32 オレはおっぱいが好きなんだ
「おっぱいの事、大好きだからなッ!」
…………はい?
彰が放った一言に、俺は咄嗟に反応することが出来ない。
意味が分からないから。ではない。
(こいつ……今更何言ってんだ……!?)
――知っていることを今更言われたからである。
「知ってますけど?」
ということで、俺の第一声も当然そういったものになった。
――観覧車のゴンドラは、回転に合わせて段々と高度を上げていく。
観覧車がある位置の都合上、俺から見て左側の窓を見ると、遊園地全域を見渡せるようになっている。もっとも、まだ高度が低いので見れないが。
「いやいやライタ。そういうことじゃねえよ」
俺の言葉を否定するように――というか否定する彰は、自らの手を小さく横に振った。
「俺が言いてぇのは――オレはおっぱいが好きって事だぜ!」
「それを知ってるって言ってるんだからな!?」
先ほどと何も変わらない彰の発言に、俺は項垂れる。
まったく、こんなんじゃ七瀬を見つけ出すことなんて――
「そう、オレはおっぱいが好きだ。見ただけで胸のサイズが分かるくらいな。そんな俺なら……出来るはずなんだ」
「は……?」
未だに意味が分からずに困惑する俺に、
――ニッ。
彰が、笑った。
「……!」
その笑みは、彰が度々見せる、『確信を得た時の歪んだ笑顔』だ。
つまり、こいつがこういう笑い方をしたならば、それだけの手ごたえを得たのだ。
「胸のサイズを見分ける事が出来るなら、胸で人を判断する事だって――」
――ゴンドラの高度が上がり、遊園地の全域が見渡せるようになってくる。夕陽が、観覧車の中に光を入れ込む。
その光に当てられながら、彰は――
「七瀬の胸を見つけることだって、出来るはずなんだ!」
そう、言った。
彰は窓に張り付き、外の景色をその目に焼き付け始める。
その視線は遊園地の全域を見渡しているようで――その実、見ているのは女の胸だけだ。
「彰……!」
今、彰の瞳には胸しかない。
――おっぱいしか、無いのだ……!
「あれは違う。あいつも……違う。七瀬はあれだけデカいんだ。この遊園地で一番デカい胸を持つ女、それが七瀬のはずなんだ!」
今、観覧車は頂点をを少し過ぎたあたり。
あまり傾けば、遊園地の全域を見渡せなくなる。
(時間との戦いだ……!)
彰は全感覚を瞳に集中させ、食い入るように胸を探す。その息が……段々と荒くなってきた。
ポタリ。と彰の汗が落ちる。見れば、異常なほどの発汗が起きている。
「彰! 大丈――」
――夫か。そう声をかけようとするも、俺は声を出せなくなる。
それほどまでに、真剣な表情をしているのだ。俺が声をかける事をためらってしまうほどに。
だが――それでも、七瀬は見つかっていない。
やはりどこか屋内に入ってしまってるのか。
(いや……それ以前に、足りないんだ)
元より広い遊園地だ。見つけるなんて……無理なんだろう。
よく、『砂の中で針を見つけるほど難しい』という言い方をするが……それほどまでではなくても、彰一人で見つけ出せるようなものではないのだ。
「チクショウ……! いるはずなんだ! 七瀬が、必ず!」
呻くような彰の声には、どこか諦観しているようにも聞こえて。
俺も、無理なんじゃないか。という諦めの気持ちが心を支配していく。
悪態をつくくらいしか、出来ない。
「クソッ!」
何か……何かないのか。
七瀬が、七瀬がいるはずなんだ。探さなきゃいけないんだ。見つけなきゃ、いけないんだよ。
あの子は一人なんだ。友達がいないんだ。だから放るわけにはいけない。俺たちが見つけて、彼女の元に行って、それで……言ってやらなきゃいけない。
だから見つけるんだよ。おれが、おれたちが――
――その瞬間、俺の頭に一週間前の出来事が蘇る。
探す。彰。見つけて、落ちて、そこは――
「――彰ッ! 池だ! 池を探すんだ!」
「――ライタ!?」
俺の叫びに、彰が困惑したような声を出した。
当然だろう。急に七瀬と関係ない事を言ったのだ。そんな反応をされる事は分かっている。
だが、予感が――したのだ。かつての彰と同じように、いると、俺の中で確信が迸ったんだ。
だから、俺は――
「遊園地の中に池があるはずだっ! そこに、いるはずなんだよ!」
根拠はない。でも――
「……ああっ!」
俺の悪友は、すぐに俺を信じてくれた。
俺もそれを分かっていた。信じて、いたんだ。
だが、
(もう、見れなくなる……ッ!)
ゴンドラが傾き、遊園地の全域が、見えなくなる。
そうすればもう、七瀬を見つけられない。見つけなきゃいけないのに。
ああ、もうダメだ。
見つける事が、出来ない。
「七瀬ええええぇぇぇぇぇ――ッ!!!」
その叫びは、どこにも届かなかった。
――ただ一人を、除いて。
「……見つけたッ! 居たぞ、七瀬が!」
興奮した声で、彰が俺に抱き着いてくる。
「近くの池にいたんだ! オマエのお陰だ! ライタ!」
「……」
ドッと、体から力が抜ける。
見つけられないと思ったのに、見つけたのだ。
俺は、見つけたのだ。




