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19.ビッグイベント

 試行錯誤の末、スイッチが完成したのは3日後だった。スイッチの原理自体はすぐにできたんだけど、形状や大きさ、素材探しに少しだけ苦労した。


 カチッ。


 温風があたしの手を撫でる。今、この瞬間、この世界に初めてのドライヤーが誕生する。


「できたぁ☆ これでお風呂上がりのストレスも激減だ〜♪」

「ぴかりん、あんた天才か? うちも髪が長いやんか? ほんま悩んでたんやねん。うちの分も頼む」

「……これは、エレーナ様の髪のお手入れが楽になりますね」


 髪の長い女子共通の悩みだよね。これでお金持ち間違いなしでしょ、ぐっふっふっ♪


「よーしっ! 帰ったら、早速エレーナ様へプレゼントだぁ!」


◇◇◇


 いつも通りの夕食時間。疲れた顔のエレーナ様にあたしは声をかける。


「エレーナ様っ!」


 普段は執事の目があるため会話を控えているだけに、少し驚いた様子のエレーナ様は、咀嚼を終えると回答した。


「……どうしましたか、ぴかりん?」

「あの、プレゼントがあるんです。受け取ってくれますか?」


 あたしの言葉にいつも以上にキラキラとした笑顔を浮かべたエレーナ様は、弾んだ声で答える。


「この髪留めだけでも感激ですのに。もちろん、断るはずがありません」


 実は青い兎を送って以来、エレーナ様は毎日欠かさず付けてくれている。可愛い。そして、あたしは、エレーナ様の元に行き、それを見せた。


「……何でしょうか、初めて見る代物ですね?」

「これは、ドライヤーといって、魔導具です。髪を乾かすのに使います」

「髪を乾かす?」

「ここを、こうやって――」


 カチッ。ブォォォォォ……


「何ですか、この温かい風は? 近くだと熱いですね」

「ああっ! ごめんなさい、説明不足で。あまり近付くと火傷します」

「そうなのですね」

「これをお風呂上がりの濡れた髪に当てるんです。使い方はリネちゃんが知っていますので、今晩からでも使ってください」

「あら? でしたら、ぴかりんもお風呂にご一緒しませんか?」


 とんでもないビッグイベント来たぁぁぁぁぁぁっ!


 あたしは鼻息荒く、夕食を終えた後、脱衣場で大興奮していた。だって、推しと裸の付き合いができるんだよ? こんな夢みたいな話ある? もう、ワクワクしすぎて落ち着かないから先に入って身体を洗っちゃおうっ!

 浴場に入ったあたしは、まずシャワーで身体を流し、石鹸で洗う。パパッと洗い終えたら、大きな浴槽の角にチャポンと入る。


 落ち着かないぃぃぃぃっ!


 何となく、口まで湯船に浸かり、目線をキョロキョロさせていると、入口のすりガラスに人影が映る。影だけで伝わるパーフェクトボディ。対するあたしは、貧相な物しか付いていない。見たい。けど、自尊心はかなり削られることこの上なし。


 ガラガラ。


「ぴかりん、お待たせしました」


 タオルで前を隠しているのに伝わる魔性の身体。


 ひぇぇぇぇぇっ! 尊みぃぃぃぃっ!


「とんでもない…… 待ってました」


 イミフな言動の後、エレーナ様の後ろからとてつもない殺気を感じる。


「……ぴかりん、それ以上近付いたら殺しますよ?」

「ひぃっ!」

「こら〜、リネット? 簡単に殺すなんて物騒なことを口にするんじゃありません」

「……申し訳ありません、エレーナ様」


 え、エレーナ様って、リネちゃんにはこんなに砕けた話し方するんだ。発見。


「ぴかりん、少し待っていてください。洗ってしまいますので」

「はーい」


 エレーナ様の髪を洗い、身体を洗う腕まくりしたリネちゃんを見て、つくづく別世界へやってきたんだと感じる。だからといって、寂しいとか帰りたいとかは特にないんだから、我ながら薄情だなぁと少しだけ自己嫌悪。


「お待たせしました」


 完璧なバランスの艶めかしい肢体。品の良い所作から溢れ出る魅力。ヤバいヤバいヤバい。何だか頭がポーっとして――


 プツン―― あちゃー、このタイミングで観月か〜。リネちゃんに殺されないでよ〜。


「相変わらず、美しゅうありんすなぁ」


 そう声をかけながら、自然な所作で右手をエレーナ様の頬に伸ばす。ヤバい。ドキドキする。後少しで、身体まで密着する勢いだよ。キャ〜。


「やっとお会いできましたね、観月さん?」


 逆の頬に手を添えてくるエレーナ様。


「先日はありがとうございました。やっと直接お礼が言えました」

「気になさりなんし。それにしても、そんなに無防備な姿を見せては、わっちも我慢できなんし」


 何これ、このまま始まっちゃうのっ!? そのまま、観月はエレーナ様と密着してキ、ス――


◇◇◇


「……なんたる有様ですか。ぴかりん、貴女には失望しました」


 仰向けに寝ているあたしの耳にそんな声が届く。リネちゃん、声がめっちゃ怒ってるんだけど……


「大丈夫ですか、ぴかりん? それとも、観月さんでしょうか?」


 そう言って覗き込んで来たのは、ラフなパジャマに身を包んだエレーナ様だった。あたしは身体を起こした。何か、頭がガンガンしている。


「ぴかりです。あの、何があったんですか?」


 その質問にエレーナ様は、クスクスと笑う。


「……のぼせて倒れました。それもエレーナ様の上に。今度こそ、許しません」

「へ? あ〜…… ごめんなさい」


 心当たりはあったため、何も言えなかった。そんなあたしに悪態つきながらも、コップで水を持って来てくれるリネちゃんは優しい。


「あ! そうでした、ぴかりん! 早速、ドライ…… ヤーでしたか? 試しましょう」


 その後、リネちゃんにドライヤーで乾かされる髪を見て、エレーナ様は子どものようにはしゃいでいた。リネちゃんの前の態度といい、エレーナ様は、本当はただの16歳の女の子なんだ。そんなことに気付いて、夜はふけていった。

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