第四十三章 開戦
桜華の正門で轟音が響き渡った。 衝車を打ち込まれた門は、一瞬にして瓦礫と化す。
「今です、由比殿の隊はそのまま門から突入を! 秋葉子爵は雷霆車での攻撃準備を開始してください!」
「はっ!」
「かしこまりました!」
倶知比古の指示を受けた由比は、東苑軍と那岐山家の混成軍を引き連れて、破壊された城門へ突進して行った。
そして龍守のかつての上官である秋葉子爵が、雷霆車と呼ばれた兵器──要は投石車なのだが、倶知比古の自信作である──を数人の兵たちとともに引き出していく。その様を横目で見やりながら、倶知比古は満足そうに頷いた。
「兵法には城攻めは下策とありますが……。今の私の役目は、龍守様がつつがなく宮城へ侵入するための囮役。なるべく派手にやれとのご指示なので、この際試作品の試し打ちもさせていただきましょう」
初めの自信のなさはどこへやら、倶知比古は楽しげに唇をほころばせた。
「……そろそろ頃合いですね。雷霆車、攻撃を開始してください!」
由比の部隊との同士討ちを避けるために時を測っていた雷霆車から、満を持して大岩が放たれた。その名のごとく雷鳴のような音を轟かせて、城壁が次々と破壊されていく。
「龍守様も、無機物相手でしたら多少の損害は許してくださるでしょう。……ですが、もう少し威力を調整できるよう改良が必要ですね。あと何発か打って記録を取っておかなければ」
崩れ落ちる城壁を見つめる倶知比古の瞳は、活き活きと輝いていた。そんな倶知比古とは対照的な表情を浮かべながら、飛燕が恐る恐る報告を始める。
「……倶知比古殿。東西の濠が埋まったので、そちらへ橋を掛けて突入を開始したのですが……」
「おや、早いですね。 填壕車も役に立ったようで安心しました」
「あの、倶知比古殿……秋葉子爵が使っているあの投石車、大丈夫なんですか? 近衛軍で使っているものに比べて威力がえげつないのですが、あれでは城壁どころか桜華そのものが壊れるんじゃ……」
由比たちが突撃してしばらくのちに響き渡った桜華の兵たちの悲鳴は、敵のものであると分かっていても思わず耳を塞ぎたくなるほどだった。だが今ではそれも、雷鳴のように響き渡る投石車の攻撃音にかき消されている。
「……飛燕殿。あれはただの投石車ではありません、雷霆車です。近衛軍で使っているような骨董品と一緒にしないでいただきたい」
「はあ……」
むっと軽く頬を膨らませる倶知比古に対し、飛燕は気の抜けたような返答しかできない。
「あれを初めてお見せした時、龍守様に大変褒めていただいたのです。『史書に言うところの霹靂車とは、まさにこのようなものだったのだろうな』と仰って。──それにあやかって雷霆車と名づけました」
その時のことを思い出したのか、倶知比古は含み笑いに肩を揺らす。飛燕は思わず後退りそうになるのをぐっと堪えながら、
「……倶知比古殿。 衝車はともかく、投石車──じゃなくて雷霆車だの 填壕車だの、一体どこに隠していたんです? まさか帝都から持って来たわけではないでしょう?」
そう疑問を口にする。
初めに城門に攻撃を加えた 衝車とは、巨大な丸太の先を尖らせ車輪を付けた攻城兵器である。これだけなら現地でどうにかできるかもしれないが、積み上げた土砂で濠を埋めるための 填壕車や、大きな岩石を投擲することのできる雷霆車といった兵器を、一朝一夕で用意できるとは思えない。
「もちろん、帝都から持ち出してなどおりませんよ。……というか、帝都であれほどの兵器は見たことがないでしょう? あれらはすべて私が作ったものですから」
「……はぁっ!?」
「いずれ葛城公爵と戦になるのは分かりきっていましたからね。帝都の復興を行なっている間に、一足先にこちらに配備させたのです。飛燕殿の言う通り、 衝車だけは現地調達ですが。……桜華の木は良く育っていて、兵器の材料に事欠きませんね」
まるで「今日は良い天気ですね」とでも言うような爽やかな笑みに、飛燕は背筋を寒くした。
(那岐山侯爵が色々と型破りだということは、加々美将軍の話やこれまでの従軍で何となく察してはいたが……配下はそれに輪をかけて無茶苦茶だ。倶知比古殿は見た目からして常識人だと思っていたのだが……)
「さあ、岩ならいくらでもありますからね! どんどん撃っていきましょう!」
上機嫌で兵たちを鼓舞する倶知比古を、心情的には遠巻きに見やりながら、
(これではどちらが反逆者か分からないな……)
そう飛燕は心中で呟いた。
*
遠くから聞こえてくる地響きとともに、地下道の天井からぱらぱらと小石が降り注いだ。
「……なんか地上のほうでヤバげな音がしてるわね」
砂粒が眼に入ったのか、菊理が僅かに顔をしかめた。先頭を行く龍守が、注意深く前を窺いながら口を開く。
「倶知比古が張り切っているのだろう。……こういったことはあいつが適任なのだ。鷹比古は堅実で隙がないが、枠に外れた行動は不得手だからな」
龍守の返答に、その後ろを進む明瑠が頷きを返した。
「成程、だから倶知比古殿をこちらに残し、鷹比古殿を姫様とともに行かせたのですね」
「まあ、それだけが理由ではないのだが。……しかし倶知比古の奴、些か羽目を外しすぎだな。地下道が崩落しなければ良いが」
「ちょっと怖いこと言わないでよ! 死ぬにしてもあんたと生き埋めなんて絶対嫌よ、あたし!」
敵に気づかれてはいけないという分別は持ち合わせている菊理は、小さく抗議の声を上げた。それに対し、龍守は笑う。
「心配するな、織瀬姫に頼まれているからな。お前たちは何があろうと、必ず無事に織瀬姫のもとに帰す」
「……あたしたちだけ無事でも駄目なのよ」
迷いなく先へと歩を進める龍守の背中に向かって、菊理がぽつりと呟いた。
「ん?」
軍装の背で、翡翠の簪を飾った金の髪が揺れる。明瑠と菊理はどちらともなく顔を見合わせ、揃って溜め息をついた。
「……那岐山侯爵も、くれぐれも無茶はなさいませぬよう」
「不本意だけど、あんたに何かあったら姫様が悲しむからね。死ぬ気で生き残ってよ!」
菊理にびしりと人差し指を突きつけられて、龍守は僅かにその紅玉のような瞳を見張る。
そして、
「……善処しよう」
そう一言呟くと、くるりと身を翻し、再び地下道を先へと進み始めた。




