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死に戻りの悪辣姫は甘い汁だけ吸って生きていきたい  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第一章 愛を知らない悪辣姫

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昼下がりの図書室で

 クローディンが戦へと出て数日が経ったその日の昼下がり、わたしはテオドシウスと城の図書室にいた。グラディア家の歴代当主は本好きが多かったらしく、この場所は代々引き継がれているみたい。


 テオドシウスも一人で本を読んでいることが多かった。本から得られる知識は確かに役に立つ。わたしもなるべく読んでいたいと考えて、彼がそうしているある時、ふらりと入り込み、気まぐれのふりをして本を取ってみた。

 彼はわたしが側にいることを許し、それ以来、時折二人で過ごしていた。


 彼の好感度を上げるためにはなるべく側にいた方がいいと思うけど、そっちの作戦が上手くいっているかはよく分からない。彼の感情はほとんど平坦で、人前で喜ぶふりなどはしてみせているけどそれが果たして本心なのかは分からなかった。

 だけどわたしを邪険にもしないから、それほど悪感情を抱いているとも思っていない。なぜなら会話もまだできないわたしに対して、ぽつりぽつりと語りかけてくれるから。


 この日もそうだった。


「父上に行かせて欲しいと頼んだが、まだ早いと母様に泣いて止められてしまった。十歳になったら、戦に連れて行ってくださるそうだ」


 本をいくつか取りながら、テオドシウスはそう言った。数冊手元に置いて、長椅子で読み耽るのが彼のやり方だった。


 なぜクローディンを父上と呼び、エリィを母様と呼ぶのか分からない。

 落ち込んでいそうなので、体を撫でてあげた。優しくしておけば嫌うことはないでしょうという打算のために。きっと喜ぶだろうと思ったけど、彼はわたしにちらりと目を遣っただけだった。


「お前は本当に変わってる」


 貴方もね。

 子供の成長はとんでもない早さだ。出会ってから半年が経って、テオドシウスは以前に増して大人びた。彼が特に早熟なのだろうか。そうかもしれない。町の中に、他にそんな子供はいないように感じるから。


「ルナが泣き叫んでいたのは、父上を戦で死なせないようにするためか?」


 わたしの作戦はあっさりと彼にバレていた。


「大丈夫、父上はお強い。戦争で死ぬことはない」


 自分にも言い聞かせるような口調には、不安も少し含まれるようだ。

 いいえ、残念ながら死ぬのよ。何もしなければそのうちにね。だけど大丈夫、防いでみせるわ。その時は存分にわたしに感謝するのよ。


 じっと見つめ返していると、彼はふと口元を緩めた。


「ルナも本を読みに来たんだろ? 今日は何が読みたい?」


 わたしは本棚の一角を指さした。いくつかある魔導書のうちの、一番分厚い本だった。自分では届かない場所にそれがある。

 テオドシウスはその本を取ってくれる。


「ほら、内容が難しかったら教えるから。でも理解できるか」


 わたしは黙って長椅子に向かう。一人では椅子に上れないわたしをテオドシウスが支えてくれた。


「ルナって本当は何歳なんだ?」


 長椅子に乗り、本を広げたわたしに、彼はそう言った。


 沈黙は金。わたしは彼の問いかけに無言を貫くことにしていた。 

 魂が見えても、正確な年齢までは分からないのね。

 そればかりではなく、彼はわたしが前の人生もルナであったことにも気付いていないようだった。それはわたしにとっては好都合ではあったかもしれない。


 彼は少しだけ微笑んで、わたしの隣に腰掛けた。彼が持つのは異国の歴史書だ。


「もう少し話す気になったら、前の人生がどんなだったか教えてくれよ。たくさん話がしたい。ルナのことをもっと知りたいんだ」


 相変わらずの甘い口調に、ため息が出てしまいそう。彼からわたしへの好感度がどれほどのものかは知らないけれど、わたしから彼への好感度は、困ったことに死ぬ前よりも上がっている。だって優しいし、無駄なことはしないし、何より便利だったから。


 どうやら彼は、わたしも英雄王と同じく昔に死んで、別人として生まれ変わった人間だと思っているらしい。時が戻るということは英雄王も考えにくい事象みたいだ。


 普通あり得ないと思う。時が戻るなんて――。だからわたしは魔術について調べることにした。

 自慢じゃないけどわたしは結構お勉強ができる方で、時が戻る前は歴史や言語、数学や経済、果ては哲学まで学び、教師に褒められるくらいには優秀だった。

 だけどそんなわたしが唯一理解できなかった分野――それが魔術だった。なぜかって? 使えないから。

 泳げる人と泳げない人の違いはセンスや才能の圧倒的な違いでしょう? 魔法もそう。わたしは魔法が使えないから、やり方の見当さえ付かない。だから魔術の勉強なんてほっぽり出してた。やったって意味ないしね。


 だけど基本的知識は知っていて損はないと今は思うの。時が戻ったのだって、摩訶不思議な力が働いたのかもしれないし、自分の身に何が起こったのか知っておきたい。

 この図書室には遺跡からの出土品の如く古い本もあったけど、わたしが手に取ったそれは比較的新しい本だった。魔術の体系について書かれた本。


 一ページ開いてみると、手書き文字があった。お手本のように丁寧で均整の取れた美しい文字が。


 ――ルキウスへ 十歳の誕生日に。シャリアより


 以前この城に住んでいた人の贈り物のようだった。小さい子がいたみたい。

 不思議なのはその文字のインクが滲んでいたことだ。水に濡れたのか、涙の痕のようにも見えた。

 そっとその文字に触れてみる。


 テオドシウスはこの手の本を読まない。なぜなら彼は生まれつき魔法の才能に恵まれていて、ほとんど感覚で使いこなすことができるから、魔導書なんて必要ないのだ。

 故に彼はもしかするとこの文字に気付いていないのかもしれない。あの英雄王が知らないことをわたしが知っていると思うと、ほんのちょっとだけ小気味良い。


 ルキウス、貴方の本を読ませてね。と、心の中で呟いてから、中身に目を通した。相当読み込まれていて、紙には手癖が付いている。ルキウスは真面目な子供だったのね。

 わたしはルキウスなる少年に思いを寄せながら、はじめから順に読んでいくことにした。


 魔法というのは不思議なもので、使える人間と使えない人間が存在する。わたしは使えない。グラディア家の他の三人は使える。だけど使える人間の中にも差があって、エリィはあまり使えないらしい。

 魔力の含有量の差がなぜ生じるのかは分かっていないけど、遺伝によるものが大きいみたい。


 ちなみに、魔法の起源はこうだ。

 かつて世界を創造した女神は、一番はじめに精霊達を生み出した。

 火、水、草、天、地、光、闇――それらの精霊達は地上の生命を気に入り、気まぐれに力を分け与える。だから魔法は皆、精霊達の加護の元に使わせて貰っているっていうこと。だから気に入られている精霊の属性によって、その人が得意とする魔法が変わってくる……なんていう、わたしさえ知っているおとぎ話だけど、この本ではそんなことが大真面目に考察されていた。


 時が戻る魔術については書かれていない。一カ所だけ、それらしきものがあったのは反転魔術のページで、この世の理に反する事象を起こそうとするときは、膨大な魔力の他に相応の犠牲が必要だ――というようなことが書かれていた。例えば死者を蘇らせるために必要なものは術者の命。でもあまりに莫大な魔力と複雑な術式が必要で、成功した例はないみたい。


 もしかすると誰かが時を戻そうとして、命を賭けた反転魔術を行ったのだろうか。わたし? 違うわ。だって魔術なんて使えないし。

 だけど時を戻すなんてこの世の理に随分と反する魔法を使うのに、対価が命だけで足りるのだろうか。結局はよく分からなかった。


 記述に目を走らせていると、ぽん、と頭に手を置かれた。

 

 本から目を上げ、テオドシウスを見る。彼はこちらを向いておらず、窓の外に見える山々をぼんやりと見ているだけだ。空を写し取ったかのような鮮やかな瞳に、やはり青い空が映っている。


「ルナが、俺の側にずっといてくれたらいいのに」


 そうはいかないわ。わたしは姫だし、真っ当に育てばクローディンが外交にとってもわたしにとっても、よい縁談をまとめてくれると思うの。そうしたらこの城からも出て行くわ。だからずっと貴方の側にいることはできない。


 だけどそれを口に出すことはなく、わたしはただ彼の端正な横顔を見つめていた。


 英雄王の孤独は分からない。

 可哀想な人だと、今は少し思う。耐えがたい宿命を背負っていて、それを誰かと分け合うことは無い。妖精姫の生まれ変わりであるディアナに出会うまで、彼がすさまじい孤独を抱えていたことは間違いない。

 

 大丈夫よ――わたしは頭の上に置かれた彼の手にそっと触れた。

 そのうち貴方には、わたしなんかよりもよほど愛する女性ができるんだから。


 テオドシウスはわたしの手を取ると、長椅子の上に優しく置いた。窓から入った日の光が、わたし達の手を照らす。どちらも何も言わなかった。さりとて嫌な沈黙というわけではなく、不思議と落ち着くものだった。


 わたし達はしばらくそうして、本も読まずに手を繋いでいた。

 図書室で、彼の隣にいる時間は、わたしは決して嫌いでは無かった。

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