熱と悪夢
世界中が敵意を持っていて、わたしを焼き殺そうとしているみたいだった。
寝ても覚めても、浮かんでくるのは自分の記憶だ。今まで生きた数ヶ月分の記憶ではなくて、十八年間生きた悪女の記憶だった。
「ルナ。ルナ、大丈夫よ。エリィが側に付いていますからね」
朦朧とする意識の中で、柔らかな手が何度も頭を撫でるのを感じた。それが義母となるエリィ・グラディアのものであると気づき、幼い心が安心する。
――これは後で知ったけど、わたしはテオドシウスに掴まれた瞬間に嘔吐し倒れ、丸々三日間、高熱にうなされていたらしい。長旅の疲れが出たのだろうと、城のお医者様と義母が話しているのを後日聞いた。
でもそうではないことをわたしだけが知っている。
熱に浮かされながら、わたしの心は急速に0歳と十八歳を行き来していた。そうしながら、自分が死ぬまでの記憶を取り戻した。……仄暗い、未来の記憶を。
ルナ、それがわたしの名前。
ルナ・ローゼン。そういう名前だった。
死に戻る前の名前がローゼンってことね。今は違う名前――少なくともこれから数年はルナ・グラディアを名乗ることになるから。
熱が出ている間中、蘇っては沈む記憶の中にわたしはいた。赤ん坊の脳みそでは処理しきれない膨大な記憶に怯え、時折自分の口から悲鳴が漏れるのを何度も聞いた。
十八歳のわたしは己こそが皇帝になろうと、既に帝位に就いていたテオドシウスに戦争を仕掛け、そうして無残に敗北し死んだ。
なのに――……ああ、本当に意味が分からないけれど、わたしはまたわたしに生まれてしまった。どういう訳かそういうことらしい。0歳と十八歳は熱の中で統合され、徐々にわたしは理解していった。
今のわたしはまだ赤ん坊で皇帝になるテオドシウスもまだ子供だ。
今も数時間起きに、突然倒れたわたしを心配してか、テオドシウスが扉の前に姿を見せるのを感じる。感染症かもしれないからと、エリィが遠慮がちに遠ざけている声を聞いた。
彼はわたしを気にかけてくれているようだった。未来で憎しみ抜く「悪辣姫」とは知らずに。
――そう、悪辣姫。
それがわたしのあだ名だった。
どうしてそんなあだ名だったのか気になる?
答えは権力と金が大好きな、欲望のままに生きる悪女だったから。
否定はしないわ、実際にそうだったから。だから生き方に対する報復を受けて死んだのよ。分かりやすいでしょ?
わたしを生んだのは、皇帝に見初められて愛人になった人だった。わたしはつまり皇帝の私生児だった。
だけど政変が起こってその皇帝が死んじゃったから、立場が危うくなった実母はわたしという危険を捨てて姿を消した。
だから遠方の地にいる親族が、わたしを引き取ることになったのだ。それがこの家――グラディア家。
実母の妹に当たるのが、今わたしを看病してくれている人。わたしの義理のお母様になるエリィだ。
エリィが嫁いだのはグラディアという家だった。
この国って九つの領域に分かれていて、それぞれ領主が治めてる。そのうちの西方の領地を支配しているのがグラディア家。一応は国を持つ王様ということだ。
帝都から遠く離れた領地に居を構えていたから、この度の反乱に巻き込まれずに済んだ。――この時期はまだ。
グラディア家は帝国への忠誠は人一倍ある家で、周囲からの信頼も厚い。忠誠公だなんて代々呼ばれているくらいだもの。
でもね、この家が一目置かれているのはそれだけじゃない。
……「英雄王と妖精姫」っていう話を知ってる? 絵本にも劇にもなっているし、この国の子供なら幼少期からすり込まれているから誰もが知っていると思うけど――それはつまり千年前の建国の伝説だ。
簡単に言うと、王都の反乱を逃れた一人の王子が囚われの美しい姫君に出会って恋に落ち、彼女の加護を受けながら共にこの帝国を築いたっていう――言ってしまえばありきたりでどこの国にも一つはあるであろう伝説。
その男は帝国の統一を成し遂げたことから英雄王と呼ばれ、その姫君はその魔力の強さと美しさから妖精姫って呼ばれている。
そうしてその二人の間にできた九人の子供達が、それぞれ領地を貰い国を作り、今もなお、支配している。子等の名はそれぞれ家名となり、九番目の名がグラディアっていうの。
つまりこれは建国の伝説であると同時に、現支配者達の正当性を示す話だ。だからこそ、延々と語り継がれてきている。
で、話の肝はここから。
なんとグラディア家の子がお腹にいる時に、その子が英雄王の生まれ変わりだっていう預言があったの。
――ね? とんでもないでしょう?
預言の当時、この国には激震が走ったらしいわ。
わたしは生まれ変わりや魂なんてこれっぽっちも信じてなかったけど、そうではない人達も当然いる。というか、そちらの方が大多数だった。
この帝国は九つの領主の家のうちのどこかからか皇帝が輩出される決まりになっているけれど、今はもう、英雄王の第一子の子孫達のローゼン家が世襲制で行っている。
それなのに、九番目の家に英雄王が生まれたら、もしかしたら皇帝家が変わってしまうのでは――?
猛々しいローゼン家が黙っているはずがない。とすれば内乱になるのでは? なんて当時の大人達は戦々恐々だったらしい。
だけどそこは流石の「忠誠公」。グラディア家当主であり、つまりわたしの義父に当たる人はきっぱりと言い切った。
――この子が英雄王の生まれ変わりならば、西の大地を力強く守らせ、帝国の栄華と発展に貢献いたします。
つまり、グラディア家が支配するこの西の地からは出ず、皇帝には絶対にならないと言った。
考えてみたら英雄王ってとても魔力の高い人だったから、その生まれ変わりは未だ他国との戦争が続く我が国では有望な戦力になるし、外交の強みにも諸外国への牽制にもなる。
だから結局、英雄王の生まれ変わりの誕生は誰にとっても喜ばれた。
まあ、未来ではなるんですけれどね、皇帝に。他の家との血みどろの争いに勝って。おまけに妖精姫まで引き連れて。はあ。




