第二十九話 見つけた
私、ジーナは商売人としても最近は精力的に動いていますが、はっきり言えば商売人というのは楽な事ばかりではありません。
反りの合わない相手や話の通じない相手と商談なんてのは日常茶飯事。商品だけ受け取って代金を支払わない太え輩なんてのも珍しくもありません。
そういう理不尽な相手と面合わせていると、たまにジーナちゃんとその仲間達が暴力という世界の真理を使いながら相手と一方的に会話を弾ませることもありますが、いま現在私が相手をしているロビンさんは、そういう意味ではとても信頼の置ける相手です。
話が合わないわけでもなく、反りが合わないわけでもない、商品の代金だって滞ることもないどころかボーナスだってたまにくれます。そういう意味でロビンさんは、とても素晴らしい相手なのですが、たった一つだけ欠点がありました。それは彼が重度のネクロフィリア(死体性愛)だと言うことです。
「いつもながら貴女は素晴らしい仕事をしてくれる」
「ありがとうございます」
何体もの棺桶をロビンさんに渡します。
棺桶の中には死体となったエルフがいくつも入っており、ロビンさんに指定された年齢、背格好、外見のエルフの女性達の死体が入っていました。これらのエルフ達は主に戦場で死んでいた兵士達で、それを私の部下の方々が拾ってきたわけです。
「ではこちらが約束の金銭です、確かめて下さい」
ロビンさんから渡された革袋を確認すると、中には金貨がぎっしり詰まっていました。たったこれだけの取引で金貨が手に入るのは破格ですわ。なんと言っても戦場の近いこの街では、エルフの死体なんてのはどこにでも転がっていますからね。
「ところで同族であるエルフの死体を私なんかに渡すことにジーナさんは抵抗がないので?」
「え? 抵抗ですか?」
抵抗とかなんででしょうか。
「顔見知りとかだったらわかりますが、ぶっちゃけ見ず知らずのエルフとか種族が同じってだけで完全な他人と同じです。強いて言うなら私のお財布を重くしてくださって非常に感謝してますと言う心なら持ってますよ」
この金貨は私一人の力では決して手に入らなかったものです。みんなの力、主にこの国に攻め込んで勝手に死体となったエルフの皆さんの力が必要です。それに関して私は感謝の心しか持てません。
「なるほど、ジーナさん貴女はとてもいい考えの持ち主だと思います。とくに人間側へ肩入れしているのは先見の明があります」
「そうですか?」
「はい、例えばですけど今回の人間とエルフ・鬼との戦い、どちらが勝つと思いますか?」
どちらが勝つのか、んーまあ特に考えてませんでしたね。とりあえず支配者層に食い込めるから人間側にいますし、でもどちらが勝つのかとかは考えてませんでした。
「私としては自身の生活を維持したいので人間側に勝って欲しいなと思うところです」
「ジーナさんの生活はともかく、この戦いは間違いなく人類が勝ちますよ、なんと言っても数が違いますから」
「数ですか?」
「はい。個々の質ではエルフと鬼族がかっていますが、その両種族を合わせても人間側のほうが遥かに数が上です。まあ、そこにもう一つイレギュラーでもあれば別ですが、エルフと鬼族だけでは人間に勝つことはできません」
なるほど、つまりエルフ大ピンチってわけですか。まあ、今のジーナちゃんは人類の味方なので、敗北者になったエルフ達の受け入れ場所(奴隷販売的な意味で)になるくらいしか手助けできませんが。
「そう、人間と言うのはなかなかすごい。力自体は毛虫のようでありながら、その繁殖力という一点で、ここまで優位に立てるのですから」
その時です、不意に部屋の温度が下がった気がしました。いや、実際に下がってます、だって私の息が白くなってますもの。現在夏も真っ只中、太陽の奴はくそ暑い日差しをこっちに向けやがっているこの季節で、この部屋だけ真冬のような寒さが漂ってくるとかどういう事でしょうか。
「すいません、どうも興奮したのか私の魔力が漏れ出てしまったみたいで。部屋の気温が下がってしまったみたいです」
「魔力が漏れ出たら気温が下がるとか聞いたことありませんが」
「こう見えても生まれつき魔力が強くて、気を抜いてしまうとこうして周りに影響が出てしまうんです。もう大丈夫ですよ」
そんな強い魔力なんて聞いたことありませんが、実際に部屋の気温が徐々に暖かくなってきました。
もしかしてこの人、私でも勝てないくらい強いお人なのでは? そう考えると少し怖くなってきました。このジーナ、自分より強い人間とは適度な距離を置きたい性質なのです。いやだって、いざって時にこっちの武力が通じない相手とか怖いじゃないですか。
「すごいですねロビンさん、ではそろそろ用事もありますので私も御暇させていただきます」
「そうですか、では今度また時間がありましたら来て下さい。私個人としても貴女のことをとても気に入りましたから。あ、私の性癖の上でという意味ではありませんよ」
そのあとは、軽い雑談をしてからにこやかに挨拶を済ませて私はロビンさんの家を出ました。
うん、あの人とはちょっと距離を置こう。つい忘れてたけど、あの人は真性の死体愛好家でしたね。いまごろ私が持ってきた死体とよろしくやっているのでしょうか。そこら辺は考えないようにしましょう。ついでに私のことを気に入ったとかいうのも忘れましょう、それが良いですね。
私は外に待たせていた馬車に乗り込むと、ジーナ宮殿へと戻るように御者に指示します。今日の仕事は終わり、家に帰ってパーッと休みます。こういうちょっと精神的に来た時こそ休むべきというのが私の持論。気合だ根性だとかは置いといて疲れたら休む、これこそが生物として正しい生き方なのですよ。
馬車から流れる景色を眺めると、そこには、戦争の噂を聞きつけたのか多数の冒険者達の姿が見えました。戦争に参戦すれば普段の冒険よりも多額の金銭が手に入る、そういう魂胆です。
冒険者というのは普通の兵士よりも身体能力が高かったり戦闘に慣れています。大規模な戦闘ならまだしも、少数での偵察や戦闘などでの活躍は折り紙付き。特に精鋭を集めた集団を作るときには必須と言っていい人材たちです。
そんな冒険者という職業に自分も少し前まで就いていたと考えると、不思議な気持ちになってきました。今の私は使われる側から使う側へと華麗にクラスチェンジしていますが、ほんの少し前まであんな時代があったのだなと。
切り捨てても心傷まない人材達をどう有効利用するべきか、それに気づいただけで、私はここまで上ってこれたのです。
それにしても、彼ら冒険者達は、あんな危険と隣り合わせの生活をいつまで続けるつもりなのでしょうか。10年? 20年? まあそれはわかりませんが、そういう荒事と隣合わせの人間ほど上を目指すべきなのです。私のように使う側から使われる側へ。全てを利用して踏みにじっても上に行くべきなのですよ。
今はもう私とは全く違う世界になった冒険者の世界に向けて、少しの憐憫と多くの哀れみの感情を持って馬車の窓を開けると大声で外の人間達へとエールを贈ります。
「金がほしいか? ん? このジーナ様が恵んでやろうか? どうなんだ、1万か、2万ゴールドか、どれだけ積めば私のために動いてくれる、こっちは10万だろうと20万ゴールドだろうとお前らが心動くだけの金を出して、手足のように動かすことができるんだぞ!!」
と、そうして言いたい放題言い切ってから馬車の窓を閉めました。
だーれが、あんな超危険な職業に憐憫なんて持ちますかっての。魔物と毎日戦わされて、それで金が手に入るだあ? こっちが手に入れたいのは安全で豪華で危険の一切ない堕落した毎日なんですよ。そんな危険な生き方は師匠みたいなバーサーカーと同類の奴らだけが就いていれば良いんです。
がっはっはと大笑いしながら、安全安心金持ちという三大ビッグスターを自身が備えている事を確認しました。あんなチンピラ同然の社会的地位の持ち主である冒険者共と私は全く違うんですよね。
そんな事を考えながらジーナ宮殿に着きました。調子に乗っている時間というのは流れるのが早いものです、楽しい時間が流れるのが早いってのと同じ理論ですね。
私が馬車から出ると、リーキスが待っていました。リーキスもスーツ姿が板についてきたのか、満足に着こなせています。とても良い傾向なのですが、そのリーキスの顔色が少し優れないことに気が付きました。
「ジーナ様、お勤めご苦労さまです。その、少しご報告が」
「どうしました?」
「アルフレッド達が約束の時刻になっても帰ってきません」
アルフレッドとは私の信頼する精鋭部隊である人狩り部隊の隊長です。彼は少々女癖や人間としてのマナーの低さが目立つ人間でして、地域住人との折り合いが悪くなることもしばしば。まあそれも彼ら独特の説得方法によって速やかに解決していましたが、まあつまりそういうクズの中のクズがアルフレッドとその仲間達なのです。
「どうせどこかで女でも引っ掛けているのではないのですか」
「ですが商品の納入時間になっても来ないのは初めてでしたから、ジーナ様に報告するべきかと思いまして」
それはたしかにおかしい。アルフレッドという輩は仕事だけはきちんとするグズでして、お遊びも業務に支障の出ない範囲で行っていました。性格や気質にそぐわず、仕事に対しては真面目な人間なのです。
「それとですが、アルフレッドの部下が一人だけ伝言役としてこちらに帰ってきたのですが、アルフレッドからジーナ様に見つけたと伝えておけと言われたとか」
「見つけた?」
「はい……」
見つけた? 何を? よくわかりませんね、何を見つけたのでしょうか。
「とりあえず、手の空いている人間を一度全員招集させましょうか。リーキス、全員を呼んできて下さい」
「わかりました」
私の命令を受けたリーキスがその場から去ると、不安な心のままにジーナ宮殿の中に入ります。
何かが、私の預かり知らない何かが起きている。
せめてヒントだけでも欲しい。答えにたどり着くだけのヒントだけで良い。
中庭にある私の裸体を模した像が置いてある噴水まで来ると、ちらりとそれを見ます。いつもはムカつくこの場所ですが、今は不思議と心が落ち着きます。いつもと変わらぬ風景というのは非常時にはなぜか美しく見えるものです。
実際に今もそこにあるのはガーデニングされた美しい庭木とそれらに囲まれた石造りの噴水。周囲の水源から汲み上げられた水が石造りの装置から吹き出されており、その装置の天辺には裸体の私そのまんま、本当に双子としか言いようがないほどそっくりな石造りの彫像が設置されています。
「おおおおおジーナ、なぜそんな姿に、お前に何があったと言うんだ!?」
ただしかし、今日はちょっといつもと違っているのか、なんとその噴水の周りでアラン師匠が小さい女の子を連れて泣き崩れていました。
そう、師匠がそこにいました。




