白い薔薇の咲く庭で
結果から言うと、戦勝祝いは大成功だった。
テオドシウスはエリィがやりかけていた仕事をセドリック叔父様と見事にやり遂げ、宿泊場の食事の調達から兵士への報償金の勘定まで、見ているこっちが嫌になるくらい細部まで拘っていた。
わたしはただ横で彼等の仕事を覗いていただけ。パーティは招くのも招かれるのも好きだったけど、今は少しだけそういうきらびやかなものから距離を置いていたかった。エリィと、そうしてお腹の中にいる義弟か義妹かが心配だったから。
無理して起き上がろうとする度にテオドシウスに眠らされたエリィは、もう安静にしているから魔法はよして、と言うに至り、大人しく休んでいることが多かった。そんな彼女のベッドの木枠に、わたしはこっそりと魔法文字を刻み込み、守護の魔術をかけておいた。どうか彼女たちを守ってくださいって、柄にもなく精霊にお祈りもして。
だってわたしの功労である赤ん坊は、なんとしてでも無事に生まれてこなくちゃいけないんだもの。
そうこうしているうちに、ついに義父が帰還する。それはよく晴れた昼のことだった。
大量の兵士等と共に帰ってきたクローディンは陽気な笑顔でわたしとテオドシウスを抱え上げてくれる。
「テオ! ルナ! どれほどお前達に会いたかったことか。お前達に会うために早く終わらせてきたぞ!」
それが嘘か本当か分からないけど頬ずりしながら歓喜するクローディンは心からそう言っているようだった。
彼に変わった様子はさほどない。いつも以上に声が大きくて、少し顔の苦労の影が濃くなったくらいかしら。
誰よりも先に挨拶してもらえるのは子供の特権よね。義父は妻や兄より先に、わたしとテオを呼び寄せて、それを咎める者は誰もいない。子供を大切にするグラディア家らしい態度だった。
「ご苦労だったな」
とセドリックに声をかけられて、クローディンは深々と頭を下げていた。
「セドリック兄上、城と家族をありがとうございました」
二人は多くは語らなかった。数秒視線を合わせうなずき合っただけだ。だけどたったそれだけで分かる。セドリックの視線には弟に向ける温かな愛情が潜み、クローディンは兄に信頼と尊敬を向けていた。
義理と人情が彼等腹違いの兄弟を支えている。兄は弟をねぎらい、弟は兄に感謝を寄せていた。
不可思議な兄弟だと思う。正妻の子が跡を継がなかったことに本当に遺恨はないのかしら?
城下は一気に祝賀色に染まった。
町の中には花が飾られ、兵士等の凱旋の群れに花びらの雨を浴びせていた。皆の興奮が、町中を飲み込んでいるみたいだった。
戦争の後の高揚は――特に勝利した後の高揚はよく知っている。彼等兵士達もそれに包まれていた。
マクイストン捕縛のための風穴を空けたのはクローディンが率いるグラディア軍だったらしく、彼等はしきりにその話をする。
誰の顔にも悲壮はない。だってここにいるのは、生き残った人達だったから。
想定よりも短い期間でケリが付いたのは、彼等の働きに他ならない。
このうちのどれほどの人が、数年後のクローディンが起こす反乱に追従して死ぬのだろう。
広間で開かれている大がかりな祝いの中で、王家の席の末端に置かれながら、兵士等の顔を見てそんなことを考えた。
もしわたしが義父を助けるとしたら、彼等のうちの何人かは死なずに済むことになるのかしら。
クローディンとエリィは共にわたしの近くにいながらも、次々に挨拶に現れる人々の相手をしていた。
義父は妊娠を聞いたかしら? それともまだ? 平素通り人々の相手をする二人の様子からは分からない。
それにしても退屈だった。
わたしは既に祝いの場に飽きてきていた。だって美味しいものはまだ食べられないし、踊りの相手だっていないんだもの。おもちゃでも遊べないし、本を読むことだってできない。いっそのこと思い切り泣いてみようかしら? でも義両親やテオドシウスに面倒くさい子って思われて嫌われたくはない。
逃げ出しちゃおうかな?
パーティで大勢の人に会ったから、一歳の自分が疲れちゃった。ずっと愛想良くしているのも限界で、一人になりたかった。
わたしの側にはアンナがいてくれていたけど、一瞬の間、ジェイクが泣き出したのに気を取られていた。
ここを離れるなら今しかない。わたしはさっと、その場から走り去った。
庭の一角の、白い薔薇が咲きほこるその先に、わたしのお気に入りの場所があった。
庭木で隠され、外からは死角になっている場所がある。ここを教えてくれたのはテオドシウスだった。考え事をまとめたいときに、彼はよくここに来る。時々わたしを伴って。
英雄王が花を愛でる趣味があるなんて意外だったけど、単に一人になれる場所が好きなのかもね?
一人静かに過ごそうと思っていたら、先客がいた。さっきまで兵士や貴族等と談笑していたテオドシウスがぽつんとベンチに座って白い薔薇をぼうっと眺めていたのだ。
刹那の間、わたしはその場を離れることもできず、近づくこともできずただ彼を見ることしかできなかった。
彼の姿は大人びていて、とても六歳の少年には見えない。彼もわたしと同じように、子供と大人を行ったり来たりしているのかしら。
その横顔はどこか悲しげで、寂しげで、なぜだか胸が詰まりそう。彼はとても孤独に見えた。嫌だな、英雄王に同情なんてしたくないのに。
――ねえテオドシウス。貴方は本当は何を考えているの? 時が戻る前も、時々はわたし達、関わりを持っていたでしょう? そのうちのいくつかは本心だった?
わたしの気配に気付いたのか、テオドシウスがこちらに顔を向ける。もうそこに寂寞は浮かんでおらず、ただ優しい笑みがあるだけだった。




