ルナの心配事
ルシアン→ルキウスに変更しました!
元々ルキウスにしようと思っていたのですが何故かルシアンと書いてしまっていたので
今更だけど我が帝国の名はテオディシア帝国という。思えば、わたし以下有象無象の皇帝候補達がこの国を掴み損ねたのも納得で、かつての英雄王テオドシウスの名を冠した帝国を、その生まれ変わりである現テオドシウスが継ぐのが普通の流れだ。だけど自分のこととなると、誰も俯瞰して見れないのよね。
わたしは本気で自分が女帝になれると思っていたんだもの、滑稽よね。しかも血筋はただの平民……。母方は異国の貴族ではあったけど、あまり意味を成していなかった。
はあ。考えるのはよそう。今のわたしは可愛い可愛いお姫様。
可愛い可愛いお姫様のまま成長して、テオドシウスに従順のまま、幸せを掴んでみせるのよ――!
ふた月もしないうちにクローディン達が帝都を奪還したという報せが入った。時が戻る前もこんなに早く決着が着いたのかは分からないけど、覚えている通りわたしの父を殺したアラン・マクイストンは捕らえられ、その場で処刑されたらしい。
義父の遠征はこれでお仕舞い。数ヶ月に渡り帝都が占拠されていた問題もこれで解決。
だけどそれは表面上の解決だ。
各王達による数年間の合議制の国の運営の末、ダリル・オーワードが皇帝になる。千年前の方の英雄王の第二子の家系の当主ね。
それに大激怒したのが第三子以下、各領地の王達だった。ダリルを排斥した後は、彼等が好き勝手に皇帝を名乗り始める。のみならず敵国や王以外の領主達もこの土地を乗っ取るには今しかないと考えて動き始めたものだから、帝国全土は焼け野原。まさに地獄絵図だった。
それを防がなくてはならないわ。わたしの死にも直結する問題だから。
だけどそんな有象無象を納得させ、どうやってテオドシウスを皇帝にしよう?
時が戻る前に彼が皇帝になると決意したのは、帝国のあまりの惨状を目にしたのと、かつて共に国を作った妖精姫に出会ったというところが大きいはずだ。
帝国の惨状を再び再現するのは恐ろしい。
現実的な案は早いうちにテオドシウスと妖精姫ディアナを出会わせてくっつかせてしまうことだ。英雄王と妖精姫がセットでいたら、よほどの間抜けじゃない限りその権威に挑もうとは思わないでしょう? ……いえ、間抜けは結構いたんだっけ? ルナ・ローゼンとかね。
だけど多くの人はそれで納得していた。だからやっぱり二人を早く出会わせるのが最適解だ。しかし課題は多い。
わたしの一つ下だから、ディアナはまだ生まれていないし、彼女が生まれる土地とも距離がかなり離れている。出会わせる方法をなんとかして考えなくてはならなかった。
エリィは戦勝の報告を受けたその日に祝賀会を開いた。予め用意していたみたいで、実に円滑な祝いの場だ。わたしも少しだけ参加することが許されて、久しぶりのパーティの雰囲気を大いに楽しんだ。
テオドシウスなど兵として旅立った者がいる家族に対し、声をかけて回っていた。声をかけられた人の中には、涙を流している人もいるほどだ。流石は英雄王の生まれ変わり。彼は皆に求められていた。
だけどお祝いはこれだけでは終わらない。
クローディンの帰還に合わせ、彼と兵等をねぎらうために、再び大がかりな祝いの場を設けなくてはならないようで、エリィはこのところそれにかかりきりだった。
そのせいか最近、エリィは調子が悪そうだった。彼女が病気で死ぬのはまだまだ先だけど、予兆が出始めているのかもしれない。そう思うと恐ろしい。
義母が死ぬのはわたしが十六歳の時だ。あるパーティでそのことを知り、わたしは……わたしは――。
「はっ! んにゃああああ!」
黒歴史を思い起こしそうで、奇声を上げながら慌てて記憶に蓋をした。どうして記憶を封じ込めるときは奇声とセットなのでしょうね? 椅子の上に置いてあった本がどさりと落ちる。
声に驚いたテオドシウスが寝転んでいた長椅子から飛び起きた。
「うわっ! なに? なんだよ」
なんでもないわ。取り落とした本を拾おうとかがむと、それよりも素早くテオドシウスが魔法により本を浮かせ拾い上げてくれた。
「ほら。寝言? びっくりした」
拾ってもらった本を再び開く。テオドシウスの方はさきほどまでうたた寝していたらしかった。
相も変わらず、今日もわたし達は図書室にいた。
わたしが読むのはルキウスの魔導書とそれからエリィの病死を防ぐための病気の本だった。
先に眺めていたのは病気の本の方。
彼女の死は流行病の熱病だと聞いたことがある。特効薬は特になく、通常の風邪の手当をして、あとはその人の体力に賭けるしかない恐ろしい病だ。持病を元々持っている人などはほぼ助からずに死んでいった。
熱を下げる薬草のページをパラパラとめくる。分布地はこのあたりにはない。
――もう少し大人になったら株を貰って、植えてみようかしら。そのくらいのお願いなら、この家の人は聞いてくれるだろう。
並行して、エリィに体力を付けさせよう。ただでさえ心配になるくらい細くて儚い人だもの、もう少し健康になってもらわなくては困るわ。
ひとまずこちらの本は閉じ、もう一つ――ルキウスの魔導書の方を手に取った。
少しずつ読み進め、理解ができてきたところだ。
魔術による基本中の基本はこう。
魔力は魔法が使える使えないに関わらず空気中や物体、生物の体にも流れていると考えられている。
その力を上手く外側に出せる人がいて、彼等が使うその力を魔法や魔術と呼ぶ。学術書なんかには魔術って記述されていることが多いかな。違いはそれくらい。
それ以外にも魔力を道具に閉じ込めた魔道具というものがあって、中には魔法が使えない人でも扱えるものがある。時が戻る前のわたしも、身を守るために何個か護身用の魔道具を身につけていたっけ。
グラディア家が守護を受けているのは火の精霊ってことになっているから、クローディンをはじめ一族等は火の魔法を得意としていた。
テオドシウスもたまに手元に小さな火をつくって渦を巻かせて遊んでいる。でも彼の場合、火だけが得意なわけではないみたい。
さっきも本を拾い上げてくれたけど、それは風に属する魔法だと思う。半年前、盗人の体を動かしたことがあった。人の体を操るのは闇に属する魔法だ。
これらはほんの一例だけど、テオドシウスはどれが特に得意というわけではなく、すべての属性の魔法を器用に使いこなしているようだった。
魔法の天才テオドシウス。敵に回すと本当に厄介だったわ。
わたしは彼を盗み見る。すると視線に気付いた彼がわたしを見た。勘も良いのよね、本当に恐ろしい奴。
「なに? 何か付いてる?」
わたしが目を反らすと、彼は苦笑したようである。
「ルナは猫みたいだ。寄ってきたかと思うと離れていくのがそっくりだよ」
そうかしら? でもこの人生では貴方に従順な犬になろうと思うわ。
あまりつれない態度を取っているのも心象が悪いかしらと思って無理矢理笑みを作って微笑みかけるも、テオドシウスはもうこちらを見てはいなかった。わたしは肩すかしを食らう。
基本的には彼はこうだった。自分の考えに没頭することが多いというか、のんびりしているというか……。自分が一番強いという自負があるのかしら。良くも悪くも飄々としていた。
「最近母様の顔色が悪いから、戦傷祝いの宴の手伝いを申し出たけど、子供は遊んでいなさいと断られてしまった。なんとかして負担を減らすことができたらいいけど……」
心配事があったのね。ごめんね、さっきの言葉を取り消すわ。のんびりはしてないかもね。
わたしが憂慮していたエリィのことに、彼も気付いていたみたい。
そうよね。わたしもそう思っていたの。
何かないかしら。エリィを休ませることができるいい案が。目前には戦勝パーティという大きな催しがあり、帰還する兵士等を出迎える大量の食糧や宿泊場、戦死した人への弔慰金の用意――仕事は山盛りで、彼女は引っ張りだこ、腰掛けて休む暇もなさそうだ。
「それより、もう少ししたらルナの誕生日だ。楽しみにしておいてくれよ」
見上げるとテオドシウスは含みのある笑みを浮かべていた。その意図はなに? だけど彼はそれ以上は言わずに、ふふと笑っただけだった。
クローディンが戻ってくる前に、誕生日がやってくる。
誕生日、楽しめるのかしら。
だって時間が経過するということは――すなわち死へと一歩近づくということだから。
でも時間の経過ばかりはどうすることもできず、逃れられずに誕生日の日になった。
わたしは一歳になる。




