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死に戻りの悪辣姫は甘い汁だけ吸って生きていきたい  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第一章 愛を知らない悪辣姫

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グラディア家の平穏な暮らし

 結局、その晩はアラン・マクイストンの話を聞くことはできなかったけれど、翌日からすぐに情報を集めることができた。

 皆、赤ん坊の前では気が緩むから、わたしが部屋の隅で寝ていても、平気で秘密の会話をする。クローディンもそうだった。


 部屋でわたしの世話をしているエリィの側で、その話をし始めた。


「此度の会議でダリル・オーワードの作成のもと、領主連名で帝都に向けて声明を出すことになった。仔細な文面は任せたが、要はアラン・マクイストンを反逆者とみなし、帝都の支配を認めない――といったものだ」


 意外な気がした。

 わたしが思うクローディン・グラディアという人は義理に厚く情が深くて熱血漢だ。だけど今目の前にいる彼は、印象よりもずっと冷静に思えた。まあ、内心のことは分からないけど。


 オーワードというのは英雄王第二子の名だ。オーワード家の現領主が死んだ皇帝に代わり旗振り役をしているらしい。

 なにせ皇帝の死後のローゼン家は直系が途絶え、次に誰が家を相続するかで揉めている最中で、とても反逆者への報復に団結するような状態ではないから――っていうようなことを、使用人達が噂しているのを聞いた。多分正しい噂だ。未来でもローゼン家の跡目争いは決着していなくて、私生児のわたしがローゼンを名乗れるくらい混沌としていたから。


「戦になりますか」


 とエリィがゆりかごの中のわたしのお腹をさすりながら、眉を下げて心配そうに尋ねた。


「声明を受けたマクイストンが退かなければな」


 クローディンは平然とそう答えてエリィの顔を見て温かな笑みを浮かべた。


「心配か?」


 エリィが無言で頷くのが見えた。目には微かに涙が浮かんでいる。


「争乱が起こる度に貴方が不在にして――いつか本当に戻ってこなくなってしまうのではないかと思うと不安で仕方がないのです。今回だって、もしかするとそのまま出兵だなんてことになるんじゃないかって思って……」


 テオドシウスの前で余計なことを言わないようにしているエリィだけど、クローディンの前では本音を話すみたい。


「俺は大丈夫だ、心配するなエリィ。いつだってこの城に帰ってきているだろう? お前が俺の不在を守ってくれているから、俺は安心して戦に行けるんだ」


 言いながらクローディンはエリィの肩をぽんと叩いた。エリィの頬が赤く染まる。エリィはクローディンの手を取ると、そこに口づけをした。


「今夜は一緒に過ごそう。昨日はテオが離してくれなかったからな」


 と、クローディンが言って、エリィが嬉しそうに微笑んだ。テオドシウスがいるんだから少なくとも結婚して九年は経っているはずなのに、まるで新婚みたいだわ。見ているこっちが恥ずかしくなる。


 だけど、やはり時が戻る前と同じ歴史を歩んでいるみたいだ。

 マクイストンへの包囲網は着実に出来上がっているし、勝利は約束されている。問題はその後だ。誰が皇帝になるかの決着はもつれ込み、テオドシウスが名乗り上げるまで、大多数が納得する結論は出なかった。いっそのこと、テオドシウスがさっさと皇帝になると宣言するように上手く立ち回ろうかしら? それができれば、争乱にはさっさと決着が着くんじゃないの。


 そんなことを考えていると、扉が叩かれエリィの侍女の声がした。城のことで相談があると言いかけた侍女だったけど、クローディンがいることに驚いたようで遠慮しようとしたみたい。だけど「ルナは俺が見てるよ」と彼が言ったから、結局エリィと侍女は出て行った。

  

 部屋の中に、たった二人で取り残される。

 養父と二人になるのは慣れないことだ。わたしは彼のことをよく知らないし、時が戻ってからの生活でも、彼は不在にしていることが多かったから。


 クローディンは小さく笑ってから、ゆりかごの中にいるわたしを抱き上げこう囁いた。


「お前も難儀な人生を歩んでいるな。陛下はお前の母親のことをとりわけ気に入っていたようだから、こんなことにならなければ、姫としてなんの不自由もない幸福な暮らしを送っていただろうに。――いや、あるいは帝都にいても、帝位争いの駒になっていたかもな」

 

 抱きかかえ上げられて、きゃっきゃっと喜ぶふりをしながら、――貴方もね、と心の中で返事をした。

 混乱初期の帝国の争乱に巻き込まれ、あっけなく命を落とすことになるんですもの。


「まさかこんなことになるなんてな――。力には常に不穏がつきまとうものだ。お前は生まれが悪かった。皇帝の私生児は紛れもなく不幸だろう」


 彼の独白に、わたしは笑みを崩さないように努力する。誰が赤ん坊にそんなことを言うの? 正直者だから? それとも皮肉? 

 不幸だなんて、わたしが一番分かっているわ。


「だがあまり気にするなよ。生まれは変えられなくても生き方は変えられる。俺も正妻の子じゃないが、今や一国一城の主だ」


 ふいに真顔になるとクローディンは言った。


「いっそのこと、テオと結婚させてみようか?」


 ひぃ、と口から出た悲鳴には彼は気付かなかったみたい。


 英雄王と結婚だなんてあり得ない。彼と恋をすることは絶対にない。彼は確かにわたしの心臓を捉えるけど、比喩じゃなくてそのままの意味ですからね?




 グラディア領での暮らしは平穏そのもので、いつだってのんびりと時間が過ぎていく。

 冬は厳しい寒さになるそうだけど、秋になりかけの今は、昼過ぎの日差しが暖かい。

 わたしはたいていの場合、テオドシウスにより庭や近くの森に連れ出されていた。抵抗しようにも限界があるの。わたしは早々に諦めて、彼の好きにさせていた。

 彼は車輪の付いたゆりかごを押し、しきりにわたしに話しかける。


「ほら、ルナ見ろよ。葉っぱが紅葉しかけている。もう少ししたら一面真っ赤になるんだ。ちょっとしたものだよ。早くお前にも見せてやりたいな」


 遠くの山を指さしてテオドシウスがそう言ったから、わたしもそちらに目を向ける。

 城下町より一段高い場所に建つこの城からの眺めはよく、遠くにそびえ立つ頂とその手前に小山と草原が広がっているのがよく見えた。山から流れる大きな川が、澄んだ水を運んでいた。

 

 護衛達は遠巻きにわたしたちを見ている。皆、こちらを見て時折何かを言い合いながら、優しい笑みを浮かべていた。テオドシウスはこの城の人達に好かれている。わたしもまだ、好かれていた。


 不思議なのはテオドシウスだ。過剰ともいえる人数の護衛達の名前を一人ずつ覚えているし、誰に対しても丁寧にお行儀良く接している。もしも英雄王と知らずに接していたら、きっととびきりいい子だと思い、好意的に見たかもしれない。

 だけど彼は時折、悲しげな目をすることがあった。そういう時の彼が何を考えているのかは分からない。暗い表情をして黙り込み、じっと内心の葛藤に耐えているようだった。


 子供が何を抱え込むの? って思うから、わたしの勘違いかもしれないけどね。


 彼の二面性に気付いたのは、再会してからそう遅くない時期だ。両親や使用人の前ではとびきりの良い子――だけど一人でいるときや、彼の中では人間として数えられていないであろうわたしといるときは、口調が少し粗野になる。


 こんなに多くの人に好かれて愛されていながら、周囲と奇妙に距離を取りたがっているように見えるのはどうして? 決して踏み込んではいけない領域が、彼の心の中にあるように感じた。

 だけど赤ん坊のわたしだけは、彼は側に置いてもいいようだった。


 一人だった散歩に最近ルナ様をお連れしているようですよ――なんて乳母がエリィに話しているのを聞いた。

 ルナがテオ様の慰めになれば良いですわ――なんてエリィがクローディンに話しているのも聞いた。


 特別にわたしが英雄王のご寵愛を賜っているわけではない。単に皆、赤ん坊の前では気が緩むだけで、テオドシウスもそうだったという話だ。

 なぜ彼が孤独を好むのかは知らないけれど、孤独に耐えかねて無害な存在を側に置きたいと思ったというのは理解ができる。ふにゃふにゃの赤ん坊は人間として数えられていないのかもしれない。要はぬいぐるみと一緒だった。


 遠くを見つめていると、テオドシウスがわたしを覗き込んでいることに気がついた。目が合うと、彼は真顔で問うてくる。

 

「お前、本当は俺の言葉が分かってるんだろ?」


 そんなことを言われたから、自分ができる最大限の間抜け面を浮かべてみた。分かるわけないでしょ? 赤ちゃんなんだから。

 テオドシウスはなおも尋ねる。


「だとしたら、今何を考えてるんだ? なにか答えてくれよ」


「ぶう」


 貴方に殺されない方法よ、と返事をすると、テオドシウスはわたしの頭を優しく撫でた。

 彼に触られることには慣れてきた。諦めたとも言える。

 初めはいつ殺されるかとビクビクしていたけどその様子は今のところないし、義理ではあるけど妹として可愛がってくれているようだった。彼とこういう関わりをしていることは奇妙で不可解でとびきり可笑しく、不思議だった。


「俺、普通にできているかな。時々、分からなくなるんだ。お前みたいに普通に振る舞えたらいいのに」

 

 なにか知らないけど、彼には秘密がありそうだ。

 それを探ることが、もしかすると生き残るための鍵になるかもしれない。


「特に母様には余計な気遣いをさせたくない。ただでさえ心配性なんだ。俺がおかしいと分かれば、自分のせいだと思ってしまうだろうから」


「だあ」

 

 テオドシウスの思考は両親に移ったらしく、適当な返事のわたしにも注意を向けることは無い。


「父上は彼女を心から愛している。数いる妻候補の中から彼女を選んだのは、元々彼女のことを知っていたからだそうだ。なのに彼女の方はまだ遠慮している。俺がどうこうできることじゃないけど、抱え込んでしまわないか心配だ」


「むむう」


 適当かつ曖昧にそう返事をすると、テオドシウスはかがみ込み、わたしの手にキスをした。


「ねえルナ。どうしてお前、そんなに可愛いの?」


 突然のことにびっくりしているわたしを前に、テオドシウスはそう言ってまた微笑んだ。

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