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第三十四章 廃都

 橘花(きっか)国の歴史は、約二百年を数える。建国当時の都はここより西方に位置する桜華(おうか)であったが、建国百年の節目を期に遷都が行われた。場所が遷されても帝都は変わらぬ栄華を誇っていたのだが、その華が散るのは一瞬だった。

 都の外縁に配された平民たちの居住区も、貴族たちに与えられた豪勢な邸宅も、今ではその違いが分からぬほど等しく瓦礫の山と化していた。


「──ったく、逃げるんなら自分たちだけ逃げりゃいいものを、何で民衆を巻き込むかねぇ……っておい、倶知比古(くちひこ)。お前は力仕事向いてねぇんだから、あっちで姫さんたちと一緒に怪我人の手当てでもしてろって」

「いえ、それが……あちらでも私は余りお役に立てぬようなので……」


 生存者を探すために瓦礫をひっくり返す隼人(はやと)の横で、倶知比古(くちひこ)がやり切れなさそうに呟く。


「帝都に残されたのは女性や子どもたちが多くて……手当ても女性がしたほうが良いだろうと、菊理(くくり)殿に追い出されました」

「……成程な。じゃあとりあえず俺がどんどん瓦礫片付けるから、お前がその下調べろ」

「承知しました」


 そこここで焦げたような臭いが漂う廃都で、隼人(はやと)倶知比古(くちひこ)はときどき配下の兵たちに指示を飛ばす以外は、ただ黙々と作業を続けた。





 煌びやかだった皇宮も、まるで羽をもがれた蝶のごとき無惨な様相を見せていた。ほんの数ヶ月前、葛城(かづらぎ)乙彦(おとひこ)暗殺未遂事件の現場となった朝堂に佇みながら、龍守(たつもり)は形良い眉を寄せる。


(相当慌てて出て行ったようだが……何か違和感がある。何か、誰かの手の上で踊らされているような……)


 己が最も嫌う可能性に思いが至り、龍守(たつもり)はひとつ舌打ちをした。


「──龍守(たつもり)殿。お伝えしたいことがあるのですが、入ってもよろしいでしょうか?」


 そこへ入室の許可を求める声が響く。


「構わん。どうぞ入ってくれ、青弦(せいげん)殿」


 そう龍守(たつもり)が応じると、穏やかな雰囲気を纏った青年が、それぞれに印象的な風貌を持った二人の従者とともに朝堂へ入ってきた。


龍守(たつもり)殿。貴族の居住区の捜索は一通り終わりました」


 着物だけでなく髪や頬まで煤で汚しながらも、青弦(せいげん)は貴族らしい柔和な表情を崩さない。


「何人か怪我人がいたから、お姫様たちに手当てしてもらってるぜ!」

「火事場泥棒を数人捕まえましたので、とりあえず縛り上げておきましたが……いかがいたしますか?」


 青弦(せいげん)と同様に煤と埃まみれになったその配下たちが、龍守(たつもり)にそう問いかけた。雷矢(らいや)は底なしの体力の持ち主なのかさほど変わった様子はないが、青弦(せいげん)建日(たけひ)の表情には疲労が色濃く見える。

 そんな彼らに、龍守(たつもり)は労いの言葉をかける。


青弦(せいげん)殿、ご協力に感謝する。建日(たけひ)雷矢(らいや)もご苦労だった。──捕らえた者たちは、とりあえず地下牢にでも放り込んでおくか。皮肉なことに、中の者たちも含めてそこが一番無事なようだしな」


 調度も殆どが持ち去られており、さながら嵐のあとのような皇宮の有様を思い浮かべ、龍守(たつもり)は深く息を吐いた。


「……青弦(せいげん)殿には申し訳なかった。貴方にあの広い区画を全て任せてしまって」

「いえいえ、どうぞお気になさらず。建日(たけひ)雷矢(らいや)もおりますし、那岐山(なぎやま)家の家臣のかたがたをお貸しいただいているのですから、こちらが礼を言わなければいけないくらいです」


 慌てたように顔の前で両手を振る青弦(せいげん)に、雷矢(らいや)も同調する。


「そうそう。お前が謝ることねーよ、龍守(たつもり)! つーかさ、安比(あび)何ちゃらは手伝いもしねーで、ずーっと外で何やってんだよ?」

「……酒盛りをしているようだ」


 龍守(たつもり)はこめかみを押さえながら、搾り出すように言った。雷矢(らいや)は一瞬ぽかんと口を開けたのち、太い眉を吊り上げる。


「はああ!? どっから持ってきたんだよ酒なんて! 俺なんかもう何日も呑んでねぇんだぜ!」

「……それこそ貴族の屋敷跡からだろうな」

「んだよそれ!? 俺らは龍守(たつもり)が盗みは禁止って言うから真面目に守ってんのに! おい龍守(たつもり)安比(あび)家の奴らも地下牢に放り込んでいいか!?」

「すでに実行犯を十人ばかり叩き込んだのだが、指示役が路保(みちやす)なのでな……。せめて一発殴りに行こうと思ったのだが、初臣(はつおみ)鷹比古(たかひこ)に止められた」

「ええ〜何だよそれ。やっちまえば良かったのに! じゃあさ龍守(たつもり)、俺も行くから内緒でそいつぶん殴って──」

雷矢(らいや)、いい加減にしろ」


 建日(たけひ)が背後から雷矢(らいや)の後頭部を叩いた。

 雷矢(らいや)の怒涛のような言葉が途切れたところで、青弦(せいげん)が苦笑混じりに龍守(たつもり)に問いかける。


初臣(はつおみ)殿に路保(みちやす)殿を諌めてもらうことは……期待できませんか」

「無理だな。まあ、初臣(はつおみ)だけでもこちらに協力しているだけ良しとしよう」

「……路保(みちやす)殿は何を考えていらっしゃるのでしょうね。名目上は我ら連合軍の盟主であられるのだから、率先して指揮をとるべきだし、本人も頼まれずともそうすると思っていたのですが」

「ああ、俺もそれを期待していたのだがな。だが実際は全てこちらに丸投げだ。……路保(みちやす)め、何か良からぬことを企んでいなければ良いのだが」

「……まあ私個人の意見としては、龍守(たつもり)殿の指示に従っていたほうが安心感がありますからね。下手にでしゃばられるよりは、酒盛りでもしていてくださったほうがありがたい」

青弦(せいげん)殿、貴方もなかなか毒舌なのだな」


 ふっと龍守(たつもり)が皮肉っぽく唇を歪めると、青弦(せいげん)はばつが悪そうに頬を掻いた。


「もっとも私が言えた義理ではありませんがね。……あの反乱の折、路保(みちやす)殿に従った己の不明を恥じ入るばかりです」


 そう苦笑する青弦(せいげん)の横で、雷矢(らいや)が首を傾げる。


「……何であんな馬鹿殿が青弦(せいげん)様と同じ公爵なんだ?」

「こら雷矢(らいや)、口を慎め。どこで安比(あび)家の者が聞き耳を立てているか分からないのだから。……青弦(せいげん)様もですよ」

「うん。ごめんね建日(たけひ)


 家臣の苦言に、青弦(せいげん)は素直に頭を下げた。

 龍守(たつもり)豊雲(とよくも)家の主従のやりとりに紅い瞳を細める。


「さて、では俺は後宮の様子を見に行くとするか。あちらは鷹比古(たかひこ)に任せているのでな。……青弦(せいげん)殿たちは休息を摂るといい。僅かばかりだが外で炊き出しもしている」

「マジで!? いっぱい働いてたから腹減ってたんだ〜。早く行こうぜ青弦(せいげん)様!」

「……雷矢(らいや)、みんなの食事なんだからね。一人で食べ尽くしちゃ駄目だよ」

「分かってるってそんなの! じゃ、またな龍守(たつもり)!」


 屈託なく手を振る雷矢(らいや)の背を、建日(たけひ)が勢いよく叩く。


「痛ってぇ! 何すんだよ兄貴!」

「黙れ雷矢(らいや)。何度も言うが那岐山(なぎやま)侯爵にその口調は止めろ!」

龍守(たつもり)殿……いつもいつも雷矢(らいや)が申し訳ない」


 実力行使で雷矢(らいや)を嗜める建日(たけひ)を見やり、青弦(せいげん)が困ったように頬を掻く。陣中でも幾度となくあったそのやり取りにかすかに唇を緩めると、龍守(たつもり)は朝堂を出て後宮へと向かった。





「──龍守(たつもり)様。丁度良かった、今遣いをやろうと思っていたのです」


 侵入を阻む衛士の姿すらない後宮の門をくぐると、眉間に深い皺を刻んだ鷹比古(たかひこ)が歩み寄って来た。


「どうした鷹比古(たかひこ)。また一段と辛気臭い顔をしているな」

「これでも自制しているのです。──龍守(たつもり)様、後宮の井戸を浚ったところ、ごく最近のものと思われる遺体が二体上がりました。一人は龍袍を纏った少年、もう一人は貴人と思われる女性です。……歳の頃はおそらく三十半ばほどかと」


 鷹比古(たかひこ)の報告を聞き、龍守(たつもり)は眉根を寄せる。


「三十半ばの貴人だと? 今の後宮には、皇帝陛下に吊り合う二十歳(はたち)前の女しか居らぬはずだが。下働きならともかく、高貴な女で三十半ばとなると──」

「ええ」


 鷹比古(たかひこ)が苦い顔で頷く。


「皇太后陛下しかおりません」

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