義父の出征
わたしが一歳になる少し前、いよいよアラン・マクイストン討伐のための連合軍が組まれることになった。グラディア領からも相当数の兵士達が出兵される。
領内の兵士を指揮するのはクローディンだった。総指揮を執るのはダリル・オーワード。古の英雄王の第二子の家系の当主だ。
この戦でクローディンが命を落とすことはないから、わたしも暢気なものではある。五歳になった時に勃発する戦争で彼を失う結果にならないための作戦はまだできてはいないけど……。
この半年間、何もしないでいたって? 一応、考えつくことはした。
「うわあああああん!」
「またかルナ! そんなに俺といたいのか?」
わたしはクローディンが用事で城を出る度にすがりついて泣き喚いた。そうすれば、人の良い義父はともすれば戦に行かないと思うかもしれないから。これは四年後に向けた練習のようなものだった。
結果、彼は困り果てた笑みを浮かべ、わたしをあやし抱っこしてはくれたし、いくつかの用事は別の人に頼んで、城で家族と過ごすことはしてくれた。
だけど戦に行くことまでは阻めなかった。こんなに可愛いわたしが離れたくないって泣いているんだから側にいてくれるのが順当なのに、世の中ってそう単純にはいかないみたい。わたしがどれほど泣き喚いて怒っても、彼は兵等と共に出発してしまったから。
この調子では、彼が死ぬのを阻止できない。泣き落とし作戦は続行しつつ、別の方法を考えなくてはならなかった。
その頃、わたしは外に連れ出されることが多くなった。体はすこぶる健康で、発達に問題は全くなし。足腰は強く、自立心もある――というのが城の医師の見立てだった。
体の発達は本当の子供と同じだったと思う。心の発達は子供なんてとうに過ぎていて、ふりをするのに苦労していたけど、相変わらず、ジェイク・バレンがわたしの道標になってくれていた。
今日もわたしとジェイクはアンナにより城下を散歩していた。アンナは前にわたしを抱っこして、後ろにジェイクを背負っているのだから、彼女には頭が下がる思いだ。ジェイクは暢気に昼寝をしていた。よだれを垂らして眠っている赤ん坊は、とてもわたしを殺そうとしていた青年には見えない。
あまり目立ちたくないというアンナの要望に応えて護衛達は遠巻きに付いてきていた。だからのんびりと、わたし達は町を見る。
いくつか地方をまたぐようにして巨大な山脈を切り拓いて道が通っているから、グラディア城下は交易路の途中にある町だ。だから異国の品が多くあって、何度訪れても物珍しくて好きだった。
時が戻る前、わたしはレイミール地方の織物が好きった。絨毯やらカーテンやら集め、それでは飽き足らず、特注でドレスを作らせていた。立体感のある文様は何度手を滑らせてもうっとりとするものだったから。
そういえば、結局完成を見届けずに牢に入れられた一着があったっけ――なんてことを思い出した。わたしがもっと成長したら、同じものを作らせようかしら。
グラディア城下にもわたしが手に入れたものと質は多少は劣るけど、その織物を置いている店があったから、アンナの腕の中から必死に手を伸ばした。
アンナがクスクスと笑う。
「あらあら、ルナ様はお目が高いですね。これは衣服用の布ですわ。お花の模様がとてもきれいですね」
それは本当にとても見事な布だった。金糸が織り交ぜられていて、日の光できらりと輝く。
「あちゃ! うちゃあ! やあ!」
――いつかこれでドレスを作るのよ! わたしに絶対に似合うと思うの! 皆、うっとりすると思うわ!
そう伝えると、アンナはわたしを優しくゆすってくれた。
そんな風にして過ごしていると、突然大通りの向こう側から大声が飛んできた。
「おい見ろよ、もらわれっこだ! 貰われ姫が散歩してるぞ! やーいもらわれっこ!」
目を向けると町の少年少女等の集団がいて、主に少年等がこちらを指さして笑っていた。わたし達が城の住人であり、わたしがルナ姫であるということは、この町で暮らしている人であればほとんど知っていることだ。こうしてからかわれることもしばしばあった。
正直言って悪辣姫よりは遙かにマシなあだ名であるから気分を害することはない。わたしは、だけど。
わたしの代わりにひどく憤慨する人がいた。
「オズワルド、うちの妹に何か用があるのなら、ぼくが代わりに聞いておこう」
静かに、テオドシウスはそう言った。その視線は冷ややかに町の少年等を見つめていた。
そう、彼もいるのだ。気まぐれかなんなのかは分からないけれど、わたし達の散歩に、度々彼も付いてくるようになった。ルナが町で危険な目に遭わないか心配なのよ、なんてエリィ義母様は言っていたけど、暇を持て余しているだけのようにも思える。
「うわっ王子がいた! 逃げろ!」
テオドシウスの静かな怒りは、わたしにとっても恐ろしい。彼の睨みは、人を震え上がらせる何かがあるように思える。六歳の少年に過ぎないのに、おかしな話よね。
貴族と平民が混ざった集団はきゃあきゃあと大声を上げて散り散りになって逃げていく。その光景さえ牧歌的だった。
グラディア領では――とりわけこの城下では身分の差はそれほど重要視はされていなかった。城の使用人には貴族も平民も入り交じり、能力があれば出世していく。だから町でも同じように、身分の差がなく関わっていた。
わたしをからかわなかった少女達は、かわいい、かわいいと寄ってきてくれて、ジェイクと共にたちまち囲まれた。
貴女たちの方が可愛いわよ、と伝える術があればいいのにね。お世辞じゃないわ。それほどまでに彼女等は純粋な笑みを浮かべていたから。
この町は高度があり、太陽が近い。その分、日が暮れるのは早いけど、日差しは帝都なんかよりもよほど眩しかった。そのせいか、人々の顔は明るい。世界で起きている争乱なんて、少しも関係ないって雰囲気だった。
わたしの暮らしはそうやって過ぎていく。帝都で争乱が起きていようと、この地は平和そのものだった。




