34.会えない日々に宝石作り③
港へ吹く風から冬の冷たさが抜け、三月半ばには私とラルフは十九歳の誕生日を迎えた。
今年はベランダで手渡しできなかったけど、王都とハイモアでちゃんと贈り物を送り合った。
ラルフから届いた包みを開けたあと、来年は絶対に直接渡すね、と手紙に書いた。
◇
ラルフが王都へ発ってから、半年が過ぎている。
ラルフの手紙の宛名は『お嬢様へ』から『ジャクリーンへ』に変わった。
最初に見た日は封筒を裏返して差出人も確かめた。
文面も月を追うごとに私へ向ける敬語が減っていった。
……名前で書かれるだけでも変な感じがするのに、声で呼ばれたらどうなるんだろう。
そんなことを考えていた春のある日、同じ日数乾かした琥珀糖を持ち上げると、指にぺたりとついた。
「む?」
見た目は同じ。赤も青も綺麗。
なのに表面のシャリシャリが薄く、箱へ入れて翌日開けると、隣の琥珀糖と触れたところがくっついていた。
原因は春の湿気らしい。冬と同じ日数では乾ききらないので、作業場から二階の空き部屋へ移し、置く間隔を広げ、大きさも見直した。
レナは保存できる日数を確かめ、ゴードンは湿気を通しにくい紙を探してくれた。
◇
春の半ばには、ラルフがハイモアへ来られそうな日が一度あった。
今度こそと思っていたら、ナイト男爵家が出席する式典の日程が変わり、その日に重なった。
ものすごくがっかりしたけど、ラルフはナイト家の息子として一年暮らすために王都へいる。家の行事に出るのも、その一年に必要なことなのだ。
私は便箋へ『次こそ会いたいね』と書いた。
その頃には、乾かす日数と置き方、包み方も決まり、春の琥珀糖は手へつかなくなっていた。
冬のあいだ試す予定だった販売も春まで延ばし、次は夏でも同じように作れるか試すことになった。
では夏もいただきましょう!
と調子に乗ったところで、またしても季節が壁になった。
◇
夏になると、琥珀糖は春よりさらに乾きにくくなった。朝は平気でも午後には表面がぺたつき、二日、三日置けば薄紙に砂糖がつくこともある。
ここまで来たら、意地でも夏を越えたい!
乾かす日数と置き場所、大きさ、包装紙を見直し、レナとは店頭へ出す数、ゴードンとは保管の手間と値段を相談した。
夏だけ値段を上げる案も出たけど、同じ箱なのに季節で値段が変わるのは嫌だ。
なら、作る数を減らせばいい。
ハイモア焼きで経験済みではありませんか。
値段は同じ。作る数は季節に合わせる。
そうして夏の売り方が見えてきた頃、ラルフとの三度目の予定が入った。
ところが三度目は剣術試合、四度目はナイト男爵に同行する遠出と重なり、どちらも流れた。
「またぁ!?」
手紙を読んだ私は、机へ突っ伏した。
「遠距離の馬鹿野郎~~!」
王都とハイモアは片道五日もかかるから『明日の午後に会おう』ができない。
どちらかが何日も空けなければならないから、一つ予定が入るだけで全部なくなる。
「会いたいよぉ……」
◇
夏の終わり、ついに会えそうな日ができた。
ラルフの予定が一週間近く空き、私にも大きな用事はない。王都とハイモアの途中にある町で会うことにすれば、互いに移動する距離も短くできる。
「今度こそ会える~!」
私は日付に花丸をつけ、何を着ていくか姉様へ相談した。
ところが、その数日後。
ミドルトン商会へ、他領の商会から返事が来た。
夏の琥珀糖に使っている包装紙について、こちらが希望する厚さと大きさで継続して納められるか、直接話したいという。
向こうには紙を扱う商人と作り手が集まる日があり、ゴードンもその日に行く予定を入れていた。
日付は、ラルフと会う日に重なっている。
「嘘でしょ?」
日を変えられないか聞いた。
だが、相手の商人は別の町から来る。作り手も仕事を空けて集まる。私一人の都合で全員の予定を変えてもらうなんて無理だった。
私はその日の夜、ラルフへ手紙を書いた。
琥珀糖を夏にも売るために必要な話で、私が頼んで進めてもらったことだから、他領へ行きたいことを……。
数日後、返事が届いた。
ラルフは、自分も家の式典や試合、ナイト男爵に同行して王都を離れる予定を優先してきたのだから、私が仕事へ行くことに文句を言えるはずがない、と書いていた。
予定は変えず、私はゴードンと他領へ向かった。
紙を扱う商人と話し、夏の湿気を通しにくい薄紙を継続して仕入れられることになった。
量を増やした場合の値段も聞き、ハイモアへ戻ってからレナと菓子職人へ見せた。
夏の最後の試作品をその紙で包み、数日置いて……開けても、くっついていない。
噛めば表面がシャリッと割れ、中にはちゃんとクニュッとしたところが残った。
今度こそ、いける!
◇
ミドルトン商会の応接間には、五色の琥珀糖が入った箱が並んでいた。
夏向けに乾かしたものも、箱の中でべたついていない。
寒天用の海藻は、漁師さんたちから継続して買い取る量が決まった。
菓子職人が一日に作る量も決まった。
乾かす場所、季節ごとの日数、箱へ入れる前の確認、包装紙、保存できる期間、値段も決まっている。
販売は、まずハイモア領だけで。
王都については、売れた数と作れる量を見てからゴードンとまた話すことになっている。
去年の初秋、飴細工を見て思いついてから丸一年。
冬に完成したと思ったのに、春と夏にまた問題が出て、包装紙を探して他領まで行った。
長かったけど、頑張った甲斐があったなあ。
これはラルフに自慢しなければ。
そして、たっぷり褒めてもらおう。
彼が帰ってくるのは二日後だ。
手紙には、ナイト男爵家で暮らす一年を終え、こちらへ戻る日も書いてあった。
最初にどの色を食べさせようかな。
赤? いや、青も綺麗だよね。五色を全部並べて選ばせる?
でもラルフなら、どれも同じ味でしょう、と言いそう。実際同じ味だしなあ。
それに甘いものはそんなに食べないし──
「ジャクリーン」
……ん?
今、誰が呼んだの?
レナでもゴードンでもない。
この一年、紙の上では何度も名前を見た。
でも、『彼』の声で聞くのは初めてだ。
顔を上げると、応接間の入口に黒髪の男が立っていた。
濃紺の上着に白いシャツを合わせ、腰には剣がある。服が違うだけで知らない人みたい。
でも、琥珀色の目も、目つきの悪さも、私が見間違えるわけがない。
「……ラルフ?」
「帰ってきま……いや、ただいま、ジャクリーン」
「えっ、なんで!? 二日後じゃなかったの!?」
「一年の条件は五日前に終わりました。その日の馬車で王都を出て、帰る日は二日遅く伝えてたんすよ。屋敷で、ジャクリーンがここにいるって聞いたんで」
五日前。なら、一年の条件を終えた日から、まっすぐこちらへ向かったことになる。
そこまで数えてから、別のところへ引っ掛かった。
「なんで二日も遅く教えたの!」
「驚かせたくて……嬉しくない、ですか?」
言いたいことはいっぱいある。
一年間会えなかったことも、予定が合わなかったことも、琥珀糖が完成したことも。
名前で呼ばれたことも、敬語とため口が混ざっていることも。
どれから言えばいいの?
考えるより先に、私は椅子を離れていた。
「すっごく嬉しい! おかえりなさい、大好き!」
応接間を走る。
後ろからレナに何か言われた気がしたけど、今日は聞こえなかったことにする!
ラルフが両腕を広げ、私はそのまま飛びついた。
「俺も……大好き……です」
ラルフの手首に、青い革紐と銀色の魚が見えた。
私の手首にも、白い革紐と同じ魚がいる。




