家族の晩餐
グラディア家の家族はこれで出揃った。
食事の席の隅の車輪の付いた移動式ゆりかごの上から、わたしはさっと彼等に目を通した。
わたしを含めたこの四人のうち、未来で生きているのはテオドシウスただ一人だけだなんて。
帝国の西方、グラディア領を支配するグラディア家現当主のクローディンは元々正統な後継者ではなかったと聞いたことがある。それでも家のために尽くそうと十代の頃は従軍していて、戦争に頻繁に行っていたらしい。だからか彼の体は大きい。短めの黒髪も、いかにも戦士という雰囲気だ。
一方でテオドシウスの姿は父親とも未来とも全然異なっていた。
未来ではクローディンに似ているとも言える体格になるけれど、少なくとも今は線の細い美少年で、女の子と言っても過言ではないほど可愛らしい姿をしていた。彼の姿はエリィに似たのかもしれない。
そのエリィは食事の席の末端にいる。綺麗な人だと思う。若い――彼女の正確な年齢は知らないけれど、二十前後だと思う。だからまだ十代でテオドシウスを生んだことになる。
うちの国では夫婦は揃って上席に座ることが多いけど、この城は違うみたいだ。一番上座にクローディンがいて、次にテオドシウスが座っている。妻の席が三番目なのは珍しい。あるいは単に、テーブル近くのゆりかごの中にいるわたしのお世話をするためかもしれないけれど。
ではテオが祈りをしてくれ、とクローディンが言ったため、テオドシウスは、はい、と素直に言葉を発する。
「天上の神よ、西方の精霊達よ、今日も我らに恵みをお与えくださり――そうして父を無事に旅から帰してくださり感謝いたします」
三人が目を閉じている様子をわたしは目を開いて見守っていた。皆信心深く手を組んで、銘々に神に感謝を捧げている。
そう遠くない未来で彼等は死別し、生き残った息子は帝国を支配するだなんて、少しも知らずに熱心に神に祈る。その神様は、あなた達を救いはしないのに。
厳かな空気の中で食事は始まる。
口に肉を運びながら、クローディンが言った。
「アラン・マクイストンは帝都を占拠し武装を解く気はないようだ。我々はいかなる犠牲を払ってでも彼を退かせようと考えている」
食卓の空気が急速に冷えたように感じた。
彼の言葉にわたしは静かに耳を傾けた。
アラン・マクイストンというのはわたしの父を殺した男で、元々は戦勝を重ねた人気のある将軍だった人だけど、父の機嫌を損ねたとかで、僻地への左遷が決まっていた。だけどその前に彼は皇帝を奇襲。今現在は自分こそが皇帝であるかのように帝都を実効支配していた。
クローディンはこの半月の間、英雄王の第二子の子孫が支配する領地に出向き、他の王達と会議をしていたというけれど、それはまさに、マクイストンをいかにすべきか――という議題を片付けるためだったのだろう。
記憶が正しければ彼の天下はそう長くは続かず、他の領地が結成した連合軍の前に敗れるはずだ。マクイストンの短命天下と未来では揶揄されていた。
そうやって一度は反逆者に打ち勝った連合軍だけど、その後は各領主による更なる争いが始まることになるんだけどね。
今のところ、各領主間の間に争いは無いようで、消極的、積極的という違いはあれど、皇帝を殺した反逆者を排除するという共通の目的のために手を組んでいるらしかった。
クローディンがその話題を出した瞬間、エリィの顔が曇ったように思えた。彼女はちらりとテオドシウスを見た後で、躊躇いがちに口を挟む。
「クローディン様。子供達の前でそんな話は――」
「いや、テオも知っておかなくては。我が家を継ぐことになる男なのだから」
テオドシウスも父の言葉に頷いた。
「ぼくも戦に参加したいです。皇帝陛下を殺害しただなんて許せません。帝国の平和を揺るがし、民を恐怖に陥れた人間を共に倒したい」
流石英雄王様は猛々しくていらっしゃるわね。
時が戻る前もその戦に参加していたのだとしたら死ぬことはないのでしょうけれど。
「それも良い機会かもしれないな」
「まさか! よしてくださいまし!」
クローディンとエリィの言葉が続いた。
クローディンにしてもこの戦では死ぬことはない。だからテオドシウスの言葉に青ざめた表情を浮かべたエリィも、別にそれほど心配なんてしなくていいんだけど、夫婦でも考えは違うみたいだ。
一瞬だけ、食卓に気まずい沈黙が流れたその瞬間、ぷぷぷ、という情けのない音がわたしからした。
「――あ」
三人の目線がわたしに集まる。
深刻な話だっていうのは、当然よく分かっているのよ。でも時に赤ん坊のわたしの本能が勝る時だってあるの。仕方がないでしょ?
だってしょっちゅうお腹がすくし、いつも母乳をもらっているんだもの。それになんと言ってもわたしはまだ赤ちゃんなんだもの、体の機能の制御が上手くできないの……。
だけどこれって人間の尊厳の問題よね、屈辱的だわ。わたしが動けたら自分の世話は自分でできるのに、赤ちゃんだとそうはいかない。しかも数時間ごとに起こるのよ。
テオドシウスが目を丸くしてわたしを見た。
「大変だ! ルナがうんちをしちゃった!」
わざわざ声に出して叫ばなくても皆分かっているわ! とわたしの方が叫びそうだった。
「ぼくが世話をしてきます!」
い、嫌! ぎゃああとわたしは大声を出した。
よしよし気持ちが悪いのね、すぐにおしめを取り替えるわ、とエリィがわたしの悲鳴を好意的に解釈してくれる。乳母が来てくれて助かった。未来でわたしを殺した憎き英雄王に下の世話をさせるなんて最大の恥辱だものね……。




