20.化物
翌朝のことだった。リネちゃんとミラちゃんにプレゼントは買ってあるので、今日渡そうと考えていた。
だけど、朝食の場で、執事がにやにやと手元に持った封筒を開くことで、平穏は音を立てて壊れた。
「国王印付きの正式文書です。フィリップ公爵より、本日より南東の森への討伐、結界形成の要請が来ております」
自慢げに勿体ぶって差し出す。この様子、何か良からぬことを企んでいるのは明白だ。
「……南地区は激戦区です。勇者ですら苦戦している危険な場所へ、何故エレーナ様が行かなければならないのですか?」
珍しく、リネちゃんが執事に食ってかかった。
「私は何も知りません。ですが、ここの印を見てください。間違いなく、国王印だとは思いませんか? 王命です、逆らえません。くっくっくっ」
あぁぁぁぁぁっ! クソ執事がぁぁぁぁっ! 今すぐサンダーソードで斬りたいっ!
「……エレーナ様、国王に直談判しましょう」
「ありがとう、リネット。でも、それはきっと受け入れられません。戦いに備える方が賢明でしょう」
「……」
エレーナ様の言葉にリネちゃんは黙り込んだ。それを見て、にこにこと執事が喋る。
「大丈夫ですとも、エレーナ様。王国護衛兵団の精鋭がお供してくれるのですから。では、私は馬車の準備をして参りましょう」
そして、彼はスキップしながら、部屋を出ていく。残されたあたしたちの空気は重い。
「あの様子、何かあると思います」
あたしの言葉にエレーナ様は弱々しく微笑み、口を開いた。
「狙いはきっと、わたくしの死、だと思います」
「え……」
「……エレーナ様、少し私に時間を下さい。ミラージュを連れて来ます」
「来てもらえるなら、心強いですね。お願いします」
慌てた様子でリネちゃんが部屋を飛び出した。何でエレーナ様ばっかり、こんな思いしているのだろう。あたしはやるせない気持ちでいっぱいだった。本人はもっと辛いはず。
「……エレーナ様、あたしも一緒に付いて行きます」
「え? でも、今回は本当に危険です。わたくしやリネット、ミラージュも貴女を守れません」
「皆のお陰で、魔導具で戦えるようになってるんです」
「そうですか。知りませんでした。ですが、南地区は本当に危険です」
「それでも、一緒に戦わせてください。大したことできないかもだけど、エレーナ様の力になりたいんです」
「……」
エレーナ様は、顎に手をやり、考えている様子だった。その姿がとても可愛かった。
「……分かりました。ぴかりんのご協力、感謝いたします」
それから間もなく、執事の手配した馬車は到着し、出発することになった。道中で、町を経由して、そこで護衛兵団、リネちゃん、ミラちゃんと合流した。
そのまま、南下すること数時間。最後の関所で、馬車から下りたあたしとエレーナ様は、他の皆と一緒に徒歩で進む。
道中、魔物の襲撃は何度もあったが、護衛兵団やリネちゃんの活躍で、大事には至っていなかった。
薄暗くなった頃だった。後ろの方で悲鳴が聞こえる。すると、あっという間にエレーナ様を囲んで陣形を組んでいた護衛兵団の面々が、血飛沫を上げて倒れる。悲鳴と同時にエレーナ様が張っていた結界も、すぐに破られる。
「……何でや、何でこんな化物がここにおんねん」
そう零すミラちゃんは、その魔物を知っている目をしていた。エレーナ様へ攻撃されまいと、魔物の攻撃を必死に受け流しているリネちゃん。珍しく汗をかいて、息が上がっているようだった。
あたしだって何もしない訳じゃない。サンダーソードを振り抜き、雷を走らせる――
当たったっ! 嘘っ!?
まるで何事もなかったように、動き続けるその魔物は、大きく両手を振りかぶる――
「あかんっ! リネット、エレーナをっ!」
あたしは、ミラちゃんに抱きかかえられ、その一撃を辛うじてかわす。
「リネットッ!?」
悲鳴のようなエレーナ様の声で、あたしは振り返る――
え……
「いやぁぁぁぁぁぁぁっ! ――聖なる癒しっ! ――聖なる癒しっ! 何でっ! 何で治癒できないのっ!」
エレーナ様が半狂乱で、呪文を唱えている。その傍らで、半身がなくなり、血みどろになったリネちゃんの姿が……
嘘だよね? 無意識に手を伸ばしていると、ミラちゃんの叫びが聞こえる。
「ぴかりん、エレーナ連れて逃げーやっ! うちが引きつけたるさかいっ!」
でも、リネちゃんはどうするの? まだ、生きてるよ? 駄目だよ、置いていけないよ……
「そないに長くは持たへんっ! はよぉっ!」
視界には、リネちゃんを抱え、真っ赤になりながら泣き叫んでいるエレーナ様。いつもはあんなに凛としている分、その姿に、あたしまで壊れそうだった。助けて――
次の瞬間、先ほどの両手の振り落としが来る。ズドンと轟音を鳴らし、地面が砕ける。
あたしは宙を見ていた。遅れて、ゴロゴロゴロゴロと地面に叩きつけられる感覚で全身が支配された。
痛い……
もう動くことができなかった。ミラちゃんも視界の隅で倒れている。魔物はあたしに迫る。エレーナ様に回復して貰えれば…… あたしは首だけ動かして彼女を探す。
そこには絶望しかなかった。エレーナ様は疲れ切った顔で焦点が定まらず、薄笑いを浮かべ、諦めた顔をしていた。
「エレー、ナ、様」
あたし、彼女を守りたいよ……




