08.地図の行方②
男の人を追って、市場へ続く通りに入ると、他領や外国から来た商人の露店が並んでいた。
見慣れない模様の布、色の濃い香辛料、小さな瓶に入った油──港には船と一緒にいろいろな物や人が来る。
細い革紐を編んだ腕輪を並べている女の人が、私たちを見るなり手招きした。
追っていた男の人も、少し先の露店で足を止めている。
「そこの仲良しさん方〜? 見ていかな~い? 二人でつけると幸せになれるよ~」
ちょっとだけ見ようかな。
「恋人同士でつけるのよ~。海を渡っても、また会えるお守りよ~」
女の人は、革紐で編んだ青と白の腕輪を二本持ち上げた。留め具には、小さな銀色の魚がついている。
「わあ、可愛いねっ。でも、私たち、恋人じゃないよ」
「あら、違うの~?」
私は隣のラルフを指した。
「私の従者なの」
「そうなの~? でも仲良しなんでしょ~?」
「うん!」
そこは迷わず答える。
「これって、恋人同士じゃなくてもつけていいの?」
「もちろんよ~。大切な人とつければいいわ~」
大切な人かあ。
ラルフは私が五歳の頃に拾って、それからずっと一緒にいる。
王都にもついてきてくれたし、領地へ帰ると決めたときも、地獄でも付いてくると言ってくれた。
「二つください」
「え、俺はいらないですよ」
「なんで? 私たち、地獄まで一緒なんでしょ? ほら、ラルフ、腕出して!」
「……こういうチャラチャラしたの付けんの苦手なんすよ」
ぶつぶつ文句を言いながらも、ラルフは腕を出した。
私は青いほうをラルフの手首へ巻き、細い留め具に少し手間取りながら、どうにか留めた。
白いほうはラルフにつけてもらう。私がさっき苦戦した留め具を、長い指であっさり留めてしまった。
お互いの手首には、小さな銀色の魚が二匹ぶら下がっている。
「外さないでね」
「仕事中に引っかかりそうなら外します……はあ……」
「あ~、ため息! だめだよ、幸せが逃げるよ」
「そんな簡単に逃げる幸せなら、いらないっす」
露店の女の人が笑っている。
恋人ではないと説明したのに、まだ勘違いされている気がする。
いや、それより今は、地図を持っていった男の人の尾行が先である。
男の人はいつの間にか露店を離れ、市場の通りを抜けていた。窓の小さな土産物屋の前で足を止めている。外から見えるのは、乾物を入れた籠と、魚の木彫りが二つだけ。初めて来た人なら、何を売っているのか分からず通り過ぎてもおかしくない。
男の人も、すぐには扉を開けなかった。
地図を広げ、黄色い花の印を確かめる。そこには、灯台と花を描いた貝殻のペンダントも載せてある。
男の人は店の看板を見上げ、もう一度地図を見てから、扉を開けた。
「入ったぁ!」
声が大きくなり、ラルフに口を塞がれた。
「んんっ?」
「ここまで来て尾行を台無しにしないでください」
「んぅ」
「分かりました?」
「ん」
こくこく頷く。
手を外してもらい、しばらく待ってから店へ入った。
薄暗い店内には、乾物や塩漬けの瓶、木彫りの魚、紐や釣り針が並んでいる。
けれど以前とは違い、入口から見える棚へ、貝殻のペンダントが置かれていた。
淡い色の布を敷いた箱には灯台と花のペンダントが並んでいる。二枚で船と港の絵がつながる品は、組み合わせが分かるように並べられ、小さな紙には説明も添えてあった。
レナ、ちゃんと売り場を作ってくれたんだあ。今度会ったらお礼を言おうっと。
男の人は、灯台と花の絵のペンダントを一つ手に取っていた。それ、私の自信作です。
「これは、ここで作っているんですか?」
「ええ。地元の貝を使って、領内の職人が仕立てています。絵柄はキャロル伯爵家のお嬢様が考えてくださって──あれまあ! お嬢様!」
店主が私に気づき、目を丸くした。男の人も振り返る。
あらら、バレちゃった。
「もしかして、この地図を描いたお嬢様ですか?」
男の人が、丸めていた案内図を広げる。
「はい。使ってくれたのが嬉しくて……その、あとをついてきました。あの、地図を見て、ここに入ってみようと思ったんですか?」
「ええ。外からでは、旅の土産を扱っているように見えなかったので。娘は灯台が好きなんです。これなら喜ぶでしょう。地図のおかげです」
私の描いた地図を見て、今まで知らなかった店へ入り、私の絵をもとに作った貝殻のペンダントを、娘さんへの土産に選んでくれた。
地図に足りないものは、いっぱいあった。
絶景の選び方も、町の人の声も、書き込める場所はまだまだある。
でも、何もできなかったわけではない。
この人を、この店に連れてこれたんだから。
「……お嬢様?」
店主に呼ばれ、自分がにこにこしていたことに気づいた。
「ごめんなさい。嬉しくって」
「私も驚きましたよ。この品を入口の棚へ置いてから、手に取る方が増えました。だけど、地図を見て来た方は初めてです」
店主は、男の人から代金を受け取り、ペンダントを小さな箱へ入れた。
それから男の人は店を出る前に、港らしい料理を食べられる場所を尋ねた。
「それなら、隣の食事処へどうぞ。うちの妹夫婦がやっています。今日のおすすめは、海鮮煮込みです。大海老や、白身魚、芽キャベツ、じゃがいもがごろごろ入ってる煮込みですよ」
「それは、ありがたい。どんな料理か分からなくて、入るのを躊躇していたんですよ」
「ああ、メニュー札が見にくいですからねえ」
店主は困ったように笑い、男の人を隣の店に案内していった。
扉が閉まると、私は店の窓から隣の食事処へ目を向けた。
小さな札に料理名は並んでいるけど絵はない。
「……あの札、もったいないなあ」
「また始まりましたか」
私は窓の向こうの札を指した。
「だって、何が出てくるか全然分からないよ? 魚の姿と料理を一緒に描いたら、初めての人でも選べるのに」
「勝手に描いて持っていくのはだめですよ」
頼まれてない看板を送りつけようとして、事前に没収されたのは私です。
でも、同じ失敗を二度やるほど、私だって学習能力ゼロではないんですよ! メイビー!
店主が隣から戻ってきた。
私は何も言わずに待った。
言いたい。ものすごく言いたい。料理の絵を描かせてくださいと、今すぐ紙を広げたい。
でも今日は、先に相手の話を聞こうと決めたばかりだ。
口を閉じたまま笑ってみたけど……うう、頬がぴくぴくする〜。
店主は不思議そうに首を傾げたあと、隣の食事処へ目を向けた。
「お嬢様。お願いがあるんですが」
「はいっ!!」
返事だけは光の速さに定評のある私である。
「妹の店のメニュー札を描いていただけないでしょうか。よそから来た方には、料理名だけでは分からないようで」
「描きますっ!!!」
言い終わるより先に、ラルフの手が私の肩へ乗った。
「何をいつまでに作るのか。材料費は誰が出すのか。絵を描くお嬢様へ何を支払うのか。まだ決まってませんよ」
「……あ」
頼まれたのが嬉しくて、つい……。
私は一度口を閉じ、店主へ向き直る。
「ごめんなさい。今の返事は早すぎました。何をどういうふうに見せたいのか、妹さんからお話が聞きたいです。お取次いただけますか?」
店主は目を丸くしたあと、嬉しそうに頷いた。
そして、妹さんに早速確認しにまた隣の食事処に行った。
「ねえ、今のは偉くない?」
ラルフを見上げてにんまり笑う。
「自分で聞きます?」
「聞かないと褒めてくれないでしょ? 褒めて?」
「このあと話を最後まで聞けたら褒めますよ」
「けちー」
妹さんの店の料理を描いたら、地図を見た人はもっと選びやすくなるかなあ。
もし本当に注文が増えたら、ほかの店からも「うちも描いてほしい」なんて頼まれたりして!




