」
「うん。顔が違う」
「北海道のおかげかしらね」
長女が笑う。
「じゃあ今日は、北海道じゃないもの食べよう」
「何を食べるの?」
「それは行ってからのお楽しみ」
三人で歩く。
そして入ったのは、駅の近くにある小さな洋食店だった。
「ここ、前から気になってたんだ」
長女が言う。
店内は落ち着いた雰囲気だった。
三人で席につき、メニューを見る。
「何にしようかな」
「私はハンバーグ」
「私はオムライス」
美佐子もメニューを眺める。
「私は……」
しばらく悩んでから、
「ナポリタンにしようかしら」
「いいね」
注文を済ませる。
料理を待ちながら、三人で話をする。
「お母さん、最近どう?」
「普通よ」
「散歩してる?」
「してるわよ」
「一人で?」
「ええ」
二人の娘が顔を見合わせる。
「どうしたの?」
「いや、なんか嬉しくて」
「何が?」
「お母さんが、自分から外に出るようになったから」
美佐子は少し黙った。
「……私もね」
「うん」
「自分でも、ちょっと不思議なの」
「何が?」
「前は、外に出るのが面倒だったのに」
娘たちは何も言わずに聞いている。
「今は、少し出てみようかなって思うのよ」
長女が笑った。
「それでいいんじゃない?」
「そうね」
やがて料理が運ばれてきた。
「いただきます」
三人で手を合わせる。
美佐子がナポリタンを一口食べる。
「おいしい」
「よかった」
次女が笑う。
「お母さん、最近ちゃんと食べてる?」
「食べてるわよ」
「北海道でも結構食べてたよね」
「そうだったわね」
三人で笑う。
北海道では、海鮮丼を食べた。
羅臼では、三人でいろいろな料理を分け合った。
でも今日食べているのは、近所の小さな洋食店のナポリタン。
特別な料理ではない。
それでも、美佐子は思った。
こういう時間も悪くない。
遠くへ行かなくてもいい。
高い料理じゃなくてもいい。
娘たちと向かい合って、笑いながら食事をする。
それだけで、十分幸せだった。
食事を終え、店を出る。
外はすっかり暗くなっていた。
駅へ向かって三人で歩く。
「お母さん」
「なに?」
「またご飯食べに行こうね」
「ええ」
「今度は何がいい?」
美佐子は少し考える。
「そうね……」
そして笑った。
「次は私が店を探してみるわ」
娘たちが驚いた。
「え?」
「お母さんから?」
「そうよ」
「じゃあ楽しみにしてる!」
三人で笑う。
駅に着く。
それぞれ帰る方向が違うため、ここで別れる。
「じゃあ、またね」
「気をつけて帰ってね」
「お母さんもね」
娘たちが手を振る。
美佐子も手を振り返す。
二人の姿が人混みの向こうへ消えていく。
美佐子は一人になった。
けれど――
以前のような寂しさはなかった。
今日は楽しかった。
また一緒に食べたい。
今度は自分から店を探してみよう。
そんなことを考えながら、駅の階段をゆっくり上っていく。
家に帰れば、また一人の夜が待っている。
それでも、もう怖くなかった。
北海道から帰ってきて、美佐子は少しずつ知り始めていた。
大切な人を失った後でも――
笑える日がある。
楽しめる日がある。
そして、これからの予定を楽しみにすることもできる。
美佐子は駅の出口で夜空を見上げた。
「明日は何をしようかしら」
その声は、以前よりずっと明るかった。




