第三十一章 繰り返される過去
あの皇宮での反乱鎮圧のさなかで顔を合わせた二人の兵士は、初め龍守の前でおどおどと落ち着かなげな様子を見せていた。
倶知比古に促された二人は、やがてそれぞれに地下通路での体験を語ったのだが、言葉を重ねるうちにその面持ちはだんだんと沈痛なものになっていく。
一通りの報告を聴いた龍守は、思わず天を仰いだ。
「まずは……皇帝陛下が豺牙に斬られたというのは確かなのか?」
僅かな沈黙の後に向けられた問いかけに、飛燕はびくりと肩を震わせ、由比はきつく拳を握りしめた。
「あの様子では……おそらくご無事とは言えぬ、かと」
曖昧な返答をする飛燕に対し、由比はきっぱりと言い切る。
「一瞬でしたが、あの一太刀を受けてはおそらく即死でしょう」
「……そうか」
龍守は紅い瞳を閉ざし、隼人と倶知比古はやり切れない思いで眼を伏せた。
由比と飛燕が語った顛末はこうだ。
──翠蓮皇女たちからの命で皇帝と南陽皇子を連れ出そうとしたものの、地下通路で紅蘭皇女と豺牙に行く手を阻まれた。皇帝は豺牙に斬られ、南陽皇子はおそらく皇宮に連れ戻された……。
「我らは加々美将軍の手引きで脱出できたのですが、何一つ役目を果たせず、面目も──」
「私たちが陶州へ行っている間に、随分と博打を打たれましたな」
鷹比古の声のあまりの冷ややかさに、東苑軍の二人は言いかけた言葉を飲み込む。
「弟君たちをご案じなされる翠蓮皇女殿下のお気持ちは理解できます。しかし陛下と南陽皇子を皇宮から連れ出すなど……。結果的にこのことで地下通路の存在が葛城公爵に知られ、それが遷都のきっかけになったことは疑いない。無理矢理帝都から出された民たちは──」
「鷹比古、よせ」
龍守がぴしゃりと鷹比古の言葉を断ち切った。
「家族や恩人の恨みを晴らすため、大義なき陶州攻めを行おうとした俺たちに織瀬姫を責める資格はない。──そうは思わぬか」
「それは……」
鷹比古は一瞬ぐっと口を噤むが、すぐに鋭い視線を龍守に向ける。
「……しかし、このことによって民たちに皺寄せが来ていることは事実です。葛城公爵が目指しているのは、おそらく旧都である桜華でしょう。帝都から桜華まで歩き通しとなれば、兵士ならともかく普通の民が耐えられるとは思えませぬ」
鷹比古の正論に対し、反論できる者はいなかった。やがて倶知比古が拳を震わせながらこうべを垂れる。
「申し訳ございません、先生。私たちの見通しが甘かったのです。翠蓮皇女殿下から地下道の詳細を聞き、これならば上手く行くかも知れないと……」
「俺も謝る。姫さんを見てたら、なんだか助けてやりたくなっちまってさ……」
そう謝罪する隼人と倶知比古に続き、
「いえ、我らの不手際なのです。この罰は如何様にも」
「大変申し訳ございませんでした」
東苑軍の由比と飛燕も、地に膝を付き深々と頭を下げた。
それを溜め息混じりに見やったのち、鷹比古は龍守に視線を戻す。
「龍守様。今後のことについても考えねばなりませんが、まずは翠蓮皇女殿下です。……このことをどう皇女殿下にお伝えしますか。陛下が崩御された──弟君が殺され、その死に妹君が関わっているなどという話を聞かされて、皇女殿下が耐えられるとは思えませぬ。いつも気丈になさってはおられますが……」
「だからといって伝えぬわけにはいくまい」
龍守は深く息を吐きながら、重い腰を上げた。
「織瀬姫には俺が伝えよう。由比と飛燕には、この後の軍議で今の話をしてもらうが……鷹比古に倶知比古、諸将に伝えるべき情報の取捨選択を頼んだぞ。織瀬姫に非難の矛先が向けば、今後面倒なことになる」
「御意」
「かしこまりました」
深々と礼をする師弟から視線を移し、龍守は隼人の名を呼ぶ。
「隼人、お前は俺に着いてこい。……少し頭を整理したい」
「了解」
龍守と隼人は連れ立って天幕を出た。
しばらく無言のまま隣を歩いていた隼人だが、やがてぐしゃぐしゃと短髪を掻き回しながら口を開く。
「悪いな龍守、厄介なことになって。やっぱり俺には策とか向いてねぇな。姫さんにも悪いことしちまった」
「……この策の発案は織瀬姫なのか」
「ああ。皇宮の地下道を知ってるのは姫さんと南陽皇子だけだっつーから、それならいけるかもって俺と倶知比古も賛成したんだけど……」
「王宮に隠し通路が存在すること自体は不思議ではない。文献を漁れば、同じようなものはあらゆる国で語られているからな。ゆえにそれなりに知識のある者が、それがある前提で探せば見つけられるかもしれぬ。……しかし現れたのが紅蘭皇女と豺牙か。もしこれが葛城乙彦の指示であるならば、あまりにも杜撰すぎる」
「でも葛城乙彦は皇帝を殺したがってたんだろ? だから姫さんもなんとかして逃がそうとしたわけだし……」
「葛城乙彦ならもっと上手くやる。あの安比家の反乱を利用したように、その死が不可抗力であったと周囲に思わせる方策をとるだろう。……由比や飛燕の話を聴いた限りでは、やり方が感情的かつ行き当たりばったりで奴らしくない」
「……ってことは、これは葛城乙彦の仕業じゃないってことか?」
「考えられる可能性としては、おそらく──」
隼人の疑問に龍守が答えようとしたその時、
「那岐山侯爵、お待ちください!」
そう背後から息を切らせて駆け寄ってくる者たちがいた。
「貴方様にお伝えしたいことがあるのです!」
龍守と隼人が足を止めて振り返ったところに、先程の東苑軍の二人が跪いた。真剣な眼差しで龍守を見上げている。
「那岐山侯爵。先程お伝えしたことのほかに、お話しておかなければならぬことがあるのです。南陽皇子からは、よくよく思案のうえ翠蓮皇女殿下に伝えるようにと命ぜられましたが……」
「我らでは何をどうお伝えして良いか判断がつきません。どうか那岐山侯爵のお考えをお聞かせください」
飛燕と由比はそう訴え、先程語った出来事の隙間を埋めるように、皇帝と紅蘭、そして豺牙の言動を事細かに龍守に伝えた。
「──噂に聞くとおり、紅蘭皇女殿下は翠蓮皇女殿下を疎んじておられます。皇帝陛下に、翠蓮皇女殿下と南陽皇子殿下が簒奪を企んでいるなどと吹き込んで」
「そして、皇帝陛下が耳を疑うようなことを口走っておられました。陛下と紅蘭皇女は、皇太后陛下と葛城公爵の間に生まれた子であると……。そして実のきょうだいではないのだから、翠蓮皇女殿下を皇后にすると……」
「それを聞いた豺牙将軍が突如皇帝陛下を斬りつけ……翠蓮皇女殿下のことを、誰にも渡さぬと……」
二人が語ったそれぞれの人物の言動を聞き、龍守は溜め息を吐く。
「理性的な人間が南陽皇子しかいないではないか。皆が感情のままに動いた結果がこれか。……しかし織瀬姫は、あまり男運がないようだな」
そしてしばし指先で唇を叩いていたが、やがてゆっくりと由比と飛燕に紅い瞳を向けた。
「今の話のなかで、皇帝陛下の発言はお前たちの胸の内のみに留めておけ。弟からそのような眼で見られていたなどと……まともな感覚の持ち主なら耐えられぬだろう」
隣で隼人が腕を組んで頷く。
「だな。姫さんにとっては大事な弟だったわけだし、伝えたところで余計にショックだろうぜ。……しかし豺牙って奴は本気で姫さんに惚れてんのか。確かに姫さん、ろくなのに好かれねぇ……って、どうした龍守」
再び思案するような仕草を見せる龍守に、隼人が問いかける。
「いや……豺牙はなぜそんなにも織瀬姫に執着するのだろうと思ってな。葛城乙彦の護衛と織瀬姫──それほど接点はないだろうに」
「そんなのただの一目惚れとかじゃね? 姫さん美人だし」
「……まあ良い。とりあえず織瀬姫に用心してもらうためにも、紅蘭皇女と豺牙のことは伝えるべきだな。豺牙が皇帝を斬った経緯は濁すとして……」
そして龍守は、東苑軍の兵士たちに労うような微笑みを向けた。
「お前たち、ご苦労だった。軍議まであまり間がないが、少し休んでいろ。──隼人、二人に朝餉を出してやれ」
「おう。……そういうわけだ、お前ら着いてこい」
隼人は目線で由比と飛燕を促す。
兵士たちは龍守に礼を言うと、隼人とともに、もと来た道を戻って行った。




