意味なんて知らなくていい
――顛末はこうだ。
騒ぎを聞きつけ駆け付けた義両親達に、盗人の彼女は暴かれた。テオドシウスが彼女の部屋に隠された盗品を指さすと、大人達はこれを子供が発見したのかと驚愕する。
クローディンなど、泥棒騒ぎを少しも知らなかったのだから、殊更驚いていた。
結局、盗人の彼女はクローディンに連れて行かれ、その後どうなったのかは分からない。クローディンが考えるしかるべき罰を受けたのでしょう。
盗人にわたしが傷つけられかけたことに対して、エリィは見ていて申し訳なくなるほど心を痛めていた。目に涙を浮かべて、わたしを抱き上げると何度も謝罪する。――ごめんねルナ、ごめんね、と。
すすり泣く声色が耳にくすぐったかった。
そうしている姿は、わたしが死に戻る前よりもずっと幼いように見える。か弱い彼女は誰かが守ってあげないとたちまち消えてしまいそうだ。クローディンもそう思ったから彼女を娶ったのかしら。
エリィへの恨みはなかった。もちろん他の誰のことも恨んではいない。盗人さえも別に恨んではいなかった。わたし自ら進んで危険を選び取ったのだから。
エリィの頬を流れる涙に手を伸ばしそっと拭ってやると、彼女は驚いたようにわたしを見つめ、それからより強く抱きしめる。
――泣かないでエリィ、とわたしは心の中で彼女に語りかけた。
それよりもわたしを養女にした貴女を誇りに思うべきよ。
わたしが盗人を捕まえたの。
貴女の名誉を守ったのよ、すごいでしょう?
けれど彼女は泣いてわたしを抱きしめるばかり。わたしはしばらくそうして、彼女の温もりに包まれていた。
それからわたしは城の医者に診てもらうことになった。
首に赤く痣は残っていたけど、少しの間それを冷やして処置はおしまいだった。しばらくすれば消えるから問題ないと、医者は言った。それ以外は健康そのものなのだから。
エリィと、戻ってきたクローディンがわたしの部屋にいる。わたしは眠っているふりをしていたから、彼等は二人で話し出した。わたしを起こさないように気を使って、ひどく小さな声で。
「それにしてもエリィ。城の物が無くなっていることに気付いていたのなら、すぐに報告してくれよ」
言葉とは裏腹にクローディンの声色には責めるような様子はなかった。彼が微笑んでいる様子は目を閉じていたって分かる。
その次に、憔悴したエリィの声がした。
「ごめんなさい。初めて気付いたのはご不在の時で、ご心配をおかけしたくなくて。大変な時でしたから――」
可哀想になるくらい彼女は落ち込んでいた。
一人で解決できると思っていたのにこんな大事件になってしまって悲しんでいるのね。でも大丈夫よ、死ぬこと以外はかすり傷なんだから。
「お前が一人で抱え込んでいる方が俺は辛い。これからは遠慮などしないでくれ。例え俺が死にかけている時でさえ、城の家具の相談をしてくれてもいい」
クローディンの冗談にエリィが笑った気配がした。
しばしの沈黙があったから薄目を開けて二人を見た。交わす視線には熱が籠もっている。相変わらずお熱い義理の両親。
――ふと、時が戻る前はどうだったんだろうと思った。
同じように罪に気付かれて、盗人の彼女は断罪されたのだろうか。あるいは盗めるだけ盗んで、エリィやアンナを疑う声があるまま、別の場所へと行ったのだろうか。
だとしたら、夫婦の間には遠慮がずっとあったまま、死が二人を別つまで、それは消えなかったのだろうか。分からないけど、見つめ合い微笑む二人を見て、わたしがやったことは間違っていなかったのだと確信した。
心の中に知らない感情が沸く。
安堵にも似ているけれど、少しだけ違う。これが何なのかは、わたしには分からない。だって知らない感情なんだもの。
ふいに目の前に影が現れた。
ゆりかごの中のわたしを覗くのはテオドシウスだ。大人に何も言わずに危険なことをするなと、クローディンにしこたま怒られてしばし姿を消していた彼だけど、家族の様子が気になって部屋にやってきたようだ。
テオドシウスが、好奇心に瞳を輝かせながらわたしに顔を近づけ囁いた。
「ルナ。お前が泥棒に気付いたんだろ?」
普通に考えたら、そんなわけないって分かるでしょう? だってわたしは、何もできない赤ちゃんよ?
わたしの返事などおかまいなしに、テオドシウスはなおも続ける。
「ルナが彼女に懐くなんておかしいと思ったから、何かあるんじゃ無いかって、俺も探ってみることにした。ちょうど城から物がなくなっているって噂を聞いたし、ルナの髪飾りも、彼女に世話をされている時に無くなっただろ。だからおかしいと思ってさ」
得意げな彼は年相応の少年に見える。
幼くて可愛い姿だわ、どうかずっとそのままでいて。
それにしてもわたしの髪飾りなんてよく気付いたわね。エリィでさえ、どこかで落としたんでしょうと、さほど気にしていなかったのに。
「なあルナ。本当は俺達の会話、全部、分かっているんだろ」
わたしは彼を挑発的に見つめ返した。
――だとしたらどうなの?
「だとしたら、すごく嬉しい」
予期せぬ言葉にしばらく反応ができなかったけど、しばしの間の後で、わたしはにっこりと彼に笑顔を向けた。
喜んでくれてありがとう。
喜ぶついでに、貴方はさっさと妖精姫に出会って結婚して皇帝になるのよ。この国で、争乱なんて起こさせないようにしてね。
笑顔に何を思ったのか、テオドシウスも微笑んだ。
そんなわたし達の様子を、クローディンとエリィがそっと見守っている視線に気がついた。わたしは思わず二人を凝視する。
分からないわ。なぜそんな顔ができるの?
大人が子供にそんな顔を向けるなんて、どういう意図があるのかわたし、知らないわ。実母さえも、わたしにそんな顔を向けたことはないんだもの。
大いなる困惑と戸惑いがわたしを包む。
――だって、彼等の顔に優しさだけが浮かんでいたんだから。
二人の顔を見ると、心臓が嫌にどきどきする。
そわそわと落ち着かなくて、意味もなく泣きそうになる。だけどもしかしたら意味はあるの? わたしが知らないだけで、誰もが知っていることなのかしら――……。
その意味に、気付くことは恐ろしい。
気付いてしまったら、わたしの中で永遠に何かが変わってしまうような気がしているから。
それ以上二人の顔を見つめ続けることができずに、わたしは目を反らした。




