第4話 少女から母親によるネグレクトの話を聞いた私達は、少女の案内のもとでその母親と対峙した
妖精フェアルから魔法の力を宿した腕輪を託された優花と葵は、そのすぐ近くで体を売る少女と出会ったことで「私達はこの魔法の腕輪の力をそうした少女達のために使うべきではないか」と決意し、彼女からヒナ裏と呼ばれる場所に体を売って生活する家出少女達と買春する男達が集まっていることを聞く。その“少女市場”と呼ばれているヒナ裏へ足を運んだ優花と葵だったが、そこで見た光景は普通の人生を送ってきた二人には信じがたいものだった。そして二人は拉致されそうになっていた少女を助け、彼女がヒナ裏に流れて来た理由が父親からの数年にも渡る性的虐待だったことを聞き、そこに自分達の知らない世界が広がっていることに強い衝撃を受けるのだった。
そして優花と葵の二人は「自分達はどのようにヒナ裏にいる少女達に接すればいいのか」を考えながら、ヒナ裏への二度目の訪問をするのだった。
『うーん、ヒナ裏にいる子達、まだ私達のこと怒ってるかな?』
前回のヒナ裏への訪問時に物珍しそうな目でその場を眺め、話しかけてきた少女の逆鱗に触れる発言をして怒らせてしまったことを優花はまだ気にしていた。
そして少女市場─男達が少女達を“モノ”のごとく買いに集まる場─と呼ばれるヒナ裏へと二人は再び足を踏み入れた。すると、二人を見つけた一人の少女がすぐに話しかけてきた。
「あれ、この前の二人じゃん。またここに来たんだ」
「あ、はい、また来ました」
葵は気まずそうに答えたが、少女の言葉からは葵と優花への不快感のようなものは感じられなかった。
「あんたらあの後、イオリが拉致されそうになったのを助けたんだって?」
『えっと、その子の名前は聞かなかったですが・・・はい、連れ去られそうになってたので』
「なんかあんたら4・5人いた男達を簡単に吹き飛ばしたって話題になってたよ」
『あ、あははは、そういうのは得意なので』
優花はそれが魔法の腕輪の能力によるものだと言うわけにもいかないので、苦笑いしながら言葉を濁した。
「ヤバイときのボディーガードにでもなってもらおうか、なんて言ってる奴もいたよ」
『はい、ここに来てるときに危ない場面を見たときは必ず駆け付けます!』
イオリという少女を助けたことで、ヒナ裏の少女達の間で自分達が受け入れられつつあることを感じて二人はホッとしていた。
「ただイオリはあんたらに父親とのことを話したことで複雑な表情はしてたけどね」
「ここにいる女達は親のことを話したがらないのがほとんどだからね。ここに来るまでの嫌なことを思い出すから・・・」
『そうですよね・・・』
「あんたらみたいに普通に生きていた女から見たら、そういう親がいるってのはあまり信じられないんだろうけどね」
『いえ、イオリさんが言ったことはちゃんと信じてます!』
優花はそう答えたが、少女は「そうじゃなくて」と言いたげな表情を浮かべながら言葉を続けた。
「あー、何というか・・・“実感”としては感じられないんじゃないかなってこと」
『それは、たしかにそうですね・・・』
するとその少女は腕を組みながら何かを考え始めた。
そして1分ほど考えた後、二人にある提案をしてきた。
「じゃあさ、ここにいる女の親が実際どういうもんか、本当に見てみる?」
『でも、そんなのどうするんですか?』
「ウチの母親に会わせに連れて行ってやるよ。ここに来る前に住んでた家の近くまで案内するから」
『えっ!? でもそんなの、嫌じゃないんですか?』
「あんたらと“あいつ”が会うだけならアタシは別に気にしないよ。ただ自分では絶対に会いたくないけどね」
優花と葵は少女からの提案に仰天しつつ、ヒナ裏に来ている少女達の背景を知るために必要なことだと思って、彼女の“かつての”家まで案内してもらった。
「このアパートの306号室だよ。あ、そっか、私の名前を出さないといけないよな。エリって言えばわかるよ」
『はい、わかりました。行ってきます』
今出会ったばかりの、それも家出をして体を売りながら生活している少女の母親といきなり対面して話をするということで、優花と葵はひどく緊張していた。それでもヒナ裏にいる少女達の気持ちを知るためには必要なことだと覚悟を決め、二人は306号室の前まで行って呼び鈴を押した。
「大丈夫かな。何を話せばいいんだろう・・・」
葵はひどく不安そうだったが、優花は少し震えながらも『大丈夫。私が何か話す』と決意を固めたような表情をしていた。
「はい、誰?」
呼び鈴に応じてエリの母親がドアを開けて玄関前に出てきた。優花は勇気を振り絞って話を始めた。
『エリさんの知り合いです』
「エリ? エリならもうこの家には帰ってきてないけど」
『エリさんは今ヒナ裏で自分の体を売って暮らしています。それを知らせにこちらに来ました』
「あー、エリ自分で稼いでんの。ちょうどいいわ、帰ってこなくて助かるし一石二鳥だわ」
エリの母親の微塵も娘のことを心配しない言葉を聞き、二人は絶句しそうになったが、それでも優花は言葉をつづけた。
『エリさんがこの家を出て、学校にも行けずに体を売って生活をしているのを聞いて何も思わないのですか?』
「何が言いたいの? 自分の金は自分で稼ぐのが当然でしょ」
『エリさんはまだ中学生ですよ。体を売らないといけない生活に追い込んだことを何とも思わないのですか?』
「はぁ、追い込んだって何? エリが自分で体を売るのを選んだんでしょ。だったら自己責任ってやつじゃないの?」
「あのさ、私はね、エリが生まれてきたおかげで時間を取られてやりたくてもやれないことが増えたのよ。私には私のやりたい遊びが山ほどあるのにさ。旅行に連れて行ってもうるさいから、エリを置いて旅行に行ったら児相から文句付けられたし。出て行ってくれてせいせいしてるわ」
そう吐き捨てると、エリの母親はドアを閉めた。優花は冷静であろうと努めていたが、エリの母親の言葉を聞いて強烈な怒りが腹の底からふつふつと湧き上がってくるのを感じていた。
『まだ話は終わっていません!ドアを開けてください!』
優花はドアを叩きながら大きな声でエリの母親を呼んだ。
「ちょ、ちょっと優花、落ち着いて!」
葵はその様子に驚いて制止しようとしたが、優花はやめようとはしなかった。
「優花ちゃん、腕輪の魔法の力でドアを無理やり開けられるよ」
フェアルがそうアドバイスすると、葵は「え、そんなことしていいの?」と困惑していたが、優花は迷うことなく腕輪の魔法の力でドアを開けて「こちらに来てください!」とエリの母親を呼んだ。
「は? なんでドアが勝手に開いてんの?」
エリの母親が戸惑っているのも気に留めず、優花は言葉を続けた。
『中学生の娘を体を売る生活に追い詰めておきながら「出て行ってくれてせいせいした」とか、あなたそれでも親ですか?』
「は? 私が生んだんだから私が親に決まってんでしょ」
エリの母親は悪びれもせずにそう答えた。
『そういうことを言っているのではありません。自分の子を育てるという親としての責務を果たしもしないのに、それでも親なのかと言っているんです』
「育てたじゃないの。自分で稼げるぐらい大人になるまでさ。エリにはむしろ感謝してもらいたいぐらいだわ」
『中学生は大人ではありません!』
葵は全く怒りが収まらない様子の優花を見て「そこまで怒らないほうが」と言葉をかけたが、優花は「いや、言うべきことは言わなきゃいけない」と答え、そのまま一気に言葉を続けた。
『あなたは「エリが生まれたおかげでやれないことが増えた」と言いますが、エリさんを生むと決めたのも生んだのもあなたの判断でしょう。エリさんが勝手にあなたのお腹から出てきたのでもなければ、エリさんがどこかから自然に湧いてきたわけでもありません』
『育てる人がいなければ生きていけない存在を自分の判断でこの世に生み落としたのに、その責任を果たすどころか、まるでエリさんが誰かから勝手に押し付けられた重荷であるかのように言うのは責任の押し付けもいいところです』
『決してエリさんが勝手にあなたに苦労を押し付けたのではありません。むしろあなたが自分の判断でエリさんに人生というものを押し付けたんです』
優花はマシンガンのごとく言葉を続けたが、エリの母親は神妙さを見せるどころか、優花への不満をあからさまに露わにしながら吐き捨てた。
「うるせぇな、ガキのくせに。偉そうに大人に説教してんじゃねぇよ」
『私達はガキかもしれませんが、自分の娘を体を売るところまで追い込んで“私みたいなガキ”に説教されているあなたのような大人よりはよっぽどマシだと思います』
「・・・チッ、もう二度と来んな!」
エリの母親はそう怒鳴ると再びドアを閉めた。
優花は「とりあえず言おうと思うことは言った」という感じで大きな息をついた。そして葵に「じゃ、もう行こう」と声をかけ、二人はアパートから帰りの途についた。
「優花があんなに怒ってるの、初めて見た」
葵がそう言うと、「でも、絶対に言わなきゃいけないと思ったんだ。ヒナ裏に来なきゃいけなくなった子達のために何かをするんだって決めた以上は」と優花は答えた。そしてアパートから少し離れたところで待っていたエリが二人を見つけて駆け寄ってきた。
「どうだった? まともに話できた?」
「えっと、それが優花がものすごい勢いで怒って」
葵がそう答えると、エリは驚いた表情をしてさらにたずねてきた。
「え、マジで? どんなこと言ったの?」
「『エリさんを生んだのはあなたの判断で、エリさんが勝手にお腹から出てきたんじゃない。それなのにエリさんを誰かに押し付けられた重荷みたいに言うのはおかしい。むしろあなたこそがエリさんに人生を押し付けたんだ』みたいな感じのことを言ってた」
「はははは! そりゃちょっと気分がいいな」
エリはそれを聞いて笑ったが、すぐにうつむいた表情になって言葉をこぼした。
「“あいつ”からはいっつも「あんたが生まれてきたせいで」って言われてきたからね。何度「私が勝手に生まれてきたわけじゃない」って言いたかったか」
「・・・でも、言えなかったけどね。言ったら殴られて、飯とか抜かれるのがわかってから・・・だからそれをあんたらが言ってくれて良かったよ」
『そう思ってくれたなら、よかったかな』
優花はそう答えた後、少し沈黙して考えていた。そしてエリに一つの質問を投げかけた。
『あの人にいつか仕返ししてやりたいみたいなことは思う?』
それを聞いたエリもまた少し考えたうえで答えた。
「んー、いつか痛い目を見て欲しいとは思うよ。親だとも思ってない。ただそれ以上に、一生関わりたくないっていう気持ちのほうが強いな」
「・・・たぶんさ、私が大人になった頃にでもあいつから関わろうとしてくると思うんだよ。「働いてるんだったら金をくれ」みたいな感じでさ。で、断ったら「親に対してよくそんなことができるわね」とか言ってくるんだよ」
「もうそういうのがわかりきってるからさ。一生顔も見たくないよ」
『そっか、そうだよね・・・』
そう言葉を交わすと、三人はヒナ裏のあたりへと戻っていった。全く異なる世界の人生を歩んできたお互いがほんの小さな接点を見つけることができたかもしれない。優花と葵、そしてエリのそれぞれがそうした気持ちを少し感じた瞬間だった。
(第5話に続く)
登場人物紹介
赤嶺優花:本作の主人公の一人。魔法力を宿した赤い腕輪を手にした中学2年生。感情の起伏がやや大きいが、意志はとても強い
速見葵:本作の主人公の一人で、優花の親友であり同級生。魔法力を宿した青い腕輪をつけている。性格は優花に比べるとやや冷静
フェアル:魔法の力を宿した腕輪を優花と葵に託した妖精。魔法の腕輪をつけている人にだけ姿が見える。優花と葵と出会って以降はつねに二人に同行している
イオリ:父親から数年に渡る性的虐待を受けてヒナ裏に流れてきた少女。拉致されそうになっているところを優花と葵に助けられた
エリ:母親からネグレクト/育児放棄的な虐待を受け続けたことでヒナ裏に来た少女。優花と葵が彼女の母親と対面した
用語紹介
ヒナ裏:現代日本でのトー横やグリ下のような、体を売りながら生活する家出少女が集まる場所。少女買春をしようとする男も多数来ている
(註:ヒナ裏の名前は「日なたの裏にある場所(=日の当たらない場所)」という意味から)




