第二十二話 エピローグ
あれから一月。街からは騎士団がいなくなり、私は平穏無事な生活を続けていました。エリナさんも自警団に復帰して全てが元通り。
更には師匠もリリーさんからの脅しがまだ効いているのか、ここ最近は私へのちょっかいもなりを潜めています。
そんなこんなでやっと望んでいた平穏無事な生活を私は続けていました。あとはこのまま師匠からうまく離れて生きていくにはどうすればいいかだけでありまして、それを達成することが今の私の目標でもあります。
ただ、その上で私は何かを忘れているような気がしました。まあさして大した事ではないと思うのですが、なにか大事なことのような気がするのも確かです。
そんな日々を続いていたある日のことです、リリーさんがちょっと用事があると言って少し家から離れる事になったと言ってきました。
「という訳で、王都の知人がゴタゴタに巻き込まれているらしいから、ちょっと行ってくる。ジーナもくれぐれも気をつけてくれ」
リリーさんは、一見手ぶらに見えました。でも、旅に必要な物資は全て空間魔法とやらで収納しているらしく全て終わっているとのことです。
「そうですか、でもリリーさんがいないとまた師匠が暴走すると思うのですが」
「それはまあ頑張ってくれとしか言えないが多分大丈夫だろう。私もそんなに長く留守にするわけでもないし三ヶ月もすれば戻ってくる予定だ」
とは言っても心配です。師匠にとってリリーさんはブレーキです。そのブレーキがなくなった以上、奴はアクセル全開でこっちにぶっこんでくることは予想に難くありません。
「本当は私もリリーさんに付いていきたいのですがダメですか? ここよりは安全だと思うのですが」
「すまないがエルフは王都には入れないんだ。ここみたいな地方の都市ならいいが、騎士団の本部がある王都では亜人は原則立入禁止だ」
なるほど、それなら仕方ありませんね。
「わかりました、それではここで待っていますが、もし私がこの家にいなかったら師匠から無事逃げられたか師匠に殺されたかどちらかだと思っ下さい。できれば私の遺体は森に返さずにこの街の墓地に埋めてくれると助かります」
「……なるべく早く戻ってくるから、そう悲観するな。では行ってくる」
そう言うとリリーさんは王都まで出かけていきました。
さて、私としましてもできればこの家にいるべきではありませんね。街にある宿屋辺りに転がり込むという手もあります。まあ、流石に師匠もいきなり私にちょっかいを掛けるなんてことはしないと思いますから少しは時間の余裕もあるでしょう。
そう考えていると、背後に気配を感じました。この気配、私知ってる!!
そーっと後ろを振り向くとそこには予想通りというかなんというか師匠がいました。腕を組んでこちらを見下ろしてきています。
「ジーナ、特訓を始めるぞ!!」
「もう少しくらい我慢できませんか師匠、リリーさんがいなくなってまだ三分も経ってませんよ」
そんなもんしるかとばかりに奴が気合を発してきます。
「むしろ遅すぎるくらいだ。リリーの手前、こうして無駄に時間を費やしてしまったがこれからはそうはいかん。ビシバシ鍛えてやるからな」
こいつ全く反省してなかった。外付け良心たるリリーさんがいなくなったらすぐに行動を開始しやがった。
私がどうやってこの場から逃げ延びるかと考えていると、師匠が水晶玉を一つ取り出してきます。
「さて、これは転移水晶と呼ばれる秘宝だ。これに念じることで使った人間を水晶の中にある超上級の迷宮へと転移させることができる」
「はあそうですか、それをどうするので」
「ジーナにはこの中に入ってもらう」
だと思いましたよこんちくしょう。
「えーっとちなみにお聞きしたいのですがその水晶の中にあるダンジョンは超上級の迷宮なんですよね」
「その通りだ、ベヒーモスやコカトリスが雑魚に見えるような、そんな人類の天敵達がわんさか生息している。俺でも、昔この水晶の中に入ったときは出てくるまで数ヶ月はかかった代物だ」
「それに入って私が生き残れるとでも?」
「俺はお前を信じてる……」
師匠がそっと水晶玉を私に渡してきました。いやこれをどうしろって言うんでしょうか。
どうしましょうか。本当にどうしましょうか。こいつの言うようにこの水晶の中に入ったらそれこそお陀仏なのは間違いないでしょう。
「安心しろジーナ、ダンジョンをクリアすれば、その水晶が壊れて勝手に中から出てこれる。あとはお前のやる気だけが問題だ」
「いや、やる気以外の問題も多いと思うんですけど」
私がそんな事を言うと、師匠があっと言う声を出しました。
「そうそう、間違っても近くにいる誰かを指定して水晶の中に入れとか念じたらダメだぞ。そんな事をしたらお前の代わりにそいつがこの中に入っちまうからな」
今なんて言いましたこの人。
「……念じたら本人が入るってわけじゃないんですか? 誰かを指定して念じたらこの中にその人が入ってしまうと?」
「元々これは対象を指定してこの中に閉じ込めて殺すという神話時代の呪いの道具だからな。別に本人だけが入れると言うわけじゃない。だからこそ、使用する時は気をつけてくれ、お前一人だけが入るように念じるんだ」
私がまじかよと思いながら師匠の目を見つめます。そしてわかりました、これマジな話だ。
だとするなら私のやることは一つしかありません。
「ではジーナわかったな。この試練、乗り越える覚悟があるか!!」
「はい師匠、任せて下さい。絶対にこの試練を乗り越えてみせます!!」
私の元気の篭った返事に師匠がうなずきます。
そして私も気合を込めて水晶に念じます。
そう、念じるのは唯一つ、この水晶様に念じるのは唯一つです。
こはぁぁぁぁぁと息吹を掛けて全エネルギーを傾けます。ただ一つ、そう私が唯一つ思うそれに精神に力を込めて全力で願うのです。そう、それは――
「眼の前にいる糞野郎をこの中に封印してください!!」
カッッッと目が眩むような光を水晶が発します。熱すらも感じられる程の光が収まるとそこには――師匠の姿がいなくなっていました。
右を見ます、やつはいません。左を見ます、やつはいません。上下と前後も見ます、やはりやつはいません。そして最後に手の中にある水晶を見ます……やつはここに封印されたのです。
そうと決まれば善は急げ、私はダッシュで外まで行くと、そのまま風切るような速さで町中を走ります。一秒たりとも時間を無駄にしていけない、そう考えながら走っていると、目指す場所が見えてきました。
「あれ、ジーナちゃんどうしたの?」
そこには馬車に乗った交易商の青年がいました。まさしく今出発するぞという姿で、もう少し遅れれば間に合わなかったのは間違いありません。ギリギリセーフというところです。
彼は、最近仲良くなった交易商の人で名前をライカと言います。彼はエルフの国にも商売の手を広げたいとかで、最近私とよく話もしていました。まあ、そんなわけで彼がこの日に街から旅立つと言うのも知っていたわけです。
馬車に手をかけながらライカさんに水晶玉を見せました。
「これを、大至急どこか遠くの国に捨ててきて下さい。料金はこれくらいで、このお金で払える範囲ならどこでも、とにかく今すぐ大至急、遠くの場所にです」
「え、こんなにくれるの? いやまあこんなにもらえるなら隣国辺りに捨ててくるけど」
「それでいいです、ではお願いします!!」
ライカさんがそういうと師匠が封印されている水晶を馬車の荷台に置いて、旅立っていきました。その姿を見送ると私の心に喜びの感情が湧いてきます。
「へへっうへへ、えへへ、いなくなった……あの害虫がいなくなったあああああ」
われ、勝利せし。哀れ師匠は水晶に封印されてどこか遠くの国に捨てられるというわけです。さーて、じゃあ後はリリーさんが帰ってくるまで待っていれば良し。師匠曰く、師匠でも水晶の中のダンジョンはクリアーするのに数カ月は掛かるらしいですから余裕でしょう。
「とりあえず師匠が帰ってくるまではゆっくりしているとしますか」
欠伸を一つすると、私は帰り道を歩いていきます。さーてだらけながら適当に冒険者でもして金を稼ぐかーと思いながら路地裏を歩いていると、不意に気配を感じました。はて、なんだろうと思いますが、すぐにその気配が消えます。
「? 今のは何だったんでしょうか」
なにかおかしいなと思いながら帰り道を急ぎますが、その日は特に何も起きませんでした。
そんなことが水晶に師匠を封印してから度々起きましたが、それでも特に大きな事は起きませんでした。
そして、三週間後――
私の元に毎日のように襲撃者がやってくるようになっていました。
まず最初に現れたのはゴメスと言う悪党でした。生命力溢れる中々いかした悪党で、私を人質にとって師匠をとっ捕まえるとの事を言ってきました。他にも人質として捕まえた私に対して卑猥なことをするだとの事もおっしゃってたのでアウト。全力で魔法をぶっぱなして胴体と首をちょんぎらせてもらいました。
次に現れたのはアンドレスという悪党でした。眼光鋭い悪党で、意志の強さを感じさせる御仁でした。この方もやはり私を捕まえて師匠に対する人質にするだのと仰りました。更には私に対してゴメス以上の卑猥さを発揮する言葉で脅しを掛けてきましたので、こいつも全力魔法ぶっぱで首と胴体を別れさせました。
その次に現れたのがロドリゲス、その次がゴンザレスと、多種多様な人相悪い賞金稼ぎか悪党かわからない奴らが私に襲撃を掛けて来るようになっていました。
当然ながら、まったり過ごすとか無理。どこにいようが賞金稼ぎのみなさんが師匠の弟子である私に襲いかかって来るのです。
そう、私は忘れていました、師匠には確かとんでもない額の賞金がその首にかかっている事をです。そして、師匠の仲間として目をつけられていたと言う事実を。
今まで私にこいつらが手をださなかったのは、師匠とリリーさんの二人が、この手の輩を処理していたので、恐れて私に手を出せなかったかららしいです。ところが現在その二人は私の周囲にはいません、ということで残された師匠の身内である私に対してこうしてちょっかいを掛け始めたとのことです。
「というわけだ、知っていることは全部話した、もう許してくれ。あんたがここまで強いだなんて知らなかったんだ」
とっ捕まえた襲撃者の一人から現在の私の状況を聞くと、とりあえずそいつのケツを蹴飛ばして放り出します。
私に蹴られたその男が路地の向こう側へと脇目もふらずに走り去っていく姿を見つめながら私は呆然と考えていました。
「何ということでしょう、あの野郎の関係者となったばかりに私まで……」
そもそも、私を人質にとってどうするつもりでしょうか。その程度でやつが止まるか? 否、止まるわけがない。むしろ、その程度のことは自分でなんとか切り抜けろとか、これも試練だやったなジーナとか嬉々として言ってくるに違いありません。
つまり彼らがやっている事は完全な無駄。私のストレス値を引き上げるというそれ以外については全く無駄な行為なのです。だというのに、私はこれからも彼らに狙われ続けると言うのでしょうか。
雲が流れていました。はるか空の彼方で雲が流れていきます。その雲が風に流されて散り散りになると、次の襲撃者の姿が現れました。
まだ青年と言っていいひょろそうな若者がナイフを両手に持って現れました。慣れていないのか、そのナイフがカタカタと震えています。
「あんたに恨みはない、だけど金が必要なんだ、だから可哀想だけど人質になってもら――」
「そんなんで……」
「え?」
「そんなんで師匠の命取れると思ってんのかあ!!」
そいつにドロップキックかまして、一つ活を入れてやりました。蹴られたその若者がズザザーっと言う音を立てながら地面を滑っていきます。
「やるのならちゃんと師匠のタマ取れるような方法でやれや!! それなら私も全力で応援するんですよ、わかってるんですか、ええっわかってるんですか!!」
倒れたその青年の上にまたがると、私は相手の胸ぐらを掴んでそう言い放ちます。こいつらのぬるいやり方に私の怒りも頂点に達しました。
「え、いやそのごめんなさい」
「謝って済んだら私の胃がストレスで穴開かないんですよ。口内炎まで最近できてくるし、今もこうして話しているだけで痛いし、どうしてくれるんですか!! どうしてくれるって言うんですか!!」
もういい、もう沢山だ。こいつらには任せていられない。
「それで師匠を狙っている賞金稼ぎは、この街にどれくらいいるのかわかりますか」
「いやそれはちょっとわからない、でも少なくない数が入ってきてると思うけど」
「なるほど、少なくない数ですかわかりました」
私は立ち上がると、一つ覚悟を決めます。
「これからはこのジーナがあなた達の指揮を取ります。師匠が戻ってくるまでに完璧な布陣を終えて確実にヤツの命を取りましょう。今までみたいな各個に動くやり方ではなく、完全に組織だって師匠を抹殺します」
私の宣言にその青年が驚いています。
傍から見ればたしかに私はやりすぎかもしれません。ですが、奴だって私の命を散々無視していたのですからそこはお互い様です。少なくともこの件に関しては誰にも文句は言わせません。
「ところで貴方の名前はなんと言うのです」
「え、僕? 僕の名前はリーキスって言うけど」
「わかりました、貴方は今日から私の副官です」
よく状況が飲み込めてないのか、リーキスが目を大きく開けてこちらを見ています。
「師匠を殺してお金がほしいのでしょう」
「それはまあ、ほしいけど……」
「それなら私の元に付くのが一番です。はっきり言いますが、このままではあの人間オークの首どころか髪の毛一本斬ることすらできません。それとも、私を人質として狙った責任をここで支払いますか?」
「わかった、仲間になる仲間になるから」
リーキスが首を縦に動かしてそう言いました。これでまずは副官を一人確保。その次はこの街にいる賞金稼ぎ共を手下に収める必要があります。
「でもその、あんたの師匠なんだろ? 本当に良いのか」
「ぜんっぜんっ良いです。むしろ、あいつのタマ取った人には私から特別ボーナスも上げたいくらいですよ」
私はこの街に来てわかりました。人間社会というものは理不尽が多数ひしめき合っていると、そして、それらを跳ね除けるには血と暴力も時には必要なのだと言う事をです。
まさしく、私がこの答えにたどり着いたのは師匠のおかげです。言葉は通じない、力でしか排除できない変なちょっかいを掛けてくる生物が間近にいたからです。そう、まさしくアラン師匠は私の師匠だったのです。ですから、その師匠に教わったお礼と教義を込めて命の一つや二つ確実に取りに行くことこそが恩返しだと私は思うわけなのです。
「では行きますよリーキス、まずは眠たい襲撃をし掛けてくるアホどもに本物の力ってやつを見せつけます」
「は、はい」
そうして、私の物語は一つの区切りを迎えました。いつか戻ってくる真の敵を迎え撃つことを胸に秘めて。
続きはじめます




