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あの日の君に会いに』 ――二人の始まりの場所へ。愛した日々を、もう一度確かめるために。  作者: 雨宮ぐみ


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第22話 釧路の夜

第22話 釧路の夜


釧路のホテルにチェックインした三人は、少し休んだあと、夕食のために外へ出た。


北海道の旅も、今日が最後の夜。


明日は釧路を離れ、東京へ帰る。


「最後の夜だね」


次女が言った。


「そうね」


美佐子は釧路の街を歩きながら答えた。


「なんだか、あっという間だったわ」


「本当にね」


長女も頷く。


今夜の夕食は、釧路らしく炉端焼き。


店に入ると、炭火の香ばしい匂いが漂っていた。


「いい匂い!」


次女が嬉しそうに言う。


「最後の夜だから、今日はいっぱい食べよう」


「いつもいっぱい食べてるでしょう」


美佐子が笑う。


「北海道に来てから、ずっと食べてる気がする」


「だって、おいしいものが多いんだもん」


三人は笑いながら席についた。


目の前には炭火。


その上で魚や野菜がじっくりと焼かれていく。


焼き上がった魚を口にすると、香ばしい香りが広がった。


「おいしい……」


美佐子が思わず声を漏らす。


「でしょ?」


次女が嬉しそうに頷く。


「釧路の最後の夜に炉端焼きって、最高だね」


「本当にね」


三人は焼き魚を食べ、海の幸を味わい、北海道最後の夜を楽しんだ。


料理が運ばれてくるたび、


「これも食べてみて」


「そっちもおいしそう」


「ちょっとちょうだい」


と、自然に箸が伸びる。


食事をしながら、今回の旅の話にもなった。


「最初の日、釧路湿原で丹頂鶴を見たよね」


「二羽いたね」


「阿寒湖ではマリモを見て」


「摩周湖も見えた」


「神の子池では熊が出ないかって、みんなでビクビクして」


「知床では本当に熊を見たし」


「エゾシカも見た」


次々と思い出が出てくる。


「五日間って、こんなにいろんなことができるんだね」


長女が言った。


美佐子は笑った。


「本当に、いろいろあったわね」


食事を終える頃には、外はすっかり暗くなっていた。


三人は店を出る。


「少し海を見てから帰らない?」


長女が言った。


「いいわね」


釧路の海のほうへ向かう。


夜の海は、昼間とはまったく違っていた。


波の音が静かに聞こえる。


海の向こうには暗い空が広がり、ところどころに街の明かりが見えていた。


三人はしばらく並んで海を眺めていた。


「明日、帰るんだね」


次女がぽつりと言う。


「ええ」


美佐子は答えた。


けれど、その声には旅の始まりの頃の寂しさとは違うものがあった。


しばらく黙って海を見ていた美佐子が、突然、娘たちに向き直った。


「ねえ」


「ん?」


「二人とも……ありがとう」


娘たちは少し驚いた顔をした。


「どうしたの、急に」


「ううん」


美佐子はゆっくりと言葉を続けた。


「この旅行、本当にありがとう」


「お母さん……」


「北海道に来るって決めたときは、正直、どうなるのか分からなかったの」


美佐子は海を見た。


「お父さんとの思い出がいっぱいある場所に来たら、もっと辛くなるんじゃないかって思ってた」


娘たちは黙って聞いていた。


「でもね」


美佐子は微笑んだ。


「来てよかった」


「……うん」


「お父さんのことをたくさん思い出したわ」


少し間を置いて、続ける。


「でも、それだけじゃなかった」


娘たちを見る。


「あなたたちと一緒に笑ったことも、食べたことも、いろんな景色を見たことも……全部、これから大切にしていきたい思い出になったわ」


長女の目が少し潤んだ。


次女も黙って頷いている。


「だから、本当にありがとう」


美佐子が頭を下げようとすると、


「もう、やめてよ」


次女が笑いながら美佐子の腕を抱いた。


「私たちが行きたかったんだから」


長女も笑う。


「そうだよ。お母さん一人だったら、絶対もっと無理してたでしょ」


「そうかもしれないわね」


美佐子も笑った。


「だから、二人がいてくれてよかった」


三人は海を眺めた。


静かな波の音が聞こえている。


美佐子は思った。


夫を失ってから、ずっと自分の時間が止まってしまったように感じていた。


けれど、娘たちが手を引いてくれた。


一緒に旅をして、一緒に笑って、一緒に思い出を作った。


そのおかげで、自分の中に止まっていた時間が、少しずつ動き始めた。


「ねえ、お母さん」


次女が言った。


「何?」


「また来ようね」


美佐子は笑った。


「ええ」


「今度は流氷!」


「北の国からの撮影地もね」


長女が付け加える。


「そうね」


美佐子は夜の海を見つめた。


「今度は、どんな思い出ができるのかしらね」


三人は顔を見合わせて笑った。


釧路の夜。


静かな海を前にして、三人はしばらくその場に立っていた。


明日は東京へ帰る。


けれど、美佐子の旅は、明日で終わるわけではない。


これから先も、娘たちと過ごす時間がある。


新しく作っていく思い出もある。


そして、心の中には、いつまでも修一との思い出が残っている。


美佐子は海を眺めながら、小さく呟いた。


「お父さん……私、少し元気になったわ」


夜の海は、何も答えなかった。


ただ静かに波を寄せては返していた。


その波の音を聞きながら、美佐子は娘たちと並んで、ゆっくりとホテルへ戻っていった。

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