12 おっぱいの感触は……
――その公園は、100M近く続く緩やかな下り坂に沿って造られている。名前は『権田公園』だ。名前の由来は知らないし、別に知りたくもない。
全長は下り坂の始まりから終わりまで。下り坂の始まりは十字路になっており、その十字路の左前側から公園があるのだ。
それだけ広い公園なので、遊具は豊富に揃っているし、後ろの方には池もある。
公園の周囲は木々で覆われており、この時間は鳥の鳴き声が両耳から通り抜けていく。
そんな権田公園に、いると言うのだ。
――前田彰が。
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――いた。
公園の中心部に当たる広場で、美崎が言っていた通り下を向きながらキョロキョロと辺りを見回している男が。
確かに何かを探しているような、その人がいたのだ。
――彰とは似ても似つかない。結構ぽっちゃりしていて、丸い眼鏡をかけた男の人が。
「……」
えーっと……あれかな? 彰がおっぱいを触れないストレスでやけ食いして、あれだけ太ったって事かな? この短時間で? そんなの有泉君でも無理だよ。ごめん嘘ついた、有泉君なら多分いける。
勿論、あれは彰とは何の関係もない一般人だろう。まぁ彰も一般人だけど。ただ、美崎が言っていた『下を向いていて、何かを探しているみたいだった』という言葉に、あまりにも酷似しているのが問題なのだ。
おそらく、あれは何か――例えば落し物とかを探しているんだろう。あれでもしアリの観察をしてるんだったら俺は眼科に行くべきだろう。
などと考えていると――その男と俺の目があった。
目つきはそれほど厳しくなく、若干柔らかい印象もある。雑に切り揃えた髪や眼鏡のせいで分かりづらいが、磨けば結構イケメンにも見える。
その隠れイケメン男は、俺と目が合うなりこっちに近づいてきた。何。『食べ物をよこせ!』とか言ってこられても困るよ。
何を言い出すのかと、一歩引きながら男の動向を探ると、男は口を開いて――
「あのっ! ここらへんでソフィアちゃんを見ませんでしたか!?」
……え、誰。
ソフィアちゃんってアレか? 緑色の妖精的なやつ? 妖精なんか見えないんだが。
「え、えっと……」
「あ、すみません! そのソフィアちゃんっていうのは、緑の妖精で」
「ホントに妖精なの!?」
「身長は十センチくらいで、翼を持ってるんです」
「ちっちぇ!」
ぐいぐいと、その男の人は俺に話してくる。
その言葉に、俺は驚きのあまり口が開きっぱなしになる。
妖精を探してるって……どういうことだよ。
「あー……その、あなたは……」
「僕ですか? 僕は豊島と申します。身長168センチ、体重76キロ、スリーサイズは上から73-72-81です」
「そんな事暴露しなくていいからな!? あと何でスリーサイズ言ったの!?」
「僕はソフィアちゃんとこの公園に散歩しにきたのですが、いつの間にかはぐれてしまって……」
……つまり、はぐれた妖精を探していると。そういう事なのか。
いやでも、妖精って……多分この人しか見えないものだよそれ。
「だから、ソフィアちゃんをずっと探しているんですけど……全然見つからなくて」
「俺に手伝ってほしい。と」
「はい。無理なお願いだとは思ってますけど……」
ほんとに無理なお願いだよ。どうやったら見つかるんだよソフィアちゃん。
心の中で項垂れた俺に対し、豊島君も少し気弱な感じ。断られると思ってるのかな。
……こんな顔見させられたら、断る気が起きない……
仕方ない。手伝ってあげるか。
「……あー、はい。分かりました。探してみます」
「本当ですか!!」
ぱぁっ。と豊島君の顔が一気に明るくなる。
俺の顔は引きつってるけどな。
「はい。頑張って探してみます。この公園の中にいるんですよね」
「えっと……多分、この公園内だと思うんですけど……」
「分かりました。じゃあ俺はあっちを探してきます」
「あ……ありがとうございますっ! じゃあ俺、向こう側を探してきますね!」
豊島君はそう言うと走り出し、木々が根を露出させていて、足場の悪い場所へと向かってった。次はあのゾーンを探してくるということなのだろう。あんな所にソフィアいたらビックリだけど。
……はぁ。どーするよこれ。
(探すって言っても、探しようがないからな……とりあえず、豊島君がやってたみたいに下を向きながら探すか)。でも、どうして妖精を探すのに下を向くんだ……?)
と、白色で石しかない地面を見つめながら首を傾げていると――
「――待てよ」
そういえば、美崎は『彰が下を向いていた』って言ってたよな。まさか美崎が彰と豊島君を見間違えたじゃないだろうから、彰は『豊島君と同じことをしていた』ということになる。
何故か? そんなのは簡単だ。
――彰は、豊島君に頼まれてソフィアを探しているのだ。
「でも、なんで……」
――彰は、おっぱいを揉む代わりに困っている人を助ける。つまり――女の人が困っている時にしか助けようとしないはずだ。
それなのに、豊島君の頼みを聞いてソフィアを探している、だなんて――
「彰……」
もしあいつがソフィアを探しているのなら、あいつは公園の――
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この公園の池は、よく分からない種類の鳥が泳いでいることがよくある。
大きさはそれほどでもないし、水深がそこそこ深いから侵入防止用の柵があり――中に魚は生息してない。
そんな、権田公園の池で――
「彰……」
ソフィアを、というよりは彰を探しながら公園内を回って……公園の奥に存在する池の近くに、彰はいた。
くせっ毛を逆立たせて、少し目付の悪い双眸を構えた顔は――やはり、下を向きながらあちこちを見て回っている。
――やっぱり、ソフィアを探しているんだ。
俺は彰に見つからないように、近くの木の陰に隠れる。
「何であんなこと、やってるんだ」
あいつは、おっぱいの事しか考えていないはずなのに。
あいつは、おっぱいのためにしか行動しないはずなのに。
あいつには、おっぱいしかないはずなのに。
だから俺は、一度突き放そうとしたのに。
――なんであいつは、あんなことをやっているんだ。
「――!」
逡巡した想いを胸の内で巡らせていると、唐突に彰が池の柵を登り、上に立ちながら池の内部を見つめだした。
(何やってんだよあのバカ……落ちるぞ!)
あの池は水深が深く、落ちたら溺れる危険性だってある。
まさか、池の中にソフィアがいないか確かめているのか!? いるわけないだろ。いるとしても溺死してるだろ!
彰は器用に柵の上でバランスを取っていたが、池の奥を見ようと思ったのか、体を覗き込むように伸ばして――
「と、ととっ……おっ!?」
「なっ……!」
そこで体のバランスを崩してしまい、咄嗟にしゃがんで手すりを掴もうとするが、その手が空振って――池の方に、体が傾いていく。
(――!)
その瞬間、俺は木の陰から飛び出した。
木から池との距離は十メートルほどだが――
――手を、伸ばす(間に合え……!)。
彰が泳げるかは知らないが、運動は出来る男だ。池に落ちてもおそらく大丈夫だろう(間に合え……!)。
でも、それでも俺は……手を伸ばさずにはいられなくて(間に、合え……ッ!)。
だって、俺と彰は――
(間に合えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――ッ!!)
「彰ッ!!!!」
――俺の手に、服の感触が伝わってくる。
必死に伸ばした右手が掴んだのは……彰の腕――ではなく、服の裾。
それでも、なんとか彰の体を一瞬支える事が出来て……その間に、俺は左手で彰の腕を掴む。
俺はあまり力が強くないが、それでも彰を引き上げる。
「……何、やってんだよ……!」
「何、って……人助けだよ」
何故か震えた俺の言葉に、彰はとぼけるように返す。
少し引き上げた所で、彰は柵を掴み、俺の力も手伝いながら柵の上部に登ろうとする。
「そういうことじゃないだろ! どうして、どうしてお前は……!」
「いや、な……なんて言うか。『オレはおっぱいだけじゃねえんだぜ』って、教えたくて――」
「――――」
『オマエを助けた理由? んー……そうだな。ま、強いて言うなら――オレはおっぱいだけじゃねえんだぜって、オマエに教えてやりたかったんだよ』
「なんで、お前はいつもいつもそうなんだよ……! 俺はお前のそういう所が……! 大っ嫌いで……!」
「まぁ、それは知ってるけどな……」
彰は一気に柵の上に舞い戻り、そこから俺の横――地面に戻って来た。
「別にいいだろ。たまにはこういうことしても。オレはアイツが困っているように見えたから、俺は助けようとしてんだよ」
「……昔から思ってたけど、馬鹿だろ、お前……」
「それも知ってんよ。……で、手伝ってくれんだろ? ライタ。なんてったってお前は俺の、『友達』だからな」
――友達――
その言葉は、俺たちにとってはただの友人という意味じゃない。あの出来事が、あの約束が、俺を縛り付ける。
それでも――
「……ああわかったよ! やってやるよ! やってやりゃあいんだろ!? 彰!」
俺の言葉を聞いて、彰は「にぃ」と満面の笑みを浮かべて――
「じゃあ……いっちょやるか! ライタ!」
――何もおかしい事はない。
俺たちは、友達だ。そして、友達だ。




