第二十三話 天竜の娘
「さて、ではこの前教えた部分の復習をしましょうかセレスト様」
シンディが黒板の前でそう言った。ただ、私としては歴史の勉強は好きでもないので、ちょっとだらけ気味の気持ちで椅子に座りながらシンディを見返す。
「やだ、めんどう臭い。そんなことよりも体動かしたいんだけど」
シンディが私の言葉を聞いて微笑んだ。まん丸メガネにぱっつん前髪セミロングのシンディは黙っていれば優しい竜人だが、残念ながらたまに優しくなくなる。今がその時の気がする。
「……嫌ですかセレスト様?」
「やっぱり嫌じゃない、歴史の勉強は楽しいって私も思いますです」
シンディの機嫌が戻ったのか雰囲気が元に戻ってくれた。危ない危ない、つい本音が口から漏れ出てしまった。
「では前回の復習から始めましょう。知っての通り10年前に我らが頂にいた天竜様が地竜の卑劣な策によって討たれました」
歴史。そう、私達天竜の一族の歴史だ。始祖の竜はどうたらこうたら、どの竜とタイマンで戦って勝っただの負けただのすっごいつまらない歴史である。それらをずーっと聞かされているのだ。先代の天竜の一人娘であり、次代の天龍でもある私にはこれらは必要なことらしい。どう必要なのかは知らないが。
そこで私は手を挙げて質問する。
「地竜の策じゃなくて人間達にパパは倒されたって聞いたけど」
「いいえ、地竜の策で間違いありません。そこに人間達がとどめを刺したのです」
「えー、でもパパと戦ってたのは人間だって」
「それも全て地竜の力によって天竜様が弱くされていたからです。人間はあくまでもトドメを刺しただけです」
シンディが頑固に引かない。これだからこの授業は退屈なのだ、シンディ達は頭が硬すぎる部分がある。とりわけ人間に対する見方については、なんかこう冷静さがなくなる。
「そういうわけで、天竜様亡き後、その一人娘であるセレスト様を天竜様の眷属である私達がこうして匿っているわけです。さて、では、現状私達の何が問題なのかを覚えていますね?」
「隠れてばっかりで退屈だからなにか新しい娯楽が必要。とりわけシンディ達のその方面に対する才能のなさは酷いってところかな」
シンディがまた怖い雰囲気を出してきた。ちょっと口が過ぎたようだ。
「冗談だってば、えーっと地竜がいる間はおとなしく目立たず過ごさなきゃいけないんだっけ?」
「はいその通りです。少なくともセレスト様の存在は絶対にバレてはいけません。成体になるまでは隠れて過ごし、時期が来れば地竜を討ちます」
そんな地竜との戦いよりも楽しく生きていきたい。これは口に出せないが、正直、顔も覚えていない父親がどうなったとかどうでもいい。ただ地竜の方も天竜の娘である私を放って置くとは思えないので、降りかかる火の粉は払うつもりでいるが、それでもシンディ達とはかなり意識の差があるように思える。
「セレスト様が成体になるまであと五年、その間に私共も準備を進めております。まずは地竜の国に所属している人間の英雄共の抹殺計画は既に進めておりますし、あと五年、しっかりとセレスト様を守っていくつもりであります」
椅子の背もたれに肘を掛けると、それらをふーんって流し気味に聞いていた。
「ねえ、人間の英雄達に手を出すらしいけど、それを恨んでここに人間達がやって来るとかないの?」
「ご安心ください、ここは結界に阻まれており、まずその居場所がわかりません。それに、計画を実行に移すのはセレスト様が成体になってからです。それまでは、ここでしっかりと天竜様の後継ぎとしての教育を受けて貰います」
教育ねえー
「ねえなんで教育なんて受けないといけないの? 成体になってから戦うのが大事だって言うのならこんな勉強いらないじゃん。今のうちに全部の時間を戦闘訓練って言うか体鍛える方向に傾けていたほうが良くない?」
「……いいですかセレスト様、上に立つ者は暴力だけではやっていけません。武・勇・知その全てを兼ね備えたものだけが務まる場所なのです」
これだ。よくわかんない事をシンディ達はいつも言っている。武と勇はわかるけど知恵とやらはそんな必要なのだろうか? 逆らうやつは大体半殺しか全殺しってやってれば竜族のトップなんてやっていけそうな気がするのに。
「ですが、セレスト様の気持ちもよくわかります。そこで今日は特別にあるものを持ってきました」
シンディがそう言うと水晶玉を一つ取り出した。きらめく粒が球体の中にいくつも浮いている青い水晶玉で、宝石のような美しさを持っている。
「なにその水晶の宝石、ちょー綺麗!! すっごいほしいんですけどシンディそれ頂戴!!」
「……お気に召していただきありがとうございます。ですがこれは宝石ではございません、これは転移水晶と呼ばれる魔道具です」
「転移水晶?」
初めて聞く道具の名前だ。
「この水晶の中にダンジョンが封じられており、そのダンジョンの中へと転移できる魔道具です。セレスト様は簡単に姿を晒すことができない身ですので普通のダンジョンにはいけません。そこで、この転移水晶を用いてダンジョンの中に行ってもらいます」
「おおー……ビューテホー」
なんて素晴らしい道具なんだ、これがあれば好きなだけそのダンジョンとやらで暴れられるということか!!
「凄い凄い、行きたい、今すぐ行きたい、魔物達を殴り殺してみたい!!」
「落ち着いてください。ちゃんと魔道具の調整も終わって中のダンジョンへ自由に出入りできるようになってから使わせますから。それに、水晶の中にあるダンジョンの難易度は多種多様です。時にはベヒーモスすら可愛く見えるような魔物がひしめくダンジョンの場合ですらあります。それらの調査や調整が終わったら、セレスト様のご自由にお使いください……ただし、授業を真面目に受けていたらと言う前提ですが」
「うっ」
なるほど、こいつらは取引材料としてこの水晶を見せてきたのか。
こんなもの見せつけられた程度で私が言う事を素直に……聞くに決まってる!!
「わかった、これからは真面目に勉強するわ。でも約束は守ってよ、その調査や調整が終わったら使わせて」
「はい、当然ですセレスト様」」
ダンジョン、うふふ、ダンジョン、どんな魔物達がひしめいてるんだろう。
机の上に置かれたその水晶玉を私は宝物のように見ていた。




