第三十話 大事なのは仲間
なるほど、よくわかりませんが師匠が目の前にいますね。うん、たしかにそこにいます……よし!!
即座に逃げの体制に入ると、取るもの取らずこの場から逃げることにします。
ここ最近、謎の脳内麻薬に導かれるがまま悪人ムーブしてましたが一瞬で冷静になれました。あれはやばい。
やつの強さがここまでわかるようになったのには、昔にくらべて私自身が多少強くなったこともあるからなのかもしれません。こう見えても対師匠を想定して体鍛えたり魔法鍛えたりはしていました。奴隷商人の合間に強敵、例えば亜竜なんかと戦ったりなんかもしていました。だからこそ師匠の強さがよくわかったのかもしれません、あれは別格だ。ていうか、師匠の横にいるあの少女もやばい、なんか危険な生物が二匹に増えてます。
人生の中で相対しては行けない生物トップ10くらいに入るのが半径500メートル内に2体もいるというこの事実。そら奴隷商人とかいうわけわからん職業なんてやってられないっちゅうねん。大体なんだよ奴隷商人って、なんでエルフが人間社会でそんなもんしなきゃいけないんだよ師匠がいなかったからと言ってはっちゃけすぎてただろ私。
そこでゴキブリ並みの逃げ足を見せようとした私ですが、不意に声が聞こえてきました。
「あいつだ、あの男だ!! あいつが隊長を殺したんだ!!」
それは全身怪我だらけの男です。確かアルフレッドの部下の一人。そいつが私の部下たち数十名引き連れてやってきました。
「ボス、あいつが隊長を……敵を討って下さい!!」
そいつが私に声をかけてきました。やめーや、こっちは逃げようとしてるんだからそういうのやめーや。
これ絶対あいつが気づいたやつだ。だって後ろから視線を感じてますもの、背中にすっごい焼け付くような視線感じてるもん。
「ジーナ?」
後ろを見れば予想通り師匠がこっちを見ていました。私の石像を私自身だと思いこんでいた原始のお猿さんがついに私の姿を発見しました。糞が。
「ボス頼みます!!」
こうなれば仕方ありません。私も覚悟を決める時が来たようです。そう師匠を倒す覚悟をです。
まず部下達の期待に答えなければこの商会は崩壊します。わたしがコツコツ築き上げてきた全てが崩壊すると言っても過言ではありません。次に、私の可愛くない部下たちの命が散らされます。師匠と戦ったらコイツラの命なんて一瞬ですから部下達を守るためにもここは戦うしかありません。
つまりここで逃げる場合、商会と部下、その二つがどうでも良いと思っていないと逃げられません。それだけの覚悟があるか? 周りの期待を裏切ってなおかつ生活基盤の全てを捨てる覚悟があるか? 私にはあるぞ!!
「では皆さん頑張って下さい!!」
そう言うと部下たちに背を向けて全力で逃げ出しました。そして、同時に師匠が動き出した轟音が鳴り響きます。
「粗茶です」
そっと、お茶を師匠に一つ出します。中に入っているのは東方から呼び寄せた茶葉で淹れられた緑茶と呼ばれるものです。毒は入っていませんが、苦味成分マシマシでドが付くほど濃くした一品。人に出すにはあまり適したものではありません。
そんな私からの茶を一気飲みで師匠が飲み尽くしました。顔色一つ変えない辺りなかなか凄い奴です。
「この程度の事で弟子に復帰させてやるとでも思ったか、甘いぞジーナ」
「いや、私としてはもう弟子じゃなくてもいいと思ってるんすよ」
現在、師匠と私は噴水前でお互い正座で向き合ってます。久方ぶりの弟子と師匠のコミュニケーションというのは心がざわつくものですね。
「ねえアランー、これ好きにしちゃっていいのー」
その少し離れた場所ではセレストちゃんが私の部下達と遊んでいます。セレストちゃんというのは天竜の娘だそうで、現在師匠が鋭意教育中らしいです。話を聞いた限りだと意味がわかりませんね、私もわかりません。
「できれば彼らは私の部下ですのでそこらへんで許してやって下さいお願いします」
「わかったー」
そう言うとセレストちゃんが地面に倒れている私の部下達の頭を一つ一つ丁寧に叩き潰していきます。先程まではセレストちゃんに嬲られていた彼らですが、やっとその苦しみから楽になれるようです、よかったですね。
わたしに助けを求める部下の声が聞こえてきますがすみません、もう無理なんすよ。楽しかった悪党ごっこも終わりというわけですね、大変楽しかったです。金ピカの馬鹿みたいな部屋作ったところなんて人生における汚点の一つに数えられるくらいですからね。また来世であったらもう一度楽しくやろうぜ。
「さてジーナ、町の人間から聞いたぞお前の評判を。悪い仲間達を集めて好き勝手していたらしいじゃないか」
「まあそうですね、そこは言い訳しません」
師匠がいなくなってから数ヶ月、実に好き勝手やっていました。大変楽しかったですし、それは私の求めるところではありましたから反省も後悔も一切する気はございません。
「私は師匠から学びましたからね、力さえあれば他人にどれだけ迷惑かけていいと。実際、私は師匠から迷惑掛けられていますし」
皮肉を込めて答えます。実際、師匠から学んだのはそれくらいの物です。道徳? ねーなーそんなものは。
「つまり、俺より力のないジーナはもう好き勝手出来ないということか」
「その通りです。当然、師匠がいなくなったら私より弱い方々は私の好き勝手にされますが」
まああれだけはっちゃけてた以上、言い訳する気もございません。私自身、この性格を変える気もありませんし。
「……まあ、それが全部間違ってるとは言わん」
おや?
「お前はエルフだし、そこまで人間達を大事にする必要もない。この国に来た経緯にしても人間達に誘拐されて来たわけだしな、そんなお前が人間の価値観やルールを守る必要はないと考えている」
「師匠どうしたんですか、そんな物分りが良くなって。バナナでも踏んで転んで頭でも打ちましたか?」
私がなにを言っても全く動揺せず己の暴力をこちらに振りかざしてきた生物とは思えません。何があったんだ。
「何を言っている、俺はいつでもお前を強くするための最善の方法を実行していただけだ。それをお前が嫌がっていただけじゃないか!!」
「嫌がっているとわかっているならやめてくれませんかねえ。こっちが許容できない物を押し付けてくるのは暴力ってものなんすよ」
やっぱ何も変わってねえわ。いつもどおりの師匠で逆に安心しました。
「まあそういうわけで、お前がしてきたことについては特に言わん。問題はそこではない」
「じゃあどこが問題なんです?」
「お前の仲間がダメすぎる所が問題だ!!」
師匠が地面をダンっと殴りました。その衝撃で地面全体が揺れて私の身体が飛び跳ねます。
「何なんだあの雑魚どもは、この雑魚もお前の仲間だろ!!」
そうしてどこからか取り出したのは我が第一の部下、アルフレッドの生首です。その死に顔は穏やかであり、未練一つ現世に残してねーなって顔してます。まああれだけ好き勝手に生きてたら未練なんぞ現世に残してるわきゃありませんね。
「まあそうですね、私の第一の部下アルフレッド君です」
「こいつもそうだが、他の奴らもレベルが低すぎる。数だけ揃えて役立たずしかいない典型的な例だ。ジーナ、お前は間違った道に入り込んでいる!!」
全く予想外の所から責めてきやがりました。いや、予想できないのが予想通りと言えば予想通りとは言えます。
「良いか、今の性格なんて問題じゃない、大事なのは未来のお前がどうなっているかだ。今のお前が例えクソゴミカスだったとしてもそれは問題ない。俺もお前が悪人になって一時期は悲しんだが、すぐに思い直した、お前が成長して一端の人格を形成すれば問題はないとな。だが、こんな雑魚共といて、どんな人格が形成できるっていうんだ!!」
師匠がそう言うとアルフレッドくんのドタマ蹴り飛ばしてお空の星にしました。さようならアルフレッド君、天に登れよ。
「俺だって仲間達に恵まれていたからこうして素晴らしい人格が形成されたんだ。俺の仲間達もよく言ってたぞ、お前に人間としての価値観を多少なりとも教えられたのは奇跡だ、だから残りは次にお前と関わる奴らに任せると」
「そうですか、そのお仲間さん達は実に偉大な事をしてくれやがりましたね、お疲れさまですと伝えといて下さい。それと最後まで責任持ってやれよ、後の奴らである私に押し付けんなと言ってといて下さい、というか私から直接言いたいです」
てかよく考えたら、逆に人間としての価値観が師匠になかったらここまでこじれてないのでは? 例えば師匠が完全な悪人ならお金や利害の取引でなんとかなりそうですし、私がこうして苦労しているのはそのお仲間さん達のせいでは?
「というわけで、これからお前にはまともな仲間を作ってもらう。セレスト!!」
「なにー、アラン」
「師匠として命令する、ジーナと戦え!!」
「わかったー」
ちょっと待てや。
「師匠説明、説明求む」
「真の仲間とはコロシアイの果てに存在するものだ。俺もそうして仲間達を増やしていった。己の命と命、それがぶつかり合って初めて互いを理解できる仲間が作られる。セレストとお前が命を賭けて戦えばその果てには互いを深く理解できるだろう」
互いを理解、セレストちゃんを理解。地面に倒れて命乞いしている私の元部下達の頭を楽しそうに踏み潰しているセレストちゃんを理解ですか。
「すいません師匠、戦わなくても理解できそうなんですけど。あの子、超危険存在ですよね。もう魂の底まで理解できたので戦わない方向で良いっすか?」
「それができるというのならやってみろ」
闘気の塊というか殺意の塊であるセレストちゃんがこちらにやってきます。
久しぶりに味わう脳髄に響く恐怖の味。脳みそが命をつなぐために全力でフル回転しております。
「セレストちゃん、戦いなんて止めて友人になりませんか」
「やだ」
出会ってから数分、セレストちゃんとは親しい関係ではないのですが殺し合いをする仲でもないのも確かです。なのにこの頑固なまでの殺意は種族差における価値観の違いというものでしょうか。天竜というのがこういう種族だとするのなら、まあぶっ殺されて当然の種族かなと思いますね。人間ども、よくやったぞ。
さて、そんな無駄な考えをしている場合ではありませんね。まずこの場をなんとかしなくては。
「そうだ、セレストちゃんが好きそうなものを私は用意してあるんですよ、それを見てからでも戦うのは遅くないと思うんですがどうでしょうか」
「やだ」
取引失敗。なにこの子、全く揺らがんぞ。
「私は今ジーナの血が見たいの。ゴリってやってゴキャってしたいの、わかる?」
わかりました、この子には話が通じません、師匠より通じないタイプですね。一度決めたらとことん殺る精神な辺り、将来は大物になる予感がします。その精神力が勉学や就業の方に向いていれば良いのですが、残念ながらいまの所は私ぶっ殺すぞ精神にて発揮されてます。
「ジーナ、セレストに小細工は一切通じない。相手を殴り殺すまで戦う精神力、自身が傷付いても敵さえ倒せば構わないと思えるガッツ、優しさや情けが一切ない闘争者としての才能。これら全てが戦えばすぐにわかったはずだ。だがセレストと戦っていないお前にはそれが理解できない、違うか?」
「戦わなくてもこれだけのやり取りでそれくらいわかるんで、もう逃げていいっすか? 勝負はセレストちゃんの勝ちでいいですから。それで良いですよねセレストちゃん」
「やだ」
前門の天竜、後門のバカと理不尽二人に挟まれた私は悲劇のヒロインジーナちゃん。どうすんべこれ。
部下達がいきなり蘇って私に加勢してくれねえかなと思いましたが、全員クビなし死体となって転がっているのでそれは無理。つまり独力でなんとかするしかありません。ならば仕方ありません、戦ってやりましょう。
「良いでしょう、戦ってやります。この数ヶ月、私も何もしてこなかったわけではありません。喰らえエルフ必殺自然破壊ビーム!!」
エルフのエルフたる由縁である自然を愛する心に反する邪法が放たれます。大地や草木などの自然の生命力を強制的に徴収してそれをエネルギーに変えるこの技はエルフにおける禁術です。
しかし現状、街のエルフさんである私にとっては自然破壊などどうでも良し。自身の魔法の威力だけを上げるだけでこれらの邪法は一切ノーリスクです。
私の両目から暗黒エネルギーである黒色のレーザーが放たれると、セレストちゃんに向かって一直線に向かいます。我が闇の力に滅びろ天竜!!
「こっちもビーーム」
そう叫んだセレストちゃんの両目からもビームが放たれると、白色のビームが私の暗黒ちゃんを飲み込んでいきます。正義の闇の力が邪悪なる白い光に飲み込まれていくその光景、単純な出力差から来るそれは、彼我の魔力の差でもありました。
「ぎゃあああああああ」
セレストちゃんの放ったビームが私の身体を飲み込むと、そのまま後ろにあったジーナ宮殿に着弾。盛大な爆発音をならして、宮殿を崩壊させました。
「ジ……ジーナ宮殿が」
ビーム直撃して満足に動けなくなった私の目の前で、我が宮殿が崩れ落ちていきます。外壁や内装の大部分が瓦礫として崩れていくこの光景、なんかこんな光景前にもあったな、そうだ師匠と最初に出会った時もこんな感じだった。
「まだ死んでない、なんで?」
「流石だなジーナ、装備をきちんと仕込んでおいたか」
私は金集めがてら、対師匠用にと装備を仕込んでおきました。例えば今着ているこの服なんかは見た目はただのエルフ装備ですが、対魔法、対物理とも超が付くほど一級の代物です。ただそれを装備してなおこのダメージというのは、はっきり言うとやばいです。
ボロボロになって地べた這いずりながら、今回の原因であるバカに問い詰めます
「し、師匠、一応聞きますが手助けする気はないんですよね」
「当然だ。これはお前とセレストの戦い、俺は手出ししない。自分で切り抜けてみろ!!」
「そうですか……」
言質は取った、師匠は絶対に手出ししないと。ならばやりようはある!!
這いつくばりながら壊れた宮殿の方へと向かうと、後ろから声が聞こえました。
「もう諦めたら? 私は絶対逃がす気はないよ」
「ふふ、確かに今回は負けました。ただ諦めるというのは少し聞けませんねえ。何より、貴女と戦ってわかりました。師匠ならともかく、貴女程度ならまだどうにかなると」
「へー、言ってくれるじゃん」
まだ私は這いずります。壊れた宮殿へと目的の場所へと。
「こんな私にもちょっとはプライドがあるんですよ。存在が巨大隕石みたいな師匠ならともかく、貴女程度に負けたままなのはちょっとむかつきましてね。忘八とまで自称するこのジーナ、このままで終わる気はありません」
目的の場所、壊れた宮殿の前にある小さい石の前までやってきました。地面からちょっと生えているそれは、もしもの為に作っておいた緊急脱出用のテレポート装置。セレストちゃんの方はまだ余裕を見せているのか、腕組みしてこっちを見ているだけです。
「で、そこからどうやって逃げるの?」
「こうやってです」
地面から生えていたその小石にタッチして魔力を流し込むと、テレポート装置を起動させます。私の手足が光の粒子となって消え始めると、セレストちゃんもようやく事態に気が付き始めました。
「ちょっと待ったずるい、それずるいって!!」
慌てたセレストちゃんが消えかかっている私に殴りかかってきますが、それら全部が私の身体をすり抜けます。転移最中である私の身体が、この場所の位相からずれ始めているからですね。まあ師匠ならそれでもなんかこっちに通じる攻撃してきそうな気もしますが、セレストちゃんにはまだ無理でしょう。
「フフフ、やはりですか、どれだけ強くとも貴女はまだ子供。師匠だったら私が這いずってる最中にきちんとトドメさしましたよ」
そこで師匠をみると、うんうんとうなずいてます。こいつなら必ずやっていたでしょう。私生活では本当にすげえ馬鹿ではありますが、戦いに関して言えばこいつが隙を見せたことが一切ありません。
師匠がテレポート装置で消えて行く私に話しかけてきました。
「それでジーナ、どうするんだ?」
「むかつきますが、今回は師匠の言うように、ちゃんとした仲間を集めましょう。そして、そのくそ生意気な竜の娘を数の暴力で泣かしてやりますよ。世の中舐めた具合では誰にも負けないと自負しているこの私が、真にボッチのクソガキに民主主義における数の暴力の恐ろしさ叩き込んでやらあ。てめえ絶対売り飛ばしてジーナ宮殿の修復費に当ててやるからな!!」
セレストちゃんに啖呵切ると師匠がなんかすげえ良い笑顔で頷いてました。こいつの思い通りになるのは本当にむかつきますね。
私の挑発にピキったセレストちゃんも話し始めます。
「じゃあ私はジーナぶっ殺してアランの一番弟子になってやるから。楽に死ねると思うなよ」
「それについては今すぐ一番弟子の座を渡しますのでどうぞ名乗って下さい。そういうわけで私は卒業生ということで」
「アランの一番最初の卒業生を名乗るだって……竜の逆鱗に触れるような事を言われたらこっちも引けないよ」
どこが逆鱗に触れたのかはわかりませんが、もうセレストちゃんが一番弟子でも卒業生でもどっちでも名乗っていいですよと本当に心の底から思います。口に出さないのは、言ったらまたなんかの逆鱗に触れそうな気がするからです。さすがはアラン師匠の一番弟子ですね言葉の通じなさ具合が半端ないです。あっ私はもう一番弟子じゃありませんので。
「ふふっそろそろ転移も完了しそうです。では師匠、セレストちゃん、また会いましょう。このジーナに狙われるということがどういうことかたっぷり時間を掛けて教えてやりますよ……お尻ペンペンして変態彫刻家に四つん這いの裸の彫像作らせてやるからな待ってろよクソガキ!!」
「なんだと!!」
そう言い放つと同時に、ピシュンと音を立てて私は避難場所へと転移しました。




