第26話 旅の思い出を囲んで
第26話 旅の思い出を囲んで
北海道から帰ってきて、一週間。
その日の午後、長女と次女が美佐子の家にやって来た。
「お母さん、いる?」
玄関から長女の声がする。
「いるわよ」
美佐子が玄関を開けると、次女が大きな袋を抱えて立っていた。
「はい、お土産」
「また?」
「北海道のお土産じゃないよ」
「じゃあ何?」
「お菓子」
「それをお土産って言うんじゃないの?」
「北海道旅行のお疲れ様会用」
「そんな会、いつ決まったの?」
「今」
「今なのね……」
美佐子は笑った。
二人を家に入れる。
「今日は何するの?」
「旅行の写真を見る」
長女がスマートフォンを取り出した。
「写真、いっぱい撮ったからね」
「そんなに撮った?」
「撮ったよ」
「私、変な顔してないでしょうね?」
「いっぱいあるよ」
「いっぱいあるの?」
美佐子が心配そうな顔をすると、次女が笑った。
「大丈夫。変な顔も思い出だから」
「あなたたちは……」
三人でテーブルを囲む。
長女がテレビにスマートフォンをつなぐ。
画面に最初に映ったのは、釧路湿原だった。
「これ、丹頂鶴!」
「懐かしいわね」
「二羽いたよね」
「ええ」
次の写真。
阿寒湖。
マリモ。
神の子池。
「これ、すごかったよね」
「青かったね」
「熊が出るんじゃないかって、みんなで怖がったし」
「あなたが一番怖がってたでしょう」
「だって森の中だったんだもん」
三人で笑う。
次々に写真が変わっていく。
野付半島。
国後島。
知床五湖。
知床峠。
羅臼。
「この写真、風すごかったよね」
「知床峠、寒かった」
「でも景色はすごかった」
「国後島も見えたしね」
そして、羅臼の写真になる。
「これ、純の番屋」
「ここ、閉まってたんだよね」
「そうそう」
「お腹空かせたまま見てた」
「そのあと二分くらいで道の駅に着いたよね」
「そして……」
次女が次の写真を出した。
テーブルいっぱいに並んだ料理。
「これ!」
美佐子が声を上げる。
「食べ過ぎじゃない?」
「三人で食べたんだからいいの」
「でも、すごい量よ」
「せっかく羅臼まで来たんだから」
その言葉に、三人が一瞬黙った。
そして――
顔を見合わせる。
「……言いそう」
長女が笑った。
「お父さんなら絶対言う」
次女も笑う。
「『せっかく来たんだから』って」
美佐子も笑った。
「そうね」
その笑顔に、以前のような苦しさはなかった。
ただ、懐かしかった。
長女が次の写真を出す。
夜の海。
暗い海の上に、小さな漁船の明かりがいくつも浮かんでいる。
「これ、昨日の夜だね」
「きれいだったね」
美佐子は画面を見つめた。
「あの明かり……忘れられないわ」
次女が言う。
「私も」
「なんだか、ずっと見てたくなったよね」
三人はしばらく、その写真を眺めていた。
やがて長女が言った。
「ねえ、お母さん」
「なに?」
「また北海道行こうよ」
美佐子は笑った。
「また?」
「うん」
「次は流氷」
次女が指を一本立てる。
「それから『北の国から』の撮影地」
「あと、まだ行ってないところもあるし」
「五日間じゃ足りないね」
「じゃあ、次は七日間?」
「もっと長くてもいいんじゃない?」
美佐子は二人の顔を見た。
そして、ゆっくりとうなずいた。
「そうね」
少しだけ考えてから、笑う。
「今度は私が行きたい場所を探してみようかしら」
「いいじゃん!」
「お母さんから旅行先を提案するの、初めてじゃない?」
「そうね」
美佐子は笑った。
北海道旅行に行く前の自分なら、そんなことを言うことはなかっただろう。
でも今は違う。
「また行きたい」
そう思える。
それだけで十分だった。
テーブルの上には、北海道のお土産のお菓子が並んでいる。
三人はお茶を飲みながら、また写真を眺め始めた。
笑った。
驚いた。
思い出した。
そしてまた笑った。
その日の夕方。
娘たちが帰る時間になった。
玄関で長女が振り返る。
「お母さん」
「なに?」
「今日は楽しかったね」
「ええ」
「また写真見ようね」
「そうね」
二人が帰っていく。
玄関のドアを閉める。
美佐子はリビングへ戻った。
テーブルの上には、まだ北海道の写真が映ったままだった。
画面には、三人で撮った一枚の写真。
美佐子はその写真を見つめる。
そして、小さく笑った。
「……いい旅だったわね」
窓の外は、夕暮れになっていた。
北海道の旅は終わった。
けれど、その旅で生まれた思い出は、これからの日常の中に残っていく。
そして美佐子は――
次の旅を、少しだけ楽しみにしていた。




