なんか性格違くない?
「むぅ」
という小さな声がしてびっくりして目が覚めた。そうしてそれがどうやら自分が発した声だということに遅れて気がつく。
ぎょっとしたのは隣にテオドシウスが寝ていたことだ。窓の外はまだ明るい。どうやら彼の部屋でそのまま二人でお昼寝していたみたい。
わたしは義兄の顔を見た。
可愛い寝顔だ。
すやすや眠っている姿はまるで天使みたい。五歳だなんて、まだ彼もふにゅふにゅの赤ん坊みたいなものだった。
ふと、憎しみを込めてわたしを見つめる青い瞳を思い出して身震いした。絶対にあの未来にはさせないようにしなくては。
一度生き方を失敗した人間が、時が戻ってもそれほど上手くやれるとは思えない。だけどやらなきゃ死んでしまう。
大丈夫よルナ、と自分の胸に手を置いて言い聞かせた。
わたしは今のところ可愛いだけの赤ん坊なんだもの。誰にも恨まれてはいないわ。
問題は山積みだけど、きっと切り抜けられる。未来を知っているのは強みだ。
問題はある。本当にたくさんある。
第一に、グラディア家の両親は原因も時期も異なるけれど、未来で死んでしまう。
義父はわたしが五歳の時に。義母はわたしが十六歳の時に。
義父は戦死。義母は病死。
争いごとを好まないこの家にずっといることが当面の目標だ。現状の庇護者を失うわけにはいかない。もし義父が生きていたら、わたしが別の家に引き取られることもなかったかもしれない。だとしたらまず防がなくてはならないのは、義理の父親の戦死だ。彼の死をきっかけにして、わたしは伯母に引き取られ、争乱の中に身を置くことになるのだから。
「うーん」
テオドシウスが眠っているのをいいことにわたしは低いうなり声をあげた。
だけど義父の死を防ぐと言ってもどうやって?
忠誠公グラディア。国への忠誠心が高すぎて圧政を敷く新たな皇帝を許せずに真正面から戦争を挑んであっけなく死んでしまった。
未来では彼は愚か者として語られていたし、わたしもそう思っていた。だけどその後の欲と憎悪にまみれた争乱を振り返ってみると、彼が一番勇気があって、一番自身の誇りに従った人だと思う。泥沼の帝国を見ずに済んだのだから運が良かったとも言えるわ――なんて少し皮肉がすぎるかしら。
だけど、そんな人を止められる?
忠誠心に勝るものってなにがあるの? いや、たくさんあるけど、彼にとっては忠誠こそが揺るぎない指針なのだ。
それとも別に防がなくても大丈夫?
うーん、そうね。あまりにも大変すぎるもの。子供のわたしには到底無理なことよ。頑張るのは面倒くさいし、義父には時が戻る前と同じく死んでもらいましょう。
「ん……」
考え続けているとテオドシウスがもぞりと動き、ぱちりと目が開いた。避けられずに目が合って、わたしが彼を見ていたことに気付かれてしまう。
途端に彼の唇が柔らかく弧を描いて、指がわたしの頬をつんとつついた。
「ああ、やることが無くてお前と眠っていたんだっけ」
あれ? なんだか口調がお義母様の前とちがくない?
もしかして、裏表があるのかしら。五歳児なんて未知の生物だからこれが普通かなんて分からないわ。皆こんなものなのかしら。それにしてはしっかりとした口調に感じる。
英雄王テオドシウス。
今は小さな五歳のテオドシウス。
「ルナ、お前って本当に可愛いね」
貴方こそね。
わたしはじっと彼を見つめ返した。
彼はそれを自身の服を見られたと解釈したらしい。体を起こしベッドに座ると、わたしと同じようにフリルたっぷりのシャツをつまんで眉を下げた。
「ああ、この服。……どう思う? 上手く躱そうと思ってたんだけど、結局、母様に着させられちゃった。女の子みたいだろ。英雄王って感じじゃないよな」
彼はもう自分が英雄王の生まれ変わりだということを知っているみたい。
しっかりとした口調は前世の自分を覚えているから? だけど前世の記憶を取り戻すのは、妖精姫に会ってからのはずだわ。
「でも母様が喜んでくれたからいいとするか。ほら見ろよ。俺たちお揃いだ」
テオドシウスが自分が来ている服の袖をつまみわたしのベビードレスの横に示した。確かに同じレースがあしらわれている。裏地には、柔らかな綿の生地が付いていた。裏表があるのも、わたし達お揃いね。
……それにしても不思議な気分だった。
英雄王テオドシウスのもう一つの異名――それは冷徹公というものだった。自分と敵対する人達を容赦なく無慈悲に殺していったから、そう呼ばれていた。
それなのに、そんな彼の幼少期がこんな……こんなにも可愛いだなんて全く想像できなかった。例え彼の本当の口調や態度が人前と少し違っていても、可愛いことには違いない。
だけどわたしはそれも知っていたはずだわ。ほとんど覚えていないけれど、五歳までは一緒に暮らしていたんだから。もしかしたらその時も、こうして兄妹の関わりをしていたのかもしれないわね。
ベッドの上で二人でそうしていると、城の入り口の方がにわかに騒がしくなった。
次いでエリィの厳かな声がした。
「お帰りなさいクローディン様」
はっと、テオドシウスがわたしを見て破顔した。
「父上がお帰りになられたみたいだ。ルナ、会いに行こう」
言うやいなやテオドシウスがわたしを抱き上げる。
五歳の手つきで抱え上げられるのは結構な怖さがある。わたしも必死に彼にしがみつきながら階下まで降りていった。
その姿はすぐに見つけることができた。
黒髪を短く刈り込んだ背が高いその人は、わたし達の気配を感じて振り返る。
グラディア家が引き継ぐ澄み渡った空のような青い瞳が――テオドシウスと同じ色の瞳が、子供達の姿を素早く捉えた。
彼こそ西の領地の王、クローディン・グラディアなのだろう。会うのは初めてだった。少なくとも、生まれ直してからは。
「おおテオ、良い子にしていたか? その子がルナか。もう熱は完全に下がったようだな」
外套を脱ぎ、剣を使用人に預けながらも顔をこちらに向けて義父クローディンは笑顔で問いかけた。わたしがこの城にいることも、病気をしたことも既に知っているようだ。
「二人ともとっても良い子でしたわ」
エリィがすかさずそう言ったのを、クローディンは満足そうに応じる。
「テオ、背が伸びたんじゃないのか?」
そう言いながら、クローディンはテオドシウスを大きな手で撫でた。
「半月ではそう変わりませんよ」
口調とは裏腹に、テオドシウスは嬉しそうだ。
彼が父親を尊敬していることはその態度から明らかだった。次いでクローディンはテオドシウスからわたしを預かって天井に掲げる。
「ルナは初めましてだな。なんと――これは将来とんでもない美人になるぞ」
窓から入る光を受けて青い瞳が煌めいた。彼が養子のわたしをどう思っているのかは知らないけれど、少なくとも表向きは実子と変わらない愛情を持って接しようとしてくれているように感じる。善人だ。この国には珍しかった。
「でしょう?」
父の言葉を受けて、なぜだかテオドシウスが嬉しそうにそう答えた。




