第十七章 隼人
「あははっ、あんた隼人って言ったっけ? やべーくらいに強ぇな! もう一回やろうぜ!」
「おい、肩組むんじゃねぇよ! 俺は龍守からやり過ぎんなって言われてんの! つーかもう一回やり合ったら筋肉痛で戦どころじゃなくなるだろ! ……おい、お前こいつの兄貴なんだろ何とかしろ!」
「……申し訳ない」
「申し訳ないじゃねぇよ! テメェの弟、距離感バグり過ぎだろ! 言っとくけど俺ら初対面なんだからな!」
「冷たいこと言うなよ〜あの宴の時にも会ったじゃんか! 喋ってはねぇけど!」
「だから引っ付くんじゃねぇ!」
「……心配する必要などなかったな」
天幕を出た龍守は髪を掻き上げながら苦笑した。
纏わりついてくる雷矢を振り払おうとする隼人は建日に助けを求めているものの、建日にもなす術がないらしい。
(なんだか飼い主に戯れつく仔犬みたい……)
雷矢の体格は仔犬というよりも熊に近いのだが、ふとそのような印象が浮かび織瀬はくすりと笑った。
そこで龍守たちの存在に気づいた隼人が叫ぶ。
「あ、龍守! とりあえず戦力にはなりそうだけど、こっちの雷矢って奴はどう考えても指揮官には向かねぇから兄貴とセットにしたほうが──」
「あっ、金髪の兄ちゃんだ!」
隼人の言葉の途中で、雷矢が目を輝かせながら龍守のもとに駆け寄って来た。
「なぁあんた、隼人から聞いたぜ! お姫様を連れて来たって言ってたけど、本当は後宮から攫って来たんだってな! しかも葛城乙彦をぶん殴ったとか最高じゃねぇか! えっと名前は──」
「龍守だ」
「龍守か! 俺は雷矢だ、よろしくな!」
雷矢は丸太のように太い腕を差し出した。微かな笑みを浮かべた龍守がその手を握ると、雷矢は嬉しそうにニカッと破顔する。
「龍守さ、手配書まで回っててお尋ね者になってんだって? 有名人じゃねぇか、すげぇなぁ! 俺も頑張ろ〜」
「……申し訳ありません、龍守殿。雷矢は元々山賊紛いのことをしていたのを、色々あって私が引き取りまして……。最低限の礼儀作法は教えたのですが、どうもその……」
頭を抱える青弦だが、当の龍守はさして気に留めた風もない。
「気にせずとも良い、青弦殿。そこの隼人からしてそうだが、俺の部下たちも似たようなものだ」
笑う龍守に、初臣が問いかける。
「おい龍守。手配書とは何のことだ?」
「ああ、葛城乙彦の暗殺未遂と皇宮への放火の罪で俺はお尋ね者になっているのだ。帝都周辺の村にはすでに手配書が出回っていたようだが……まだここまでは回っていないのだな」
「ああ、そうだな。せっかくだからどんなものか見てみたいものだが」
「割と良い出来だったぞ。……さて。では俺は初臣と青弦殿とともに冬院家の陣に行くから、隼人は織瀬姫とともに本陣へ戻っていろ」
「了解」
「私はもう同行しなくてもよろしいのですか?」
「ええ、路保は相対しているだけでも疲れたでしょう。織瀬姫は本陣でお休みになっていてください。また色々とお願いすることもあるでしょうから。──隼人、織瀬姫を頼んだぞ」
「おう。じゃ、行くぞ姫さん」
「はい。……それでは、失礼させていただきます」
龍守たちに向かって一礼すると、織瀬は隼人の背を追った。
*
「姫さん大丈夫か? だいぶ疲れた顔してんぞ」
「え……そうですか?」
不意に振り返った隼人に指摘され、織瀬は眼を瞬かせる。
「ああ、何か顔色が青白いっていうか。だから龍守も戻ってろって言ったんだろうけど」
「すみません。その、何というか……路保殿が苦手で……」
まさか前世で襲われかけたからとも言えず、織瀬は曖昧に呟く。
「あ〜……ま、あいつが得意な奴はいねぇわな。龍守なんかは昔からの知り合いだから上手く転がしてるけど」
「申し訳ないことをしました。私はこれくらいしかお役に立てないのに、龍守殿に気を遣わせてしまって……。本当なら冬院家の陣にも同行すべきだったのに」
「……なあ姫さん。あんた何でそんなに自己評価低いんだ?」
歩く速度を緩めながら、隼人が問いかける。
「えっ?」
「これくらいしか役に立てないとか、何の力もないとか。……少なくとも俺は、あんたは結構行動力もあるし頭も回るし肝も据わってると思うけど。龍守だってそう思ってるから、あんたに手を貸してるんだと思うぜ」
「そう……でしょうか」
「ああ。多分だけど、あんたが龍守に国を助けてくれって言わなかったら、あいつは葛城乙彦の誘いに乗ってたと思うぜ」
「葛城公爵の誘いって……」
怪訝な表情を浮かべる織瀬を見やり、隼人が頬を掻く。
「そっか。龍守の奴、姫さんには何も言ってねぇのか。……あいつ葛城乙彦に、自分につけばいずれ丞相にしてやるって言われたんだってよ」
「丞相って、そんな……」
「俺よくわかんねぇけど、丞相って政治家の中じゃ一番上なんだろ? それで葛城乙彦が皇帝になるから、国は龍守の好きにさせてやるってさ」
「……それを龍守殿は断ったのですか」
「ああ、せっかくの機会だったのにな。……あいつもそれなりに野心家だけど、それよりも姫さんとの約束が大事だったんだろうぜ。ま、野磨の言ってたとおり葛城乙彦の言動にキレちまったってのもあるだろうけど。どちらにしても姫さんがいたから、あいつは今んとこ悪役にならずにすんでるんだ」
「悪役……」
織瀬は無意識のうちに隼人の言葉を反芻し、やがて意を決して口を開いた。
「隼人殿、教えていただきたいことがあるのです。貴方はもしかしたら……この後橘花国が、そして龍守殿がどうなるのか、知っているのではありませんか」
「姫さんあんた……」
隼人は鳶色の眼を眇めて織瀬を見た。
「やっぱりあの時、俺と龍守の話を聞いてたんだな」
「申し訳ありません。立ち聞きなどをして」
「良いよ別に。隠してるわけじゃねぇし、他の奴らにも話したことあるんだ」
「……隼人殿には前世の記憶があるのですか?」
「あるぜ。俺は元々こことは別の世界で生きてて……言ってみればこの世界を創った側なんだ」
「……一体どういうことですか?」
眉を寄せる織瀬に向けて、隼人は困惑とも笑みともつかない何とも中途半端な表情を浮かべた。
「すげぇ荒唐無稽な話だけど聞くか? この世界はゲーム──分かりやすく言うと、読み手が選ぶ選択肢によって結末が変わる物語の世界で、俺はそれを作る仕事をしてたんだよ。だけど俺は元々の世界で一回死んじまってさ、気がついたらこの世界でゲームの登場人物のひとりになってた。ま、そのことに気づいたのは四年くらい前の話で、それまでは普通にこの世界の人間として生きてたんだけど」
説明に慣れているのか、隼人はすらすらと信じがたい話を口にした。
「──では今私たちが生きている世界は物語の世界で、私たちは物語の登場人物……そしてどの選択肢を選ぶかによって未来が変わるということですか?」
「そういうこと。……な? 馬鹿みたいな話だろ?」
苦笑いを浮かべる隼人に対し、織瀬は首を傾げる。
「いいえ、そんなふうには思いません。選択によって未来が変わる──それが確実ならば、むしろ喜ばしいことです」
「……ん?」
予想外の反応だったのか、隼人が足を止めた。
「この世界が物語であったとしても、今生きている私にとってはこれが現実です。それに過去の行動によって未来が変わる、私の行動で世界を変えられるかもしれないだなんて、こんなに希望を持てる話はありません」
微笑みすら浮かべる織瀬に、隼人は呆気に取られたように眼を見張った。
「姫さんあんた……何というか、変わってんな」
「そうですか?」
「ああ。普通こんなこと言われたら冗談言うなって笑うか、俺の頭がおかしくなったって思うぜ。……つーか、他に信じてくれたのって龍守だけだわ」
「龍守殿は笑わなかったのですね」
「いや、笑ったけど……そういうことならお前の妙な言動にも納得がいく、そんな面白い話何で今まで黙ってたんだって」
「まあ……。まだお会いしたばかりの私が言うのも何ですけれど、龍守殿らしいですね」
「ああ。……って言うか、今分かったわ。何で龍守があんたに肩入れすんのか」
「え?」
「似てんだよ、あんたと龍守」
「私と龍守殿が……」
龍守の今までの行動を思い返し、織瀬は何とも言えない気持ちになる。
「全然似ていないと思いますが」
「……そんな嫌そうな顔しなくても。ま、龍守と違ってあんたは常識ありそうだけど、何て言うのかな、性格は全然違うけど性質が似てるっていうか……根っこの部分が同じっていうか……」
「……良く分かりません」
なぜこんなにも複雑な気持ちになるのか分からないまま、織瀬は頬を膨らませる。
隼人はそんな織瀬を見て身体を揺らして笑った。
「姫さんあんた、普段はしゃんとした感じだけど……龍守の話になると年相応の反応すんだな」
「隼人殿が妙なことを言うからです」
「悪りぃ悪りぃ。でも俺あんたには感謝してんだぜ? 帝都に戻って来た時に初臣から反乱に誘われて、やべぇこれ龍守の悪役ルートじゃんかと焦ったんだけど、姫さんが引っ掻き回してくれたおかげで龍守は葛城乙彦から離れられたし」
「……龍守殿は悪役なのですか?」
「そういう結末もあるんだよ。ヒロイン──あ、女主人公ってことな──よりも自分の野心を取って、最初は従ってたはずの葛城乙彦になり変わって帝位を簒奪すんだ。だけど結局ほかの貴族に反乱起こされて戦の最中に死んじまう。戦死じゃなくて病死だけど」
「それって……」
織瀬は言葉を失う。それはあの『白蓮国記』に書かれていた内容と酷似している。
「ま、何でただのモブ──名前すらついてなかった姫さんがそんなこと出来たのか謎だけど。本当ならヒロインは第二皇女だったんだよなぁ」
「紅蘭がこの世界の主人公なのですか?」
「ああ。でも見た目はヒロインなんだけど、中身が別物っていうか……とにかくあんな性格に設定した覚えはねぇんだけど」
「……」
織瀬は眉根を寄せる。
(物語の主人公である紅蘭が、なぜ前世では私を毒殺なんて……)
織瀬の口元に玻璃の小瓶を押し当てた時の紅蘭の表情が脳裏に蘇り、織瀬は思わず胸元を握りしめた。
「まあいいや。物語の大筋はそんなに変わってねぇけど、龍守の状況だけは姫さんのおかげで変わり過ぎてて、もう俺にもどう転ぶかわかんねぇし……。俺としては龍守が死ななきゃ御の字だから、他のことはそん時考えりゃいいか」
「隼人殿と龍守殿は……お互いのことを大切に思われているのですね」
「ん? まあ、俺は親友だと思ってるぜ。あいつがどうだかは知らねぇけど」
照れたふうもなく少年のように笑う隼人の横顔に、織瀬が前世で感じた澱んだ印象は欠片もなかった。
「元々この世界の人間じゃないってものあったんだろうけど、俺昔は周りに馴染めなくてさ。まあ簡単に言うとグレてたんだけど、龍守だけは俺のこと面白いとか言ってやたら絡んできてさ。……何かこう、劇的な何かがあったわけじゃねぇけど、気づいたら一番の友だちみてぇな」
「お二人が羨ましいですね。そんなご友人がいるなんて……」
微笑む織瀬に、隼人は顔の前で人差し指を突き立てる。
「今の話、龍守には言うなよ。また調子に乗って無茶振りしてくるから」
「ええ、分かりました」
顔を見合わせて笑い合い、織瀬と隼人は再び本陣に向かって歩き出した。




