第二十四話 竜人達
転移水晶をセレスト様が気に入ってくださって本当に良かった。
これでセレスト様の勉強嫌いも少しは良くなってくれると助かるのだけれど。
セレスト様のことについてあれこれと考えていると、ふいに肩が叩かれた。
「ちょっとシンディ聞いてるの?」
私の肩を叩いたのはエリカだった。彼女は私と同じ竜人で、今は私と同じで人間の姿をしている。他にも、人間の女性体が着るような服の姿というのも私と同じだったが、エリカの方は真っ赤な髪をした女性体を基本にして暮らしていた。短い髪が好みなのか、いつも同じ髪型で固定している。
「ごめんなさい聞いてなかったわ、何の話?」
私の答えにエリカがうつむいた。
「あのね、グレンが言ってたでしょ、人間と鬼族の話よ」
エリカの指さした方を見るとグレンが腕を組んで私を睨んでいた。グレンは私やエリカと同じ竜人だが、その姿形は人間の形態ではなくて、人間大の竜と言ったところだ。緑色の鱗にトカゲやヘビと同じ有鱗目、一見すると沼地などにいるリザードマンに似てるが、背中に生えているその竜の翼がリザードマンと大いに違うところだった。
「俺の話を聞かずに何を考えていたんだシンディ」
「セレスト様が水晶を気に入ってくれてよかったなあと考えていただけよ。それ以上に大事な事柄があって?」
「……もういい、わかった。お前に期待した俺が馬鹿だった」
グレンとエリカが同時にため息を付いた。この二人は本当に仲がいいなと思う。
「じゃあもう一度お前たちに説明する。どうせシンディ以外にも聞いてなかったやつはいるだろう、俺にはわかるんだ。そうだろう、なあ!!」
グレンの言葉に何人かが顔を背ける。何人かと言うか、この部屋にいる竜人の半分くらいは顔を背けていた。
「じゃあもう一度話すぞ。エリカが調査した情報によると、ここ数年、地竜の活動がぱったりとなくなった。外国への遠征も自国の防衛にも一度としてその姿を見せていない。そして、そのことで鬼族たちの中にとある噂が生まれたらしい……地竜は死んだのではないかという噂だ」
今日の夕飯は何にしようかしら。肉系は最近続いたからセレスト様が飽きているし、かと言って魚は苦手だし。思い切って野菜だけにしてみましょうかしら。
「シンディ、聞いてる?」
隣りに座っているエリカが私の肩をもう一度揺すってきた。グレンもついでに私のことを睨んでいる。
これ以上は流石にまずいと思ったので私は手を上げた。
「でも竜が気まぐれなんてのは普通じゃない? 数年くらいは活動していなくても不思議ではないし、セレスト様だって先代の天竜様だってそういう気質はあったわ」
グレンがふんっと鼻息を出しながら答えた。
「それにしても急すぎる。特に地竜は竜の中でも縄張り意識の強いやつだ、一度程度ならともかく、何度も自領を侵犯されて出てこないのはおかしい。俺も奴がいなくなった、いや死んでいるのが正しいと考えている」
グレンが返答を終えると、私の左斜め前に座っていたヘレナが手を上げた。
ヘレナは長い青色の髪をした女性の竜人だ。私やエリカと同じ女性の人間体になっている。服装は、なんというかお嬢様とでも言うのか、白いドレスを常に着ている。見た目だけならセレスト様よりも遥かにお嬢様をしていた。
「他に意見は無いようだな次に進むぞ」
「あら、グレン酷くない? なんで私を無視するの?」
「……じゃあ聞いてやる、どんな話だヘレン」
「この前、素敵な場所を見つけたの。カラン通りから少し外れたところにあって、お日様が差し込む小さい広場なの。今度そこで私とファッ○しましょうグレン」
「よし、もう他に意見はないようだな次行くぞ」
グレンは無視してるが、ヘレンがまだなにか言っている。私達ももう慣れたもので、全員がヘレンの言葉を耳に入れないようにしていた。ヘレンからグレンへの行き過ぎた愛情はもういつものことだった。
「そして更にもう一つ大きな動きが出てきた。鬼族が本格的に地竜の国に進行を始めるという話だ」
鬼族。力はあるが性格が下劣で低劣な種族だ。頭に生えた角の本数で力が決まる種族であり、四本角や五本角ともなれば私達竜人よりも強いやつもいる。
「で、だ。ここまでは先程まで話した内容だが、ここから俺の意見を言わせてもらう。俺はこれを機に天竜様が殺された復讐を開始するべきだと思う」
グレンの言葉に室内がざわついた。ヘレンだけはまだグレンへの愛を一人でつぶやいているが、それはもうみんな無視している。
今まで黙っていたエリカが意見を出し始める。
「本当に地竜のやつがいなくなっているんならそれでも良いけどよ、もしいなくなってなかったらどうするんだ?」
「ああそうだな、だが、お前らこれ以上我慢できるのか? お前達、隠れて人間に手を出してるだろ」
グレンの言葉で空気が変わった。セレスト様が成龍になるまでは地竜を刺激せずに暮らしていくという話だったはずだが、それを守らない裏切り者がいるらしい。
「グレン、その裏切り者達は誰? 今度から余計なことができないように両手両足切り取って腹に杭でも打ち込んでやるわ」
「落ち着けシンディ、こいつらも別に裏切ったわけじゃない。むしろ、お前のように我慢できる方がおかしいんだ」
「……その通りね。むしろ、10年間もよく我慢できたと褒めるところだったかしら、これ以上潜伏するのは現実的ではないかもしれないわね」
言われてみれば、もう10年も潜伏しているのだ。正直な話、私も我慢出来ないという感情は理解できる。これ以上責める気はどうしても起きなかった。
グレンが話を再開させる。
「そういうわけでタイミングにもよるが、鬼族が進行してくるのと同時に人間の英雄達を殺す作業に入ろうと思う。奴らは、天龍様を殺した怨敵達だ……まさか、これに反対するやつはいないよな」
今度は誰も手を挙げなかった。私を含めて、ここにいる天竜様の眷属達には人間への恨みがある。一方的に天竜様に喧嘩を売ってきた地竜とその手下である人間の英雄ども。穏やかに暮らしていた我らを攻撃してきたのは奴らだ、しかもそれで天龍様まで殺されたとあってはこちらも遠慮する必要はない。
だが、そこでネイトが手を挙げた。ネイトはグレンと同じ竜人のオスで、その姿格好もグレンと同じ人間の形態ではなくて、人間大の竜の形態を取っている。ネイトはとても気が弱く、こういう場ではいつも意見を言わない存在だった。
グレンが驚いたように言う。
「どうしたネイト、お前が意見を言うなんて珍しいじゃないか」
「あの、人間の英雄達を攻撃するのは賛成なんだけど、その前に一つ聞いていい? 地竜がいなくなったのはなんでなのかな。仮に、誰かに殺されたとしても地竜を殺せる存在ってなんなのかな」
その疑問は的確だった。
竜というのは基本的に毒や病気では死なない。そんなものを跳ね返すだけの肉体の能力もあるし、幼体であるセレスト様でさえ、風邪や病気になったことはない。ついでに言えばどれだけ古い食べ物を食べても腹一つ壊さないので、セレスト様はよく古いものをお食べになっているがあれはあれでマナーの上ではやめて欲しいとも思ってる。
私がセレスト様について思考を広げていると、ネイトの話が続いていた。
「だからもし人間達に手を出すにしても、地竜の死んだ原因はもっと調べるべきだと思う。そして、もし地竜が誰かに殺されたのなら、地竜を殺した存在とセレスト様を絶対に近づかせたらいけないと思うんだ」
確かに、地竜がもし死んでいたら竜すら殺せるなにかがいると考えるべきだ。そして、それが武器か魔法か何かの生命体か、どれかにしてもセレスト様には近づかせないようにするべきだ。
「……そうだな、ネイトの言うとおりだ。人間の英雄達を殺すのと同時にそちらも調べてみよう。そして、セレスト様には引き続き成龍になるまではこの場所に隠れてもらう。最悪、我らがそのナニカに殺されたとしても、ここにいれば安全だろう」
私としては、その地竜を殺した何かがいるかどうかを調べてから人間達に手を出してほしかったが、ここいらが線引だろう。これ以上我慢させても、こいつらが勝手に人間の英雄達を殺しに行くのは目に見えてる。ならば多少はこちらで操れたほうがマシだ。
よっこいしょと言うと私は椅子から立ち上がった。
「じゃあ、私はそろそろセレスト様の元へおやつを届けに行くわね。最近は転移水晶でダンジョンに潜って体を動かしているからか、セレスト様からの食べ物の要求が高くって……今からなら夕飯も一緒に作ったほうがいいわね」
そんな事を話し終えると、廊下から足音が聞こえてきた。非常に元気いっぱいな足音だ。間違いない、セレスト様だ。
バーンと元気よく扉が開かれると、セレスト様が力いっぱい部屋に入ってきた
「みんなただいま!! ねえねえ聞いて聞いて今日すっごいのに転移水晶の中で会ったんだよ!! あいつすっごい、あんな存在初めて見た、本当にやべえ!!」
セレスト様は衣服がボロボロ、肌も傷だらけで乙女としてはなかなか看過できない姿になっている。
姿形は人間の子供で、竜としての実年齢も10歳前後のセレスト様であるが、それはそれとしてそろそろ乙女として身だしなみに気をつけて欲しいところだ。
「あらあら、セレスト様ったらそんな姿で走り回ってはダメですよ。ここにはロリコンのおじさんもいるんですからね」
ちらっとグレンを見ると彼が真面目な顔でセレスト様を見ていた。だがその目線は非常に熱が籠もっており、間違いなく不審者のそれである。そう、グレンはとても優秀な竜人ではあるが、たったひとつだけ弱点がある、ロリコンなのだ。
そのロリコンっぷりはガチであり、竜人だけではなくて人間の少女にも向けられるほどである。なんせ、人間の少女を助けるために先代の天竜様とガチ喧嘩したこともあるほどの筋金っぷりだ。
「シンディ、セレスト様にそんな口うるさく意見を言わなくてもいいのではないか。ダンジョンに潜っているのだから衣服がはだけるときもあるだろう、俺はその姿でも良いと思うぞ」
「だよねーグレン」
セレスト様がグレンの肩を持つが、私としてはこのロリコン竜人を真っ先に排除したいところである。人間の英雄達の排除が終わったら間違いなくこの男を天に召させねばならない。
「ヘレン、グレンがあなたの誘いを受けるらしいわ、とっとと外に連れ出してあげて」
「……マジでッッ!!」
そう言ってから私はセレスト様と共に部屋を出た。
グレンはあれでいいだろう、あれでしばらくは帰ってこない。扉の向こう側からグレンがぎゃーぎゃー私に文句を言ってきているが、聞かないことにする。
「それでさー、水晶の中ですっごいのがいたんだよ。やろうと思えば水晶から出られるけど、弟子が裏切ったから俺は拗ねてここに籠もってるとか、そんな事を言ってる化物がいたの。でねそいつと仲良くなったんだ」
セレスト様が楽しくそんな話をしている。この前、転移水晶を与えてから毎日水晶の中であったことをこうして周りに話している。
「そうですか、そんな奇特な存在がいたんですか。それで、その化物は何の種族なんですか?」
「えっうーん、自分は人間だとか言ってたけど多分あれは悪魔だね、あんな人間いるわけないもん。体がすっごいでかくて顔付きも人間の魂10000は食らってそうな奴だった」
あらあら、それはちょっと危険かもしれません。私としてはそんな輩には今後一切関わらないで欲しいのですが、しかし、セレスト様に言ってもそれは逆効果でしょう。
「では、今度その方を私にも紹介してください、一度その人となりを見てみますから」
「うん、シンディも絶対気にいるよ。なんて言うか竜の本能が刺激されるんだよねアレといると」
セレスト様が楽しそうにそんな話をしている中で、私はまだ見ぬその危険な存在について少しばかしの警戒心を持っていた。




