泥棒騒ぎ【後編】
冗談だとしても、いいえ冗談だからこそ、エリィやアンナが嘘でも疑われているという状況には腹が立った。
エリィはわたしの義母であり、時が戻る前だって顔を合わせれば気遣ってくれていた。誰からも嫌われていた悪辣姫だったわたしによ? 息子と敵対する勢力であったわたしに、幼少期少しだけ面倒を見ていたという理由だけで優しい言葉をかけてくれた。自分の立場が危うくなるのかもしれないのに、どれだけお人好しなのよ。
アンナにしたって、わたしのもう一人の母のようなものだ。赤ん坊に嫌味を言ったこともないどころか、口を開けば人への感謝しか出てこないような人だ。わたしを宝物のような手つきで扱ってくれて、大変気分を良くしてくれる。向ける表情はいつだって笑顔だった。
そんな善人達が、小悪党に良いように言われている状況は、なぜだか無性に腹が立った。
人の本音を引き出すためには、まず懐に入らなくてはならない。それはわたしの人生における教訓の一つだったし、実際に役に立つ技術だ。
だからわたしは、盗人に取り入ることにした。――彼女に懐くことにしたのだ。
日中、アンナやエリィに抱っこされても大泣きをして、使用人の彼女に世話の番が回るまで泣き止まないようにした。彼女と二人でいると泣き止んで、別の人が来るとまた泣くと、面白いくらい自然な流れで彼女が世話係になった。
食事やその他諸々の世話は彼女に負担をかけないように、そういう時だけアンナにしてもらう。だから彼女はわたしの世話もそこまで苦では無いようだった。
ごめんなさい、とエリィとアンナに心の中で謝った。わたしが必要としているのは貴女たちだけなの。これは盗人を捕まえるための作戦なの、と。伝わったかは不明だ。
盗人は帝国領内の荘園領主の娘だという話だけど、怪しいのではないかとわたしは思う。故郷の話になるとはぐらかすし、名を呼ばれても返事をしないことが数回あった。考え事をしていたから気付かなかった、と誤魔化すけど、恐らくは偽名なんでしょう。
わたしは彼女を注視していたから違和感に気付いたけれど、そうでなければ分からない。彼女は上手くやっているようだった。
徐々に彼女のことが分かってきた。
雇われたのは半年ほど前らしく、城で新たに人手を探しているとの噂を知り、紹介状を複数持ってやってきたという。仕事はそつなくこなし、服装も質素、地味で目立たず、人に話を合わせ、驚くほど角が立たないようにしている。その世渡り上手は見習いたいところだ。
目立ちたくない彼女は、目立ちすぎるわたしという存在を疎ましく思っているようで、扱いはひどくぞんざいだった。
我慢よ、我慢。わたしは自分にそうやって言い聞かせた。
姫なのに雑に扱われることに怒りと疲労はあったけれど、その分の効果はあった。自分と二人きりになると静かになる赤ん坊といると、ことがしやすいと思ったようで、彼女も次第にわたしを受け入れるようになったから。
彼女はこのところわたしという通行証を得て、城の各部屋にほとんど自由に入っていた。犯行は徐々に大胆に、遠慮が無くなっていく。
彼女が城のあらゆるものを懐に隠すのを見た。壁の絵画やカーテンを留める金の金具、銀の燭台に、侍女が大切にしている親の形見ペンダント――。
……わたしが言うのもなんだけど、人の心というものが無いのかしら?
盗品はどうやらまとめて領地外の市場に流しているみたいだ。おそらく盗み出すのが彼女の役目で、売りさばく担当が別にいるようだ。
盗品はしばらくの間、隠しているらしかった。注意深く場所を変えるから、皆は気付いていないみたい。今は城の庭の物置の裏の植え込みに、盗品は雑に隠されていた。彼女が盗品を持っているという確実な証拠を大人に分からせなくてはならないけれど、庭に置かれただけのそれの側にいたところで、偶然見つけただけだとか言えばいくらでも言い訳がつく。
だからわたしは、もう一歩踏み込むことにした。
彼女に一部屋与えてあげることにしたのだ。方法は簡単。朝も夜ももちろん昼間だって、彼女と二人きりでいるときだけ大人しくして、あとはひたすら泣きわめくだけ。
効果は抜群で、どこまでもわたしに甘い義両親は、彼女を乳母に次ぐ二人目の世話係として任命し、部屋を与えてくれたのだ。
機会は、作戦開始からそう日が経たないうちにやってきた。
盗品をいつまでも庭に野ざらしで置いていては誰かに見つかってしまったり、傷んでしまったりする危険があると判断した彼女は、少しずつ自室に運び込むことにしたようだ。
思うとおりに行き過ぎて怖いくらいだと思いながら、しばしわたしは静観していた。
そうして偶然では説明が付かないであろう十分な盗品が部屋に運び込まれたところで、証拠が得られたので作戦を切り上げることにした。
それは静かな午後のことだった。
天候が悪く、雨が降り出しそうだった。だから彼女は、最後の盗品を部屋に持って行き、いつも隠している物置の奥に置こうと扉を開いたその瞬間、ベッドの上に雑に放置されていたわたしはこの世の終わりさながらに泣き叫んだ。明らかな異常事態だと、大人達に伝わるように。
いつも大人しいわたしが暴れるものだから、彼女は驚いて盗品を取り落とした。
ガチャン、と大きな音をたてて麻袋が床に落ちる。
――あっ、わたしのお気に入りの燭台! いつか嫁入り道具に持って行こうと思っていたのに!
許せない、とますますわたしは大声で泣き喚いた。
彼女は瞬時に盗品を物置の奥に置き、その上を布で覆った後、慌てた様子でわたしに怒鳴った。
「なによ急に! この赤ん坊! 早く泣き止みなさい!」
泣き止むつもりは毛頭ない。だって今のわたしが誰かに何かを伝えようとするのなら、泣く以外の方法なんてないんですもの。
「言うことを聞かないと殺すわよ!」
わたしは泣くのを止め、彼女を睨み付けた。
殺すですって? 帝国中を手玉に取ったこのわたしを? ただの小悪党の貴女が? ――笑えない冗談だわ。
わたしは誰にも殺されなかったのよ。英雄王を除いては。
一瞬のこと、彼女の顔に怯えが走ったように見えた。自分がどんな表情をしているのかなんて分からなかったけど、もしかしたら赤ん坊らしからぬ顔をしていたのかもしれないわ。
ご要望通り黙ってあげたというのに、彼女はその顔に隠すこと無く嫌悪を浮かべた。
「不気味な赤ん坊め! だけどね、そんな顔をしたって、わたしの一ひねりで首の骨を折れるんだよ!」
言葉のとおりに彼女はわたしの首に手をかけて、徐々に圧を加えた。彼女は唇を噛みしめ、口元に歪な笑みを浮かべた。
「前からお前のことを気味が悪いと思ってたんだ。まるで狙い澄ましたかのように計算して泣いたり笑ったりして――そんな赤子がどこにいる? 気味が悪い!」
流石、今まで捕まらずに過ごしてきた人間だわ、勘が良いのね? こんな赤子はわたしだけでしょう。どうぞ殺してみなさいよ、それができるならね。
だけど彼女の額にはいくつも脂汗が浮かんでいた。
そう、人を殺したことがないのね。
貴女には無理よ。その境界を越えられる人は、実は多くはないだろうから。
赤ん坊相手に虚勢を張っている姿に笑ってしまうと、彼女の目が見開かれた。動きが不自然に止まる。
一瞬、わたしの赤ちゃんらしからぬ笑いに驚いたのかと思ったけれど、そうではなかった。
「お前がしようとしていることは許されないことだ」
ぎょっとしたのは彼女だけではない。静かな声色にぞっとしてそちらを見ると、予想通りテオドシウスが立っていた。
そういえば彼は魔法の天才なのだった。なんたって英雄王の生まれ変わりなんだもの、その魔法で敵をバッタバッタと倒していったのよ。どれほど恐ろしかったことか。ちなみにわたしは魔法は全く使えない。才能がないの。まあ、今は関係のない話だけど。
彼女の手がわたしの首から外れ、腕が自分の意思ではないように、じわじわと背中に回っていく。それがテオドシウスの魔法によるものだということは想像できた。
たった五歳の少年を前にして、彼女は動けないようだった。
そのまま彼女を捕らえるつもりかと思っていたのに、テオドシウスは魔法を解いたようだ。彼女がよろめく。彼は魔法の代わりに恐ろしい形相を浮かべて彼女に迫った。
「さあ、やろうとしていたことを俺の前でしてみろ。その勇気があるならな」
その表情と声色にわたしまで震え上がる。だってあの視線は、わたしを殺した彼と寸分違わぬ冷酷さだったから。
魔法で動きを止められている訳でもないのに、彼女は冷や汗をかきながら微動だにしない。テオドシウスの凄みが、彼女を圧倒しているようだった。
息苦しい。
まるで彼の怒りが、そのまま空気中に重みとなって現れているみたいだ。彼は怒っていた。わたしに彼女が危害を加えそうになっているから――。
あの英雄王テオドシウスが、わたしのために心の底から怒っている。
その様子は、ひどく見慣れないものだった。




