30.喪失
翌朝。あたしは予定を全て失っていた。そして、昨日の戦いがまだ、身体に恐怖と悲しみを残している。
「魔力集めもしばらくできないな……」
いや、魔力集めをする必要もないよね。そもそも、エレーナ様のために、リネちゃんの無念を晴らすために始めた研究だったし……
「はぁ……」
あたし、何やってんだろ。異世界に転移してあっという間に、こんな状態になって……
テンプレ展開だったら、あたしはチートスキルがあって、無双して国でも作ってるはずなのに。現実は、持ってた知識でちょっと戦えるようになっただけの一般人以下。てか、ここは現実なの? 異世界なの? もう分からない。
でも、エレーナ様ってとんでもなく綺麗なんだよね。言葉では表現できない美しさ。エレーナ様が居なかったら、セスさんも推し候補ではあったんだけどな〜。
あの微笑み、やっぱ忘れられない。
「あ〜、もうっ! 仲間がたくさん死んだ後で、あたしは何を考えてるんだっ!」
そう、皆死んじゃったんだ。魔物吸収を始めた事で出会った縁だったけど、良くしてくれたんだよね。
そういえば、エリザベスさんは急な王命があったという理由で、討伐隊には参加しなかった。だから、今も無事。だけど、エレーナ様の件もあるから、何だか会いにくくなっちゃったよね。
頭の中がぐちゃぐちゃで、何もかも面倒臭くなっていた、その時――
コンコン。ドアをノックする音。続けて、聞こえてくるのは女の子の声だった。
「……あの、ぴかりん様はいらっしゃいますか?」
ベッドで横になっていたあたしは、その音で、飛び起きる。あたしの名前を知ってるのに、あたしは聞き慣れないその声。だけど、どこかで聞いたことがあるような……
ガチャ。ドアを開いた向こうに立っていたのは、まだ幼さの残る顔のメイドさんだった。
「……アイリーンちゃん、何で?」
「ぴかりん様、エレーナ様がお会いしたいと」
セスさんが仲裁してくれたのかな? 昨日の今日で、マジでシゴデキ、それでイケメンとか、ヤバいね。
あたしが、アイリーンちゃんに付いて行くと宿から少し離れた人けのない場所に着く。
「お呼び立てしてしまい、ごめんなさい、ぴかりん」
澄んだ声と共に木陰から現れたのは、あたしの作った変装グッズに身を包んだエレーナ様だった。髪飾りも付けてくれていた。込み上げる物があった。
「……エレーナ様、元気にしてましたか? はは、といっても2日ですけど」
「正直に言いますと、元気ではありません。何とか倒れず立っているといったところでしょうか」
何だか気まずい。そう思うと余計、口が開かなかった。とても長い沈黙だったと思う。
「セスから事情は聞きました。わたくしのために頑張っていて下さったのは嬉しく思い、そして、感謝いたします」
ポツポツと語り始めたエレーナ様は、何だか苛立っているトーンだった。
「ですが、エリザベスとの繋がりを持った貴女をかつてのように信頼することはできません。それにセスにまで頼って……」
エレーナ様は涙を流すと、静かに語った。
「わたくしは、貴女にとって、そんなに頼りない存在でしたか? あなたの友として、相談もしてもらえないほど、無力でしたか?」
「そんなことはありません。ただ……」
反論を続けられなかった。無力だとは思っていない。だけど、エレーナ様とちゃんと向き合っていたかというと違う。リネちゃんやミラちゃんの願いに応えようとし過ぎて、肝心のエレーナ様を無下にしていたのだ。
「わたくしは、貴女を本当の友だと思って、接してきたつもりです」
「……」
その通りだ。電車の話で浮かれていたり、お風呂の件では、イタズラな顔を見せたり、町を2人で散策した時も等身大の姿を見せてくれていた。この怒りも、悲しみも、全てあたしのせいだ。
「ごめんなさい……」
「ですので、このまま屋敷からは出て行ってください。わたくしに、貴女の守護は必要ありませんので、ご安心ください」
そう告げるとアイリーンちゃんを呼び寄せ、立ち去ろうとする。
「最後に1つ」
振り返りもせず、エレーナ様は冷たく告げた。
「貴女もわたくしのことなど気になさらずに、楽しく生きてください」
あたしは呆然と、2人の姿を見送っていた。推しを失ったあたしは、行き場を失った。喪失感でいっぱいだったあたしの足は、自然と秘密の研究所に向く。
中には、明智アーマーが置かれ、ミラちゃんの作った数々の魔導具が転がっている。
楽しかったなぁ。思い出すと自然と笑みが零れる。視界にふと置き手紙が映る。あたしも我慢してたものが込み上げてきて、涙が溢れ出す。
「あたしだって、ヒック、頑張ったんだよ。こんな知らない、えぐえぐ、土地で、出来る限りのことを、ヒック、しようって」
誰もいないんだ。我慢はやめよう――
「うわぁぁぁぁぁぁっんっ! 何で上手くいかないのぉぉぉぉぉっ!」
誰か助けてよ――
「助けてよぉぉぉぉっ! ミラちゃぁぁぁぁぁんっ!」
ガタン。後ろで物音がする。ハッとなって泣き止むと、後ろには――
「ええで、ぴかりん。うちが力になったる」
懐かしさすらある、見間違えるはずのない、何がしたいのか分からない格好のツインテールが立っていた。




