わたしは結構図に乗っていた
わたしがグラディア家で育ったのは五歳の時までの話で、義父の死をきっかけにグラディア家が斜陽となり、それ以降は実の母に引き取られた。
だから本当のことを言うとグラディア家での暮らしのことはあまりよく覚えていない。夕陽が綺麗だったとか、草原で蝶々を追いかけ回したこととか、そのくらいのことしか覚えていなかった。
実母は愛情でわたしを生んだわけではない人だから、当然といえば当然だけど愛情でわたしを引き取ったわけではなかった。
わたしの役割は、政変でおかしくなった国の君主になることだった。
政変の始まりは将軍の一人が乱心し、わたしの父である皇帝を殺害したことにある。反逆者となったその将軍はそうして数ヶ月に渡り帝都を支配した。
それ自体は領主による連合軍により鎮圧されるけど、それ以降、誰が皇帝になるかでこの国は揉めに揉めることになる。それがこの帝国の混沌の原因というわけだ。
わたしも皇帝候補の一人だったってわけ。
私生児といえど、その他有象無象より血筋はあったからね。
わたしが運が良かったのは、母の嫁ぎ先がそれなりに裕福な家だったから、きちんとした教育が受けられたこと。おかげで生きる底力は付いた。
運が悪かったのは、母自身もその結婚相手も野望にまみれた貴族だったということ。
彼等は政治に食い込みのし上がり、わたしを擁立することで王に近い権力を得ようとして、結局わたしより先に処刑されたような人達だったから、当たり前のようにわたしも彼等の出世の駒に組み込まれた。
でもね、わたしも別に、まんざらでもなかった。だってわたしが女帝になるのよ。帝国の頂点から周囲を見下ろすなんて、きっと最高の気分になれると思ったの。この国の人達はわたしや実母を利用するだけ利用したんだもの、これからはわたしがこき使ってやろうと思ったの。
言ったとおり、わたしは私生児とはいえ先代の王の子供だったから、自分こそが真の王だという正当性はあった。悪くはない筋でしょう?
だけど実はそうではなかった。
ここから先は黒歴史だから、本当のことを言うとあまり語りたくはないけど、ここがつまりこの物語の肝だから、絶対に避けては通れない。
なぜ皇帝の娘のわたしが反逆者として殺されたかってこと――。
元々、今年の政変で皇帝を殺したのは側近だった将軍の一人で、理由は妻を取られた痴情のもつれとも政治的対立だとも言われているけど、結局は真偽不明。
なぜなら皇帝を殺して短い間に国の頂点に立った後、英雄王の子孫達の連合軍との争いに敗れ亡くなっているから。
不幸な話かもしれないけど、正直言ってここはどうでもよい。
問題なのは、皇帝の死によって帝位争いが勃発したこと。
第一子の家から皇帝を出していたのは、法律や決まりがあるわけではなく慣例としてだけだから、相応しい人間は他にいると主張したのが第二子以下、グラディア家を除く家達だった。
第一子の家から権力を奪い取る絶好の機会は今しかないと思ったわけね。第一子の家に、他に有望な人間がいなかったってことも理由ではあった。
英雄王を持つグラディア家が黙っていることをいいことに、皇帝候補が乱立しそれぞれ正統性を主張したし、わたしもそのうちの一人だった。わたしはつまり、第一子の家であるローゼン家の私生児だから。
それだけでも混沌としているのに、更に拍車をかけ切り札を出した者がいた。
皇帝に相応しいと名乗ったのは、とある貴族に擁立された一人の小さな女の子。わたしの一つ下の、その子だった。名前はディアナ。とても美しい少女だった。
当時は彼女も小さい女の子だったから、自ら皇帝になりたいと望んだわけではない。でもね、実際に彼女こそが最も皇帝に近い者だった。
ねえ、あのね。恐ろしいことを言うわよ。
実はわたしの父の先帝って――途中で入れ替えられていたんだって。わたしの祖父の代、正妻と妾が、なんの因果か同じ日に同じ城で男の子を生んで、それで妾が嫉妬して子供を入れ替えたんだって。
しかもその妾の方はどうやら他の男の子供を生んでいたんだって。だからわたしの父はどこの馬の骨とも分からない男の子供だったってわけで、つまりわたしも単なる一般人だった。
そんなこと、わたしは知らなかったのよ。
少しも知らなかったから――。
ただ周囲におだてられて、わたしこそが父の跡を継ぎ皇帝になるべき人間だと信じて、それしかわたしの価値はないから、それでしか求められなかったから、だからただひたすらに、嘲笑されるほど愚直に、自分の正統性を主張してきた。
利用できるものはなんだって利用して、権力と結びつくために、自分こそがこの国の皇帝に相応しいのだと皆に認めて貰うために生きた。
誰に後ろ指を指されようとも、わたしは自分を顧みなかった。結局そのやり方はひどく滑稽で間違っていたってことだけどね、だって死んだんだから。
一応、わたしこそが正統な後継者だと、味方してくれる人たちもいて、そこにさっき言ったように、我こそが皇帝に相応しいと名乗りをあげる人もいて、一度空いた玉座に誰もが座ろうと躍起になっていた。
帝国はそうやって数年間、誰が皇帝になるべきかで時には血みどろの争いを繰り広げてきたわけだけど、ひょんなことから決着が着いた。
ディアナと、英雄王の生まれ変わりのテオドシウスが出会ったの。
二人は出会い、気付いてしまった。ディアナこそ、英雄王の永遠の伴侶の妖精姫の生まれ変わりであることに。
出会った瞬間に、二人して前世の記憶を取り戻したんだって。ロマンチックで反吐が出るわ。
建国時と同じく英雄王が皇帝となり、妖精姫が皇妃となって、強い魔力を持つ二人は敵をどんどん倒していったの。
刃向かった反逆者達は全員処刑よ。帝国は再び統一され、平和が訪れ、皆幸せに暮らしましたとさ。ほらね? めでたしめでたし。なんて素敵な物語なの。
わたしの過去――というか今から先の未来はそんなところよ。
ね? 最悪でしょう。
三日間、病に冒され取り戻した記憶はそんなところだった。どこを切り取っても最悪。ここで語ってない部分も最悪。最低最悪の悪女の記憶だ。
――――……。
額に温もりを感じて、目が覚めた。
きっとエリィお義母様がそこにいるんだ、と思って夢うつつの中で手を伸ばす。温かな手がしっかりとわたしの手を握り返してくれた。
「ルナ、大丈夫だ。俺が側にいるから」
聞こえた声にハッとして目を見開く。わたしの手を握るその人を見て、顔から血の気が引いた。
だってそれが、わたしを殺した英雄王だったから。




