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あの日の君に会いに』 ――二人の始まりの場所へ。愛した日々を、もう一度確かめるために。  作者: 雨宮ぐみ


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第18話 知床峠で出会った動物たち

第18話 知床峠で出会った動物たち


知床五湖を後にした三人は、車に乗り込んだ。


次に向かうのは、知床峠。


羅臼へ抜けるための山道だ。


「じゃあ、出発するよ」


長女が運転席に座り、エンジンをかける。


「知床峠って、結構高いところまで上がるんでしょう?」


次女がカーナビを確認しながら尋ねた。


「そうね。山を越えて羅臼へ行く道だからね」


美佐子は窓の外を眺めた。


知床五湖周辺の森を抜けると、道は少しずつ上り坂になっていく。


木々の間から、ときどき青い海が見えた。


「わあ……海が見える」


次女が窓の外を指さす。


「さっきまで森だったのにね」


「知床って、森と海が近いのね」


美佐子も身を乗り出すようにして外を見た。


道はさらに高いところへと続いていく。


周囲の木々が少しずつ低くなり、視界が開けてきた。


そして――。


「お母さん!」


突然、次女が声を上げた。


「な、何?」


「今、何かいた!」


「何が?」


「鹿!」


長女も車の速度を落とした。


道路から少し離れた斜面に、エゾシカが数頭立っている。


茶色い体。


長い脚。


大きな角を持った雄もいた。


「本当にいる……」


美佐子は目を丸くした。


「北海道って、普通に鹿がいるのね」


「普通に、って言い方もどうかと思うけど」


長女が笑う。


エゾシカたちは三人の車を警戒するように見つめていたが、しばらくするとゆっくりと森の中へ入っていった。


「行っちゃった」


「でも、見られてよかったね」


美佐子は嬉しそうに笑った。


知床五湖では森の中を歩いた。


そして今は、山道を走りながら野生の鹿を見る。


北海道の自然が、少しずつ美佐子たちの前に姿を見せてくれているようだった。


しばらく走ると、道はさらに高くなった。


やがて、知床峠に到着した。


車を停めて外に出る。


「寒い!」


次女が両腕を抱えた。


「風が強いわね」


美佐子も上着をしっかりと閉める。


目の前には、知床の山々が広がっていた。


青い空。


雄大な山。


そして、その向こうには海が見える。


三人はしばらく言葉を失って、その景色を眺めた。


「お母さん、あそこ」


長女が遠くを指さした。


美佐子もそちらを見る。


海の向こう。


遠くに見える島影。


「……国後島ね」


野付半島でも見た島だった。


ここから見る国後島は、また違った表情をしていた。


美佐子は静かにその島を見つめた。


すると、ふと四十年以上前の記憶が蘇った。


新婚旅行で北海道を訪れたときのこと。


若い修一と二人で、同じように遠くの海を眺めていた。


修一はしばらく黙って国後島を見つめたあと、ぽつりと言った。


「北海道って、広いな」


その言葉が、今でも美佐子の心に残っていた。


「……お父さんも、ここから見たのかな」


次女が尋ねる。


「ええ」


美佐子は頷いた。


「たぶん、同じ景色を見たと思うわ」


「じゃあ、お父さんも今ここにいるみたいだね」


長女が言った。


美佐子は少しだけ笑った。


「そうね」


風が吹き抜ける。


美佐子は国後島を見ながら、心の中で修一に話しかけた。


――あなた。


――私、ここまで来たわよ。


そして三人は、知床峠の景色を目に焼きつけるように、ゆっくりと眺めた。


そのときだった。


「……あれ?」


次女が突然、声を潜めた。


「どうしたの?」


「向こう……何かいる」


三人が同じ方向を見る。


山の斜面。


そこに、黒っぽい大きな影が見えた。


「……熊?」


長女が目を凝らす。


「え?」


美佐子の顔が固まった。


「熊なの?」


遠く離れた場所だったが、四本の脚で動く大きな動物が見える。


「たぶん……熊だと思う」


長女が慎重に答えた。


「熊!」


次女が思わず声を上げる。


「声、大きい!」


「だって熊よ!」


「落ち着いて。遠いから大丈夫」


三人は車の近くから、距離を保ったまま眺めた。


熊はしばらく斜面を歩いたあと、木々の向こうへ姿を消していった。


「……行った」


次女がほっと息を吐く。


「びっくりしたわね」


美佐子も胸に手を当てる。


「まさか、本当に見るとは思わなかったわ」


長女が笑った。


「知床だもんね」


「でも、近くじゃなくてよかった……」


美佐子が言うと、次女が頷いた。


「うん。遠くから見るだけで十分」


三人は顔を見合わせて笑った。


知床の大自然は、景色だけではなかった。


野生動物たちが暮らす場所でもある。


そのことを、身をもって感じた瞬間だった。


「そろそろ行こうか」


長女が声をかける。


「ええ」


美佐子は最後にもう一度、知床の山々を振り返った。


そして車に乗り込む。


知床峠を越えると、道は下り坂になっていく。


山を下りながら、景色が少しずつ変わっていく。


やがて海が近くなり、町が見えてきた。


「羅臼が見えてきたよ」


長女が言った。


「羅臼……」


美佐子は窓の外を眺めた。


今日一日で、たくさんのものを見た。


森。


湖。


山。


海。


エゾシカ。


そして、遠くに見えた熊。


どれも、都会では見ることのできないものばかりだった。


車が羅臼の町へ入っていく。


「着いたね」


次女が笑う。


「ええ」


美佐子も頷いた。


知床五湖を出発してから、山を越え、知床峠を抜けて、ようやく羅臼までやって来た。


長い一日だった。


けれど、不思議と疲れは感じなかった。


「明日はどうするの?」


次女が尋ねる。


美佐子は窓の外に広がる羅臼の町を見ながら答えた。


「明日も、楽しみね」


その声には、以前にはなかった明るさがあった。


夫を失ってから、止まっていたと思っていた時間。


それは今、少しずつ動き始めていた。


車は羅臼の町を進んでいく。


知床の山を越えた三人は、新しい一日へ向かっていた。

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