2.パン祭り
昨日はあれから、エレーナ様があたしの居た世界の話を聞きたいと言うので、触りくらい説明した。当たり前に使ってた単語を、全く知らない人に伝える難しさ、初めて知ったよ…… 電車一つ取っても、なんて説明したら分かるのぉぉぉぉぉっ! ってなりながらだったし。
それでも、興味津々で目をキラキラさせて、鼻息まで荒くしてたエレーナ様のお姿…… キャワユス。なにこの女神様。抱っこしたい。
その後は、あたしみたいな庶民だと恐縮するような、やたら豪華な来客用の部屋に案内されて、無駄なスペース多すぎない? というベッドで眠った。キャノピーなんて、初めて体験したし。
別れ際、エレーナ様から、マジでキスされちゃうのかと思うほど詰められて、耳元で囁かれちゃった。ヒェ〜、甘〜い…… 良い匂〜い♪
(貴女が別の世界の方であることは、わたくしと貴女だけの秘密にしてください)
「りょ、了解であります」
敬礼してみせると、エレーナ様は、微笑みを浮かべて去っていった。尊みぃぃぃぃぃっ! 何あの笑顔、絶対人殺せるっ!
それにしても、よくある聖女物ってイケメンに囲まれて、キャッキャッしてる明るいイメージだったんだけどなぁ。なんか、暗殺されるかもしれないとか、聖女から降ろされるとか、シリアスでビックリ。そもそも、イケオジはギリいたけど、イケメンが見当たらないんですけど。イケメン居なきゃ、エレーナ様の苦労人感がエグ過ぎる……
翌朝、メイドちゃんが迎えに来た。小柄で口数は少ないけど、凛としていて、テキパキと与えられたタスクだけこなす感じ、これはこれでエモ〜い♪ 付いていくと昨夜とは違う広い部屋に案内された。
「え、死ぬ……」
香ばしい匂いの美味そうなフランスパンやロールパン、クロワッサンにデニッシュ、まさに炭水化物のパーリーだった。その脇には湯気が立ち込める黄色のスープがコーンの香りを運び、みずみずしく色鮮やかなサラダボウルと、ボトルに入った真っ白なミルク。
大のパン好き、洋食好きなあたしの脳内は、香りだけで幸せホルモンドバドバ、よだれもジュルジュル――
「おはようございます、ぴかりん」
目の前には広がる大好物の草原に、今にも飛び込みそうになるほど興奮していると、エレーナ様の言葉が耳に飛び込んできた。
「え、はい、おはようございますっ! あの、これ…… 食べていいんでありますでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
「うっひょ〜っ! いただきま〜すっ!」
許可が下りたぁぁぁぁぁぁぁっ! アッヒャァァァァァッ! 本能のままに、食事にかぶりつく。最高かよ、ちくしょう――
バターの脂質と砂糖の糖分が、あたしの脳内でサンバしているぅ〜♪ 止まらない、バクバクッ。抗えないのは、バクバクッ、あたしの意志が弱いんじゃなくて、バクバクッ、美味しいから。
……もう一個食べてもいいよね? 美味過ぎる、マジ神。尊死確定。
「ふふ、ぴかりん、そんなに慌てなくても、誰も取りませんよ?」
グビグビとグラス一杯のミルクを一気に流し込む――
あれ?
そう言えば、あたし、どうしてここにいるんだっけ? 仮にここが異世界だとして、前の世界の最期は?
思い出したっ!
推しのライブ帰りに、仲間と入った古〜いラーメン屋さんで、味噌ラーメン食べながら、推しのグッズ見て悶えてたら、ガス臭くなって…… あっ!
「爆発したぁぁぁぁぁぁっ!」
思わず叫ぶと、エレーナ様は驚いて目を丸くしていた。すみません、とペコペコしつつ、次の食べ物へ。そっかそっか、あたし、死んだんだ。なーる、納得ー。それで転移かー、だよねー…… って、ならないし! ヲタクとしては嬉しいけど、エネルギー保存の法則的におかしくない? かじった知識でさえ変なのが分かるんだけどっ!?
……満腹になって落ち着いた頃、天使様に気付く。
優雅で気品溢れる所作、ゆっくりとナイフとフォークを動かす、尊み成分1000%の女性が、微笑ましく見つめていた。
え、なにこれ、女神様? キラキラ光線が眩しすぎて直視できない!
「ご、ごめんなさい、エレーナ様っ! 美味しくて、つい……」
「気になさらないでください。お口に合って何よりです」
「マジで激ヤバに美味すぎて優勝ですっ! 明日もこれ食べたいくらい」
そう伝えるとエレーナ様は、微笑んで頷いた。微笑み使いこなしすぎなんですけど!
そう告げながら、あたしは視界の中のパトロールを始める。エレーナ様の隣には、イケオジ執事がぴったりと貼り付いてて、お茶の補充をしている。ドアの脇では、メイドちゃんがビシッと立っていた。
「別の世界、かぁ……」
一人呟いた。これでも、リケジョの端くれである。解明できない現象を、否定するのはNGだ。ちゃんとポジティブな側面も踏まえて、最適解を探さなきゃ。
異世界だとして、興味あること――
「あっ!」
これを聞かなきゃ始まらないしっ!
「エレーナ様っ!」
「はい?」
「魔法…… って使えたりしたりしませんか?」
「使えますよ、初級程度のもので良ければ」
ヒャッハーッ! 魔法キタァァァァァァッ! ヤッバエモォォォォォッ!
だってだって、知り合いが言ってたけど、物理法則を根底から覆す超常現象だよ? まさか、存在してたなんて♪ しかも、この目で観測できちゃうんだよっ♪ スゴが凄過ぎてすごぉぉぉっ!
「あのあのっ! このあと、見せてもらえたりしませんでしょうか?」
あたしの言葉に、驚いた顔で割り込むイケオジ。
「失礼ですが、初級魔法程度どこでも見られるものではありませんか。わざわざエレーナ様を頼るまでもないこと」
彼の質問を、エレーナ様は黙って制した。そして、あたしの瞳をしっかりと見据えながら――
「もちろん、お見せします」
そう言って、ニコッと笑いかけてくれた。




