04.許可ゲットだぜ!
兄様へ送った手紙の返事が届いたのは、ハイモア港へ戻ってから二週間後の午後だった。
帰ってからというもの、私は毎日のように市場や港を歩き回り、『ハイモア港案内図』へ描き込みを増やしていた。
兄様へ送ったのは、その地図のラフと、ハイモア港をもっと盛り上げたいから好きにやらせてほしい、完成した地図は領内で使って、王都や他領にも置いてほしい、というやる気満々のお願いである。
兄様は、お父様から領地経営の実務を任されているのだ。
お願いというより、ほとんど決定事項みたいな勢いで書いた気もするけど、可愛い妹の頼みなのだから聞いてくれるよね?
あれでいてシスコンの兄様だもん。
ついでに看板や土産袋の絵を描いて送りつけようとしたら、封筒へ入れる寸前でラルフに没収された。
「店の人に頼まれてもいない看板と袋の意匠を、なんでお嬢様が勝手に決めてるんすか?」
言われてみれば、頼まれてはいない。
でも、可愛くしたら喜んでくれるんじゃないの?
だめなの?
◇
「お嬢様、王都から返事が届きましたよ」
ラルフが銀盆に封書を載せて入ってきた。
「兄様から?」
「はい。トリスタン様、旦那様、奥様、ブレンダ様からです。あと、俺宛てにも一通」
ラルフは自分宛ての封書を先に抜き取り、懐へしまった。
「なんでしまうの?」
「俺宛てだからです」
兄様がラルフへわざわざ手紙を出すなら、中身は私のことに決まっている。私は椅子から立ち上がり、手を伸ばした。
「見せて?」
「嫌です」
ラルフは背が高い。
懐へ入れられた手紙を私が取ろうとぴょんぴょんするも、距離も身長も完全に不利で断念せざるを得ない。無念なり。
私は諦めて、自分宛ての封書を開いた。
最初に読んだのはトリスタン兄様の手紙である。
絵は思っていたより実用に耐え、市場や港の特徴も拾えている。地図を作るために町を調べたり、案を描いたりすることは許可する。
ただし、完成した地図を領内で使うか、王都や他領へ置くかは、内容と費用を確認してから決める──とある。
さらに、地図へ店を載せるなら店主へ了承を取り、紙代や刷り代も調べること。試しに雑貨を作りたくなった場合は、私のお小遣いで支払える範囲に収めること。領主家の名前を使って、勝手に店や職人へ命令しないこと。
そして最後には、ラルフに止められた場合はきちんと従うこと、と書かれていた。
「ん? 兄様、ラルフに権限を与えてる……?」
「当然でしょうね。お嬢様が自分で自分を止められるなら、王都であんな騒ぎにはなっていません」
「む」
ブレンダ姉様からは、絵がとても上手で驚いたことと、兄様が何度も紙をめくっていたことが書かれていた。
「ブレンダ姉様、大好き!」
「お嬢様の絵は、実際かなりのものですからね」
お父様とお母様からの手紙は、予想通り甘々だった。
お父様は、私の絵を額に入れたいと書いていたし、お母様は、あなたは天才ね、と書いていた。
「で? ラルフ宛てには何て書いてあったの?」
「要約でいいですか?」
「全文がいい」
「嫌です、要約します」
ラルフは顔色一つ変えずに拒否する。
「お嬢様が今読んだ内容と、だいたい同じです。危ないことをさせるな。暴走する前に止めろ。俺への指示は、そんなところです」
「兄様、私を暴れ馬か何かだと思ってる?」
「暴れ馬だったら、ポール様へ恋文を月三十通送らなかったんすけどね」
それは、確かにそうだ。
暴れ馬のほうが、私より分別があるかもしれない。
「でも、地図を描いていいんだよね」
「調べて描くところまでは、です。完成した地図を使うかは別の話ですよ」
「描いていいなら許可だよ! 使いたくなる地図にすればいいんでしょ?」
許可ゲットだぜ!
「地図に載せたくなるものを、もう一度探しに行きたい。宿屋と土産物屋も、今度はちゃんと載せていいか聞くから」
「……では、裾を汚しにくい靴にしてください。石畳が濡れている場所がありますよ」
「はあい、ママ」
「誰がママですか」
◇
最初に訪ねた宿屋で、私は女将さんへ案内図のラフを広げた。
「この宿を地図へ描いてもいいですか? ハイモア港へ来た人に、ここへ泊まれるって教えたいの!」
女将さんは目を丸くしたあと、宿の名前も間違えずに載せてくれるなら構わないと笑ってくれた。
了承を取るって、もっと難しいものかと思っていたけど、聞いてみたら案外あっさりだったな。
宿屋の売店とは別にある土産物屋でも、店主へ地図に載せたいと頼むと、宣伝してくれるなら歓迎だと言われたし。
幸先いい〜!
──と、思いきや。
地図へ大きく描きたい品を探して棚を見渡しても、乾物や塩漬け、船乗り向けの紐、魚の木彫りが並んでいるばかりで、私の心はときめかない。
棚の端にあった貝殻の首飾りを手に取ると、白に青が混じった色合いも、縁の曲がり方も綺麗だったけど、沈んだ色の紐とくすんだ金具がつき、港の名前を彫った木札がぶら下がっているだけで……う~ん、ダサい……。
貝殻は可愛いのに、どうしてこうなったの?
「この首飾りは、誰が作っているんですか?」
店主によると、浜で拾った貝を使い、領内に住むおばあさんが作っているらしい。
こうした地元の人の手作り品は、ミドルトン商会のレナさんという人がまとめて引き取り、土産物屋へ卸しているという。
「別の仕立て方を相談するなら、その『レナさん』って人に聞けばいいんですか?」
「ええ。作り手への話も、商会から通してくれますよ」
「じゃあ、会いに行きます!」
木札を取り外して、紐や金具を変えられるかな? 絵を入れられるかな? まとめて聞けるよね?
前世では『ダサくて逆にあり!』という感覚があった。
でも、狙って成立させているものも多いし、くたびれたものを置けば何でも売れるという話ではない。
つまり……この貝殻飾りは、お世辞にもレトロ可愛いとは言えない。
「地図に載せたいのに、載せたい可愛い土産がないのは痛手だね」
市場の端にある石段へ腰を下ろし、持ってきた板の上に紙を広げた。
さっき見た貝殻飾りを、鉛筆で描く。
くすんだ金具を外して紐の色を変え、貝殻には灯台や花を入れる。恋人向けなら、二枚で一つの絵になるのも可愛い。
描いているうちに、頭の中で色まで浮かんできた。
「ねね、ラルフ。これ、どうかな?」
ラルフが私の横から紙へ顔を寄せる。
「売れると思いますよ。少なくとも、今の棚にあるものよりは」
「えへへ。もっと褒めて」
「調子に乗るので嫌です」
「むう」
褒めているのか、貶しているのか。
「よし、これをレナさんって人に見せに行こう!」
私は紙を重ね、スケッチの束を抱えた。
「試作を頼むなら、先に費用を確認してください。お小遣いで済む範囲ですよ」
「分かってますぅ」
「お嬢様、初対面の商人相手に興奮して演説を始めたら止めますからね?」
ラルフが私の帽子を直しながら言う。
「うんっ」
ラルフはため息をついたけど、反対はしなかった。
ミドルトン商会のある倉庫街へ目を向ける。
「では、行きますか」
「フォローよろしくね!」
「はいはい」
市場の端を抜けると、煉瓦の倉庫が並ぶ通りへ出た。
その先に、太い文字で『ミドルトン商会』と書かれた黒い鉄の看板が見える。
私はスケッチの束を抱え直した。




