06.貝殻土産、完成
一週間後、ミドルトン商会の応接間には、小さな箱が二つ置かれていた。
私はこの一週間のあいだに、選んでもらった貝殻へ絵を入れた。
穴あけや金具留めなど、私が触ったら壊しそうな細工は職人に任せている。
ラルフと並んで応接間に入ると、ゴードンとレナが待っていた。
レナは前よりきちんとした服装で、髪も綺麗に結っていた。赤茶の髪には小さな飾りがついている。
あの飾り、色合わせが可愛いなあ。
「来たな、お姫さん。できてるぜ」
私は箱の前へ行きかけ、ラルフに止められた。
「お嬢様、走りませんよ」
「……はあい」
ゴードンが箱の蓋を開けた。
最初の箱には、灯台と花を描いた貝殻のペンダントが並んでいる。
貝殻の白い面に、赤い灯台と小さな花。花は港町でよく見る黄色の花にした。紐は淡い青。金具は目立ちすぎないものを選んでもらった。
もう一つの箱には、二枚で絵がつながる貝殻が入っている。
片方には船。もう片方には港と灯台。二枚を並べると、船が港へ戻ってくる絵になる。別々に持つと、それぞれの小さな景色に見えるのだ。
「わあっ」
自分で描いた絵なのに、仕立てられると全然違う。
棚の端でくたびれていた貝殻が、ハイモア港に来た記念の品へ変わっている。
ゴードンはペンダントを一つ持ち上げ、光にかざした。
「これは売れるぞ」
「ほんと?」
「ああ。令嬢向けは単価を上げられる。二枚組は恋人向けでいけるし、旅の記念って言葉とも相性がいい。港町案内図に店を載せるなら、客の導線も作れるな」
ゴードンの声には迷いがない。
商機というものが見える人の言い方だなあ、と思った。
レナは眉を寄せながらも、試作品から目を離さない。
「……絵が、思っていたより細かいですね」
「ありがとう!」
「別に褒めたわけではありません。売り場で目を引くとは思いますけど」
それは褒めたというのでは?
私は言いかけて、やめた。レナの機嫌を考えると、なんとなくだけど、言わないほうがいいかなって思ったから。
ラルフが私の後ろから、箱の位置を少しずらした。私の袖がペンダントに触れそうだったらしい。
「お嬢様、触るなら手袋をしてください」
「うんっ、手袋ちょうだい」
レナがまたラルフへ顔を向けた。
今度は分かりやすい。ラルフの言葉に反応している。
私は受け取った手袋をはめながら、レナの横顔をうかがった。
レナは美人だ。気が強そうで、髪も服も似合っている。ラルフさん、と呼ぶ声も、なんだか、こう、甘い感じ。
ゴードンが、ペンダントを箱へ戻した。
「お姫さん。あんた、絵だけじゃなく売り方も分かってるんだな」
「前に、店でメニューの絵を描いてたからね!」
「前? 店?」
危ない危ない。
前世の話をしそうになった。
「えーと、あの、夢の中で?」
隣から無言の圧を感じて、私は咳払いをした。
げふんげふん。
「夢?」
「えっと、そ、そういう気分で描ける、というか」
「変わったお姫さんだな。だが、変わってる女は商売になる。顔もいい、絵も描ける、発想も面白い。なあ、お姫さん。俺んとこに来ないか?」
ゴードンが軽く身を乗り出した。距離が近くて、ちょっとびっくりする。
「ミドルトン会長。お嬢様を商会の商品として数えるのは、おやめください」
「怒るなよ、従者くん。俺はお前のお姫様を褒めてるんだぜ?」
ゴードンは笑っていたけど、視線は私から離れない。
商品の出来を見ていたときとは違って、今は私本人を見ているような……?
ううん、自意識過剰だよね。こんなモテそうな大人の男の人が私にそういう気持ち持つわけないもん。
そう思ったのに、ラルフは同じようには受け取らなかったらしい。
ラルフがさらに半歩前へ出た。たったそれだけで、ゴードンの視線と私のあいだに黒い従者服が入り込む。
いつもなら邪魔だと文句を言うところなのに、今日はその背中の意味が分からなくて、私は口をぽかんと開けたまま固まってしまった。
応接間の入口から窓までの距離は変わっていないのに、急に狭くなった気がする。
「姫呼ばわりすんだったら、態度も口調も弁えろよ。商人風情が気安いんだよ、クソが」
「おー、怖。気が短え犬っころだなあ、おい」
二人の険悪なやり取りに、レナがびくりと肩を振るわせる。
ゴードンが愉快そうにカカカッと笑う。
一方のラルフは眉間の皺が深くなって、二~三人葬っていそうなオーラを放出している。
まったく、これだから血の気の多い男子は。もうっ。
私は手袋を外し、怒れるワンちゃんの袖を引いた。
「ラルフ」
名前を呼ぶと、ラルフはまだゴードンを睨んだまま、渋々膝を折った。
屈んだラルフの頬を、私は両手でむぎゅっと挟む。
目をじっと見て、言い聞かせる。
「そういう態度は、よくないよ。めっ、だよ」
「……………はい、申し訳ありません」
「うん」
返事を聞いてから、私はラルフの頭をよしよしと撫でる。
レナがものすごい顔をしているけど、そこは見なかったことにしよっと。
私は、気まずさをガン無視して手袋をつけ直し、ペンダントを持ち上げた。
灯台と花の小さな絵が、貝殻の丸みに沿って収まっている。
これなら、地図に載せられる。王都から来た令嬢にも、港町でデートする恋人たちにも、旅の記念として勧められる。
「売る分も、お姫さんが一個ずつ描くのか?」
「そのつもりだけど?」
「数が増えたら、お前さんが描き終えるまで店の棚が空になるぞ。絵付けのできる職人へ見本を渡して、同じ線と色で作らせる。お姫さんは最初の見本と、出来上がりの確認をしろ」
全部、自分で描くつもりだったのに……。
でも、私の手は二本しかない。
「私の絵じゃなくなったりしない?」
「勝手に変えさせねえよ。商会で手配する」
「じゃあ、見本は私が作る。出来上がった物も、最初は全部見る!」
「よし、それでいこう」
レナが、悔しそうな声で言う。
「置くなら、売り場は私が見ます。お嬢様の絵に合わない紐や箱を使われたら困りますから」
「レナ! ありがとう!」
「は? 礼を言われることではありません。商品として扱うのですから半端なことはできません」
ツンデレさんかな?
言い方はそっけないけど、売り場を見てくれるならかなり頼もしいかも。
ゴードンは満足そうに笑った。
ラルフは私の手からペンダントを回収し、箱へ戻す。
この貝殻土産も、案内図に載せなきゃ!
そうしたら、地図を見て店を探して、このペンダントを買ってくれる人がいるかもしれない。
誰かが私の地図を使って歩いているところ、見てみたいなあ。




