第3話 私達が助けた家出少女は「ここは地獄だけど、それでも私達には居場所なんだよ」と言った
児童買春を求める男達が集まり、“少女市場”と呼ばれるヒナ裏に足を運んだ優花と葵だったが、当たり前のように中年ぐらいの男が少女を買おうと集まっている光景を見て二人は愕然としていた。それでもそこに流れる空気を感じ取ろうとヒナ裏を歩く二人だったが、まるで物珍しいものを見るかのようにヒナ裏を歩く二人に対してそこにいる少女たちは不快感をおぼえ、優花と葵と話をするが、そこで優花が不用意な言葉を言ってしまったこともあり、二人はいったんヒナ裏から離れることとした。
ヒナ裏から出た後、二人はこの街の周辺をいろいろと歩き回っていた。ヒナ裏があることを除けば、そこは多少猥雑な雰囲気はあるもののいかにも大都会の中心部といった街であった。ヒナ裏から少し離れてしまえば、若者などが楽しみながら街を歩いている、そんなごく普通の都市の風景であった。
そうしてこの街を歩いていた二人だったが、近くにホテル街があることに気付いたのでそこへと足を延ばすことにした。
『ヒナ裏に来ている子たちも、ここを利用してるのかな・・・』
優花と葵がそうつぶやきながら歩いていると、二人はホテルから先ほどヒナ裏で見かけた少女と中年の男が一緒に出てくるのを見かけた。すると、その少女の周りに数人の男が集まり、無理やり肩などを抱えて彼女を連れ去ろうとしていた。
「あれ危なくない!? 助けに行こう!」
葵が気付いて優花に声をかけると、二人は少女と数人の男がもみ合っている場へ走り出していった。
「その腕輪の魔法の力を使えば、軽く触れるだけで相手を吹き飛ばせるから」
一緒にいたフェアルが二人にそうアドバイスをし、駆け付けた二人は数人の男達を軽く手の甲で払った。すると瞬く間に男達は後ろへと倒れ、そのままその場から逃走していった。
『大丈夫!?』
優花が連れ去られそうになっていた少女に声をかける。
「あんたら、さっきヒナ裏に来てた子達だよね。あんたら、格闘技か何かでもやってんの? あんな数人の男達を簡単に・・・」
『あ、あはは、まぁそんな感じかな』
魔法の腕輪のことを正直に話すわけにもいかないので、優花はごまかしながら話を濁した。
「まぁ、ともかくありがとう。ここじゃこうやって私達みたいな女を連れ去ろうとするのがよくあるんだよ」
「ヒナ裏にいる女達は急にいなくなっても、誰も探そうなんてしてくれないからね。だからああいう男達にとっちゃ都合がいいんだ」
『え、えっと・・・いなくなったら家族の人達が心配して探してくれたりはしないんですか・・・?』
さっきヒナ裏で不用意な発言をして少女達を怒らせてしまったこともあり、優花は今度は慎重に言葉を選びながらたずねた。
すると、少女は少し苦笑いをしながら答えた。
「はは、ほんとあんたら、何も知らずにここに来たんだね。ヒナ裏にいるのはほぼ全員家出少女だよ。それも家出しても全く心配なんてしないような親を持つ奴ばかりさ。ごく数人だけ家に帰るのもいるけど、そういう奴も寝るためだけに家に帰って何の会話もせずにまたここに来る奴ばかりだよ。」
『えっと、あなたはどうして家出をされたのですか。も、もちろん答えたくなかったら答えなくてもいいです・・・』
「ん・・・」
少女はほんの少し考えたうえで話を始めた。
「ねぇ、私が初めて相手した男って誰だと思う?」
突然の質問に優花は困惑したが、何も答えないわけにもいかないと思って口を開いた。
『えっと・・・学校の先輩とかですか?』
「実の父親だよ」
「それも1回じゃない。小4のときからずっとさ」
「そして、最初に私の体を他人に売らせたのも父親さ」
『え・・・』
優花も葵も全く言葉が出なかった。
「家にいるほうがマシだったら、誰がこんなところでおっさん共に体なんて売るもんか。こんなところでもね、私達にとっちゃ家よりは遥かにマシなんだよ。まだここのほうが“自分達の居場所”って思えるのさ」
「あんたらみたいに普通に生きてる女からすれば、ヒナ裏なんてただの地獄に見えるだろ? でもヒナ裏にいる私達はもっとひどい地獄から出てきてあそこにいるんだよ」
「じゃあね。とにかく今回はありがとう」
そう言うと少女は立ち去っていったが、優花と葵は何も言えないままその場に立ち尽くしていた。
それから数十分ほどしてから、葵が「そろそろ帰ろうか」と声をかけ、二人は駅へと向かって行った。
「ねぇ優花、さっきの子の腕、見た?」
葵がそう声をかけたが、優花は何のことかよくわからない様子だった。
「ものすごい数のリスカ(リストカット)の跡があった・・・」
葵のその言葉を聞いて、優花は唇を強く噛んでいた。
「家出する前からの傷なのか、ここに来てからの傷なのかはわからないけど、あの子達がどういう気持ちで生きているのかが、ほんの少しだけわかった気がする・・・」
『そうだね・・・』
優花は返事を絞り出したが、ホテル街で少女と別れてからずっと青白い顔をしてフラついていた。そして「うっ」とうめき声を出すと、側溝のところにしゃがんでくり返し嘔吐をし、そのまま数分ほど動かなかった。
『ごめんね、なんか頭がグチャグチャになって・・・』
『私、こんな生き方をしてる私と同じぐらいの年の子がいるなんて想像もできてなくて。私、何も知らずに暮らしていたんだなって・・・』
優花は立ち上がって葵にそう言うと、葵もうなずき、「とりあえず今日は家に帰ろう」と優花に声をかけて、二人は家路についた。
次の日の朝、優花の昨日の様子を心配していた葵が「どうする? これからもヒナ裏に足を運ぶ? それとももうやめとく?」と声をかけたが、優花は「大丈夫、気持ちは全く変わってないよ。私達に何かできるかもしれないことがある以上、私は自分が辛いからって見て見ぬフリをする気はないよ」と答えた。
「ただ、ヒナ裏に行っても何をすればいいかまだ全然わからないけどね・・・」
『それは・・・私もそうなんだけど、ただ昨日みたいに連れ去られそうになってる子を助けたりとか、そういうことならできるってわかったから、何もできないってわけじゃないと思う』
葵は自信なさげだったが、優花は昨日の帰り道とは打って変わって強い気持ちを取り戻していた。
『それに今は何をすればいいかわからなくても、何度も足を運んでいれば、何をすれば本当に力になれるのかっていうことも見えてくるんじゃないかなって』
優花が元気を取り戻していたことに葵は少し驚きながらも、そのことに安堵するとともに、葵もまた優花とともにこの問題に関わっていく決意をより固めていた。
『ただ困ってることもあって・・・』
「どうしたの?」
『ヒナ裏に行くための電車賃が』
「え、そういう話!?」
急に普通の話になったことに葵は驚いていたが、自分達の小遣いの額を考えると、葵もまたヒナ裏に定期的に通うのが金銭的に難しいことは感じていた。
「あ、それなら腕輪の魔法で空を飛んで行けばいいよ」
フェアルがそうあっさりと答えると、優花は『それなら早く行ってよ!』と少し怒りつつ、『でも空を飛んでる人間がいたら怪しすぎない?』と口にした。
「腕輪の魔法で姿を見えなくすることもできるよ。光を全て吸収する薄い膜で体を包むことができるんだ」
『はー、そんなこともできるんだ。まぁでもこれで、お金のほうは大丈夫かな』
フェアルがあまりにも普通に答えることに少し呆れながらも、二人は交通費を気にしなくても良くなったことには安堵していた。
『あとは夕方以降に家を出るのをお母さんに怪しまれるのが不安なんだよね』
「それなら留守中の家に自分の分身を置いていくことができるよ」
『それも腕輪の力で? この魔法の腕輪って、思っていたよりもいろんな力があるんだね』
「そうだよ、もう君達は立派な魔法少女なんだから」
あまりに幅広い腕輪の力に驚きつつも、生活上の不安がなくなったことで、二人は躊躇せずに定期的にヒナ裏に通うことができるようになり、この問題への関わりをより深めていこうという気持ちを新たにしていた。
(第4話に続く)
登場人物紹介
赤嶺優花:本作の主人公の一人。魔法力を宿した赤い腕輪を手にした中学2年生。感情の起伏がやや大きいが、意志はとても強い
速見葵:本作の主人公の一人で、優花の親友であり同級生。魔法力を宿した青い腕輪をつけている。性格は優花に比べるとやや冷静
フェアル:魔法の力を宿した腕輪を優花と葵に託した妖精。魔法の腕輪をつけている人にだけ姿が見える。優花と葵と出会って以降はつねに二人に同行している
用語紹介
ヒナ裏:現代日本でのトー横やグリ下のような、体を売りながら生活する家出少女が集まる場所。少女買春をしようとする男も多数来ている
(註:ヒナ裏の名前は「日なたの裏にある場所(=日の当たらない場所)」という意味から)




