第20話 羅臼のごちそうを前にして
第20話 羅臼のごちそうを前にして
道の駅らうすに到着すると、三人はさっそく店内へ入った。
知床を歩き、山を越え、羅臼までやってきた。
お昼を食べるには、ちょうどいい時間だった。
「お腹空いたー!」
次女が真っ先に声を上げる。
「はいはい。まずはメニューを見ましょう」
長女がメニューを手に取った。
美佐子も隣から覗き込む。
「何があるのかしら」
三人でメニューを見る。
ところが――。
「……多いね」
長女がつぶやいた。
「多いわね」
美佐子も頷く。
次女がメニューを読み始めた。
「ウニエビ丼……」
「いいわね」
美佐子が反応する。
「エビかに丼……」
「これもいい」
「羅臼昆布ラーメン」
「それも食べたい」
「キンキ定食」
「キンキ……」
美佐子の目が少し輝く。
「キンキ煮付け定食」
「煮付けもある!」
「サーモンハラス定食」
「それも好き」
「ホッケ定食」
「ホッケも捨てがたい」
「お刺身定食」
「お刺身……」
三人の顔が真剣になっていく。
次女がさらに読み上げる。
「イクラホタテサーモン丼」
「おいしそう」
「ウニサーモン丼」
「それも食べたい」
「ウニ丼」
「王道ね」
「ウニイクラ丼」
「うわ……」
長女が思わず声を漏らした。
「羅臼海鮮丼」
三人が黙った。
「……これは食べたい」
美佐子がぽつりと言う。
「うん」
長女も頷く。
「私も」
次女も真顔だった。
ところが、まだ続きがある。
「なまらヤンシュウ丼」
「なまら……?」
美佐子が首を傾げる。
「何それ?」
次女がメニューを覗き込む。
「名前からして気になる」
「北海道らしい名前ね」
三人で顔を見合わせる。
そして最後。
「ハンバーグ」
「……ハンバーグ?」
三人が一斉に笑った。
「なんでここでハンバーグ?」
次女が笑う。
「海鮮ばかり見てたから、急にハンバーグが出てきてびっくりしたわ」
美佐子も笑った。
「でも、ハンバーグもおいしそうよ」
「お母さん、海鮮を食べに来てるんじゃなかった?」
「そうだけど……」
「だけど?」
「ハンバーグも好きなのよ」
「もう!」
三人で大笑いした。
メニューを見ているだけなのに、なかなか注文が決まらない。
「どうする?」
長女が尋ねる。
「私はウニ丼かな」
次女が答える。
「私はキンキも気になる」
美佐子が言う。
「でも羅臼海鮮丼も食べたい」
長女が悩む。
「ウニイクラ丼もいいよね」
「ウニサーモン丼も……」
「もう、全部食べたい!」
次女が叫んだ。
「それは無理でしょう」
美佐子が笑う。
「じゃあ、どうする?」
三人でしばらく考えた。
すると長女がメニューを見ながら言った。
「ねえ。ラーメンは三人で一つ食べない?」
「羅臼昆布ラーメン?」
「うん。せっかく羅臼に来たんだから」
「いいね!」
次女がすぐに賛成する。
「三人で分ければ、いろいろ食べられる」
「それならいいわね」
美佐子も頷いた。
「じゃあ、丼は?」
「せっかくここまで来たんだから……」
長女が言う。
「羅臼海鮮丼」
次女が続ける。
「ウニイクラ丼」
美佐子が言った。
「ウニサーモン丼」
三人が顔を見合わせた。
「三つ頼もう!」
「決まり!」
こうして注文が決まった。
羅臼昆布ラーメン。
羅臼海鮮丼。
ウニイクラ丼。
ウニサーモン丼。
もちろん、一人一つではない。
三人で全部をシェアする。
「これなら、いろんな味が食べられるね」
長女が嬉しそうに言った。
「でも、結構な量じゃない?」
美佐子が笑う。
「大丈夫」
次女が胸を張った。
「私、お腹空いてるから」
「さっきからそれしか言ってないわね」
また三人で笑った。
しばらくすると、料理が運ばれてきた。
まず、羅臼昆布ラーメン。
昆布の香りがふわっと漂う。
「いい匂い」
次に丼が並ぶ。
羅臼海鮮丼。
ウニイクラ丼。
ウニサーモン丼。
テーブルの上が、一気に豪華になった。
「すごい……」
美佐子が思わず声を漏らした。
「これは迷うわ」
「もう迷わなくていいよ」
次女が笑う。
「全部食べるんだから」
「そうね」
美佐子も笑った。
三人で少しずつ取り分ける。
「はい、お母さん。ウニ」
「ありがとう」
「お姉ちゃん、イクラ食べる?」
「食べる!」
「じゃあ、サーモンも」
「ちょっと待って。私の分、なくならない?」
「早い者勝ち!」
「そんなルールないでしょう」
笑いながら、三人で箸を伸ばす。
ひと口食べるたびに、
「おいしい」
「これもおいしい」
「こっちも食べてみて」
そんな声が飛び交った。
美佐子は、ふと箸を止めた。
この光景を見ていると、昔のことを思い出した。
家族で食卓を囲んでいた頃。
修一も、食べたいものがいくつかあると、よく迷っていた。
ある日のこと。
外食をしたとき、メニューを前にして修一が真剣な顔で悩んでいた。
「どれにするの?」
美佐子が尋ねると、修一はしばらくメニューを眺めて、
「全部食べたい」
と言った。
「無理でしょう」
美佐子が笑う。
すると修一は、
「じゃあ、二つ頼んで半分こしよう」
と真顔で言った。
美佐子は思わず笑った。
「あなた、食べたいものが多すぎるのよ」
「だって、せっかく来たんだから」
その言葉を思い出して、美佐子の顔に自然と笑みが浮かんだ。
「どうしたの?」
長女が尋ねる。
「お父さんのことを思い出したの」
「何?」
「昔もね。お父さん、食べたいものがいっぱいあると、全部食べたがったのよ」
「やっぱり」
次女が笑う。
「今日のお母さんたちと同じじゃん」
「そうね」
美佐子も笑った。
「『せっかく来たんだから』って言ってたわ」
三人は顔を見合わせる。
「お父さんらしいね」
長女が言った。
「ええ」
美佐子は頷いた。
「本当に、そうね」
目の前には、たくさんのごちそう。
隣には、大切な娘たち。
そして、その会話の中には、今も修一がいる。
美佐子は海鮮丼を一口食べた。
「……おいしいわね」
「うん!」
娘たちも笑った。
三人の昼食は、笑い声とともにゆっくりと続いていった。




