第二十一話 合格
さて、目の前のゴミクズを消し飛ばすために魔力を練り上げることにします。
丁度ここは森の中、私が生まれ育ち、私が生きてきた場所であり、エルフが最も強くなる場所。魔力の練り上げも従える精霊達も他の場所で行う時の比ではありません。
では集めた魔力をこうして槍状にして、あの人間の眉間に……オラアッ!!
放たれた私の魔法が、あのでかぶつの眉間に一直線に進みます。殺った!! そう思った私が期待を込めて見ていると、ぺしんと虫でも叩くような動きで、そいつが私の魔法を叩き落としました。
地面に墜ちた私の魔法がシュウウウと言う音と煙を出しながら消えていきます。人間程度だと侮って手を抜きすぎたか、と思っていると、目の前のゴミクズが眉間にシワを寄せて私を見ている事に気が付きました。
「うーんとさ、ジーナ……」
ゴミクズが地面に落ちて消え去った私の魔法と私を交互に見比べます。そして、口をへの字に変えると、傍にあった切り株に腰を下ろして、もう一度私を見つめてきます。言いたいことがあるのならはよいえや害虫。
「あのさ、弱すぎない?」
ちらっと、そいつがまたもや私の魔法が墜ちた跡のある地面に目を向けてから
「雑魚すぎない?」
もう一度、地面に目を向けてから
「エルフ弱すぎひん?」
ビキビキっと私のコメカミに青筋が立ったのがわかります。この害虫、言いたいことがあるならはよ言えやと私も思いましたが、口を開いたら開いたで、うざさが天上の彼方まで到達していやがります。なんでしょうか、記憶の奥底から既視感が湧いて出てきました。この殺意、私覚えてる。
「リリー、やっぱしエルフのほうが人間より魔力が優れてるって嘘じゃねえか。ちょっとお前の魔法を見せてやれよ、ジーナの魔法がチ○毛も生えていないお子様レベルだって教えてやれよ。そうすれば一発でジーナも、私、毛も生えてない子供だったんだって理解してくれる――」
そこで多数の魔法の矢がゴミクズに向かって殺到しました。私ではありません、人間の女のほうが放った魔法の矢です。これだけの魔法が打ち込まれれば流石に死んだだろうと期待しましたが、現実は非情でした。あれだけ魔法が打ち込まれたのにもかかわらず、後には満足顔の害虫がその場に立っているだけでした。
「わかったかジーナ、これが本物の魔法って奴だ。お前が放った魔法なんて数十発は撃てるのが当たり前。人間様が松明照らして周囲を明るくしている中で、マッチ棒一本だけ灯してわーい火が着いたーとか喜んでるのがエルフだ、向上心が全く足りんな」
なぜでしょうか、私はこいつを人間とは思えなくなってきました。
そう、例えるならハイオーク。オークの上位種で災害級の魔物。故郷の森でも最悪の場合、風龍様に頼るしかなかった、あの化物を思い出します。
だとするなら頭を切り替えなくてはいけません。眼の前にいるこれはそういう生物なのだと理解するのです。
今度はもっと感覚を研ぎ澄ませて魔法を練り上げます。イメージするのは針のような一点特化。やつの外皮を貫いて内蔵に致命傷を与える一品。そこはえぐい鋭利物でも用意して苦しみを増やしたい欲求にも囚われますが浮気してはいけません。
「困ったなあ、どうすればジーナは納得してくれるのかな。もう、身も心も俺に任せて修行を受ける以外ないっていうのに」
なんとも優しい笑顔でこいつが私に語りかけてきましたが、とりあえず、その眉間辺りに力込めて、再度魔法の矢を投擲。今度は槍状まで大きくした後に更に魔力を注ぎ込んで、ついでに全身の筋力の限界に挑むような投球フォーム込みに魔法をぶん投げました。
今度こそ殺ったと期待しますが、人差し指と中指二つだけで真剣白刃取りの要領で私の魔法はこいつに止められてしまいます。
「ふ、ふーん、ほう、ちょっと良くなったかなうん」
「おいアラン、手加減だぞ手加減。今のでちょっと野生が表に出てきただろ、手加減を忘れるな」
見ればゴミクズの息が荒くなっています。目がちょっと釣り上がって頬がひくひくしていました。何かにとても興奮を始めた御様子で少しばかし貞操の危機を感じられますね。
とりあえず今のでダメとなると、もう少し上の魔法が必要です。そう言えば故郷の長老から禁術と呼ばれている魔法を教えられていたのを思い出しました。そのあまりの威力故に森の中で使えば、周囲の自然を根こそぎ破壊する呪文。いざと言う時以外は決して使うなと言われたその魔法。森の守護者たるエルフがむやみに自然を破壊するなどあってはならぬときつく言われたそれですが――
「オレ興奮してないこれくらい平気、手加減デキル」
今がそのいざってときだと看破します。ふと思い出しましたが、私は街のエルフだった気がします。つまり、森とか自然とかぶっちゃけどうでも良し、 私と自然は等価値ではないのです。私の為に自然がちょっとくらい犠牲になっちゃっても別にいいじゃん。
という訳で早速、それを使うことにすると、暗黒の魔力が私の周囲に漲ってきました。今までのがチ○毛も生えていないお子様だったのに比べれば、これはまさしく大人の魔力。ヤツの脳天にイチコロできる感じが漲ってきます。
「死ねやあああああ」
槍状にした暗黒魔力を全力ストレートで投擲します。今度は先程とは違って着弾と同時に大爆発。爆風がこちらにまでやってくるこの手応え。奴の周りにあった植物系の生命体も全滅しましたが、まあそんなものは大した事ではありません。
息を切らせて肩で息をしていると、爆風からの煙が晴れてきました。さあ無残になった死体を見せやがれと期待しましたが、やはりそこは相も変わらずヤツが無傷で立っていました。手を前に出して立ち尽くしています。どうやらあの手を盾の代わりにして防いだみたいです。
次はどうするか、他に方法はないのかと思案していると――
「よくやったぞジーナ!!」
いきなりそいつが大声を上げ始めました。
「やはりお前は凄い、よくぞ俺の期待に答えてくれた!! みろここを、ちょっと怪我してるだろ!!」
そいつが指さしたのは私の魔法を受けたであろう手の平の部分でした。確かに、ちょびっと切り傷がついて血が流れています。
「素晴らしい、合格だ、そして――」
そう言ったと同時にそいつが体を沈み込ませて突撃の構えを始めました。それ以外の要素としては肌に突き刺すような闘気を感じます。私以外にも、それを感じているのか闘気に当てられた森の木々達が急速に枯れていってます。他にも虫や小動物たちが地面にドサドサと倒れていく有様を見るに、こいつ気迫だけで動植物に死んだと思わせていますね。
「これが俺の卒業証書だ受け取れ!!! ドラゴンタックル」
奴がそう叫ぶのと、私が再度魔法を放ったのは同時でした。しかし、私の魔法は奴の体表面に到達前に闘気でかき消されたのを確認。そのまま死の重圧の化身となった奴が私に迫ってきます。その姿と、走馬灯が同時に見えて、そして、いつの間にか私は別の場所に移動していました。
「念の為にテレポートの腕輪を渡しておいて良かった」
リリーさんが私の隣で呆れながらそうつぶやいているのが見えました。それと、師匠が怒れる衝突物となって木々をなぎ倒しながらどこかへと突撃していく姿もです。
「だから、手加減しろと、あれほど、何度も、言っただろ」
リリーさんが正座している師匠の頭を何度も杖で叩いていました。
「手加減したし、ちゃんと準備動作を見せて避けられるようにしたし」
「威力を手加減しろと言ってるんだ」
再度師匠を殴り始めたリリーさんを止めるために私は近寄ります。
「まあ落ち着いて下さいリリーさん、いつまでも殴ってないでさっさとトドメをさしましょうよ。殴った程度で師匠はどうにもならないですよ」
そうです、殴るなんて無駄なことをやってないでさっさと息の根をとめるべきです。状況というものは正しく判断しないといけません。
「どうやら記憶の混濁も無くなったみたいだなジーナ」
「はい、師匠のおかげで走馬灯が見れましたからね。過去の記憶もバッチリ見えました。私もまさか、記憶喪失を走馬灯で治すなんて言う力技をやらされるなんて思っていませんでしたよ」
「……そうか。さて、じゃあジーナの試験もこれで終わり。アランも合格だーとか言っていたしそれでいいはずだ」
「だめだ、まだ終わってない」
「いや、自分で合格だとか言ってたよな」
「俺は言ってない!!」
おっと、このバカときたらどうにも認めようとしてません。
「まだジーナの力をちゃんと確かめてない、まだ試験が必要だ」
「アラン、おまえちょっといい加減に」
「いやいやリリーさん、私はいいですよ試験をもう一度やりましょう」
そこでリリーさんが私の方を見てきました、お前死ぬ気か、という目つきで見てきます。目は口ほどに物を言うのですね。
「ジーナ、正気か」
「はい、正気です。師匠をぶっ殺すチャンス、もとい師匠と手合わせできるチャンスなんてなかなかないですからね。大丈夫です、次はうまく殺ります」
私の言葉を聞いて師匠の顔が明るく輝きました。馬鹿め油断していろよ、次こそお前の脳天をざっくり半分に割ってやる。
「ジーナもそう言っていることだし、早速始めるぞ。リリーもそれでいいな」
「えー……」
という訳で、もう一度トライすることになりました。今度こそ、この害虫をこの世から消してみせます。
向き合うは私と師匠。ラウンド2の開始です。
さて、私も勝算が全く無いわけではありません。先程の戦いでわかりました、師匠は私の攻撃を避けずに捌くか受け止めるかどちらかをやっていました。つまり避けるつもりのない師匠に対しては、捌ききれず受け止めきれない攻撃を放てば殺すチャンスは十分にあるって事です。
「さあジーナ、どこからでもかかってこい!!」
仁王立ちで腕を組んで師匠がそう言い放ちます。ならば遠慮なく、全力で行きましょう。
イメージするのは剣。魔力を研ぎ澄ませて巨大な剣を作り上げるのです。右腕を上に掲げて魔力を研ぎ澄ませます。そして次第に私のイメージ通りに魔力の剣が形作られていきました。
それは、十メートルにはなろうかという長大な剣。曲がらず、折れず、全てをぶった切る魔法の剣。それが半分ほどまで出来上がると、会心の手応えを私は感じて――
「よくやったジーナ合格だあああああああ」
と、そこで師匠が雄叫びをげました。
おいちょっとまて早い、まだ剣が完成していない。
師匠が腰にある鞘から剣を抜き放つと上に掲げます。そして、師匠の全身から光が溢れ出したと思うと空高く刀身が数十メートルはありそうな、なんかすっげえ光の剣が出来上がりました。
「これが俺の卒業証書だ避けてみせろ!!! オーラブレード」
師匠が剣を振りかぶる様子がスローモーションで見えました。そして、それに付随して走馬灯がまたしても駆け巡ります。
「……また使うことになると思ってたよ」
いつの間にかテレポートさせられた私の隣でリリーさんがそうつぶやいています。そして、私の視界には師匠が元気よくオーラブレードとやらをめちゃくちゃに振り回して、森の木々達を伐採している後ろ姿が映っていました。
「…………」
「ちゃんと手加減したし、武器も見せてわざわざ上に掲げてちゃんと逃げられる時間も与えたし」
リリーさんが無言で師匠の頭を殴っています。ただただ無言で殴り続けている有様には深い侘び寂びを感じられました。
「……じゃあもういいな合格らしいから」
「俺はそんな事言ってない、まだ合格じゃない」
リリーさんが私の方を向いてきました。それを私がブンブンと首を横に振ってもう無理っすのサインを送ります。
「次は立ち会った瞬間に師匠の野生が爆発しそうなんで無理です」
私の返答を聞いたリリーさんが再度師匠に向き合いますが、師匠は顔を横に向けて聞かない振りを決め込もうとします。
「どうしても合格だと認めないのか?」
「認めない、全然認めるつもりはないねこんなんじゃ全然足りない」
「そうか、なら私にも考えがある」
リリーさんが懐から袋を取り出しました。それは黄土色をした革製の袋で、何かが入っているようです。
「この袋の中には、私が作り上げた女性に嫌われる効果を持った粉末状の薬品が入っている。概要としてはこれを振りかけられた人間は体表皮に粉末が付着。女性が嫌がる匂いを常に付着したその粉末から発するようになる。効果は約三ヶ月、これを一度振りかけられでもしたら、お前は今後三ヶ月間、全ての女性から嫌われることになる。それが嫌なら今すぐにジーナを合格だと認めろ」
おや、リリーさんったら何を言い始めているのでしょうか。
そんなもん使わなくても師匠が女性からモテるわけないじゃないですか。普段から女性に全く縁のないクソみたいな扱い受けている師匠にそんな脅しは意味ないですってば、ねー師匠。
と、そう思って師匠の方を見ると、師匠が恐怖で顔を歪めていました。
「リリー、お前、なんてひどいことを、そんな、おまえ、そんな事、お前」
え、マジで? こんな脅しが効いてるの? 普段から全く女性に縁のない師匠が、マジで? こいついま現在、少しでも女性から嫌われない要素があると思ってんの?
「ついでにいうと、これは毒でも呪いでもない、表皮に付着して匂いを発するだけだから、お前の人外じみた耐毒性や対呪いの能力は全く意味をなさない。確実に、お前は、女性から数ヶ月は避けられる」
師匠の歯が恐怖でガチガチと鳴っています。信じられない……師匠がいま現在、女性から避けられていないと思っているなんて、全く信じられません……
「そ、それでも、俺は、俺は」
「私だって無理に認めろと言ってるわけじゃない。ただ自分で言った言葉には責任を持てと言ってるんだ。お前は合格だと言ったんだ、それも二度もだ。つまりジーナへの干渉はこれで無しだ」
「う、うご、うごごご」
なおも抵抗する師匠に向かって、リリーさんが袋の紐を緩め始めました。
「そうか、じゃあ罰だ。私でも、これをお前に振りかけるくらいのことはできるぞ。では、始めようか」
「わかった、認める、ジーナは合格だって認める!!」
こうして師匠の私への付き纏いは終わることになりました。




