29.全滅
あたしたちは、ひたすら走った。さっきまで起きていた惨劇から逃げるように。自分の無力さから逃げるように――
「ここま、で、ハァハァ…… くれば、大丈夫で、しょう」
握られていたあたしの手は、そっと離される。行きに休憩した開けた場所。セスさんは振り返ると悔しそうに唇を噛んでいる。
対するあたしは、腰も抜け、身体もヘトヘトで尻もちをついて座り込んでいた。
皆、死んじゃった……
思い出したら、泣けてきた。聞いてないよ、あんなに魔物が強いなんて。こんなの王国側勝ち目はないよ。もう、魔王との戦いは諦めて、平和的な交渉した方がいいと思う。こんな事、続けたって、アイリーンちゃんみたいな子が増えるだけだよ――
「戦士たちよ、安らかに眠ってください。君たちの意思は必ず、僕が果たします」
胸元に右手を当て、まるで神蹟の巨人の誓うポーズみたいにしているセスさん。そういえば、エレーナ様も出会った時にしてたかも。この国の誓いのポーズなのかな?
「ぴかりん、大丈夫ですか?」
座り込むあたしを覗き込むように膝立ちして、尋ねる超絶イケメン。不謹慎だけど、普通はオチるとこ。
「は、はい。ありがとうございます。命拾いしました」
「当然です。聖女様の、そして幼馴染のご友人を守れなければ、勇者の肩書が泣きます」
「でも…… 皆は」
あたしの言葉にセスさんは俯いた。そして、覚悟を決めたように口を開く。
「ぴかりんにとっては、初めてで衝撃的だと思います。だけど、僕はこの惨劇をすでに何回も味わっていて…… 悲しみに暮れている場合じゃない。国王の気分次第で、下手したらこれまでに失われた命が、無駄になってしまうかもしれない…… そう思いながら、いつも堪えています」
そうだった。たくさん死んだ人がいる以上、生き残った人は辛い思いをしていたんだ。しかも、何度も自分だけ生き残るなんて、辛すぎる……
「でも、今回の討伐隊は僕だけじゃなく、君も帰って来ることが出来た。これまで誰も救えず、誰も連れ帰ることができなかった勇者に、君は意味を与えてくれました」
「……そんな、あたしはただ足を引っ張っただけで――」
「いえ、明智魔導砲は僕では倒せない魔物を、一瞬で消していました。君は、討伐隊の希望になります」
こんな戦いを繰り返していたんだ。勇者なんて、無敵で無双してるのかと思ったのに。
あたしのセスさんへの認識は大きく変わった。
「帰りましょう。エレーナ様の屋敷でいいんですよね? 送りましょう」
「あ、えと…… 町の入口でいいです」
「そうはいきません。聖女様のご友人ですから」
「……ほんとに、町の入口でいいんです」
首を傾げたセスさんだったが、納得してくれたのか、歩き始めた。
しばらくして、町が見えて来た頃――
「すみません、ぴかりん。どうしても気になってしまって。エレーナ様と何かありましたか? もし、話せないなら話せないでいいんですが、僕は彼女の友が減るのは悔しいんです」
「……」
正直、話すのを迷った。だって、エリザベスさんが国王側だった訳で、その紹介者のセスさんだって、国王側かもしれない。どうしよう…… もう誰が敵で誰が味方なのか、分からないよ……
「……僕は彼女を助けられなかったから」
とても寂しそうに微笑んだその顔を見て、少なくともエレーナ様の敵だとは思えなかった。聖女様、幼馴染を大切にしていて、エレーナ様のために、意見をしたせいで妹さんが自殺する事態になったんだ。
信じてみよう。
「実は…… エレーナ様に国王側の人間だと思われてしまって――」
宿屋の近くの人けのない場所に移し、ほかの人に聞かれないよう注意を払いながら、エレーナ様との事の顛末をセスさんに話した。
「そういうことですか…… 確かにエリザベスさんは国王付きですが、所謂国王派ではありません」
「どういうことですか?」
「あの方は、真実を大事にするところがあります。僕も付き合いがそこまで深いわけではありませんが、芯がしっかりしているのです」
「芯……」
「それから…… 残念かもしれませんが、エレーナ様を偽りの聖女と名付けたのは、エリザベスさんです」
「……」
正直、これはショックだった。知らなかったとはいえ、エレーナ様からしてみれば、最初に悪口を言った張本人とあたしが仲良くしているのだから、気に入らないに決まってる。
救いはあくまで、占い師として国と専属契約を結んでいて、国って結局国王だから、国王に直でアドバイスしているだけで、組んで私腹を肥やしている訳ではないそうだ。
でも、あたしだって馬鹿じゃない。セスさん以外には、魔石粉末のことと、その魔力集め、武器作りしか話してなかった。それに、エレーナ様のことは一度も触れていない。
「それにしても、酷い誤解をされてしまいましたね」
「はい。悔しいやら悲しいやらで、もう気持ちがぐちゃぐちゃです」
「彼女らしい…… 昔から、思い込むと利かないところがありましたから」
よし、と石の上から立ち上がったセスさんは、お尻を軽く払いながら、隣で石に座っていたあたしを見る。
「この件は、僕の方に任せてもらえませんか? 収拾できるかもしれません」
「ほんとですかっ!? ありがとうございますっ! お任せしますっ!」
セスさんの背中を見送りながら、ホッと胸を撫で下ろす。エレーナ様との件は、これで大丈夫かな?
それにしても、振り払えど振り払えど仲間の死に様が脳裏に焼き付いて離れない……
その日は悪夢に何度も起こされて、眠ることができなかった。




