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32.会えない日々に宝石作り①

 ラルフが王都へ発って十日ほど経った。

 十日も経てば慣れるかと思ったのに、ぜんぜん慣れない。市場へ出ても、何か見つけるたびに隣を見てしまうし、朝なんて兄様にうっかり「ラルフ」と呼びかける。


 そんな自分に苦笑しながら市場を歩いていたら、入口に人だかりができていた。


 魚が山積みになった日でも、王都から珍しい布が届いた日でも、あそこまで丸く人が集まることはない。

 何があるの? とのぞき込んだ私は、前にいた男の子の肩越しに、きらりと光るものを見つけた。


「……飴?」


 旅の飴細工師が、小さな台の上で実演をしていた。

 鍋から取り出した飴を棒へ巻きつけ、びよーんと長く伸ばし、折り重ねて、また伸ばす。

 最初は蜂蜜みたいな色をしていた塊が、引っ張られるたびに艶を増していく。

 その次は赤い飴をつまんで、七枚の花びらを形作っていく。

 出来上がった飴の花を高く掲げると、初秋の日差しが透けた。


「宝石みたい……」


 口から出たところで、前世の記憶からとあるお菓子が浮かんだ。


 ──琥珀糖。


 砂糖と寒天を煮て固め、切ったり割ったりして乾かす。

 できたばかりは寒天菓子なのに、何日か置くと表面の砂糖がシャリッと結晶化し、中にはクニュッとした食感が残る。

 チヨコだった頃に何度も作ったから、水と砂糖と寒天の量も、煮詰める加減も覚えている。

 色をつければ、宝石っぽくなる。赤、青、黄色、紫、緑の五色を箱へ並べたら、絶対に可愛い。


 ……寒天って、海藻から作るんだよね?


 私は人垣から顔を出し、市場の向こうへ見える港を眺めた。海ならある。ものすごくある。毎日見てもなくならないくらいある。


 だったら、寒天を作れる海藻も、この辺りにあるんじゃないの?


「探そう!」


 隣にいたメイドが驚き、半歩後ろを歩いていた護衛もこちらを見た。


「な、何をお探しになるのですか?」

「お菓子になる海藻!」


 ◇


 ハイモア焼きの露店へ行くと、菓子職人は焼けた魚を型から外しているところだった。


 夏は一日に焼く数を三十匹まで減らしていたけど、涼しくなって今日は六十匹。

 型から出てきた魚たちも、暑さに負けていた頃より得意げに笑って見える。


 私は客が途切れるのを待ってから、琥珀糖について説明した。


 菓子職人は、うんうんと真剣に頷きながら聞いてくれた。


 が、問題は寒天である。


「その寒天とやらは、どう作るんです? それと海藻の種類は?」

「えっと……海藻を煮て、濾して……そこから先を試したいの。海藻もこれから探したい。ごめんね、曖昧で……」


 チヨコが使っていた寒天は、店で買った白い棒や粉だ。海藻から寒天そのものを作った経験なんてない。


「でもどうにか探すから、もし寒天ができたら──」

「私にやらせてください」


 頼むつもりで来たのに、先に言われた。私は口を開けたまま固まった。


「え?」

「ハイモア焼きもありますけど、試作なら時間を作れます。売るとなれば人手も数も考えなきゃいけませんが、新しい菓子なら私もやってみたいです!」


 菓子職人さんのほうから、やりたいと言ってくれるなんて……。


「で、では、お願いします!」


 その日のうちに兄様へも話を持っていき、海藻を調べることと、菓子職人と少量の試作をするところまで許可をもらった。

 もちろん、商品として売る話は別である。そこまで行ったら、改めて相談する。


 というわけで、今度はレナとゴードンにも相談である。


 ◇


 ミドルトン商会へ行くと、レナがいた。


「こんにちはー! あれ? ゴードンいないんだね」

「はい。ですが、一時間ほどで戻りますよ」

「じゃあ、先にレナに話していい?」

「もちろんです」


 前までなら、レナに相談するとなると身構えていた。

 仕事の話では頼りになるけど、私には何かとつんつんしてたからね。

 でも、今は前よりずっと話しやすい。



 きっかけは、ラルフが王都へ発って間もない頃、レナと二人になったときのことだ──



『お嬢様。前から謝ろうと思っていたことがあります』

『え?』


 レナに謝られるなんて思ってもみなくて、ぱちぱち瞬きをする。


『私、お嬢様にずいぶん失礼な態度を取っていましたよね』


『あー……』

 心当たりが、ありすぎる。


『私、ラルフさんのことが好きだったんです。でも、ラルフさんはお嬢様ばかり気にかけるから面白くなくて、仕事とは関係ないところでも、ついきつく当たっていました』

『……うん、ちょっと悲しかったよ』

『はい。どんな理由があっても、お嬢様を傷つけていいことにはなりません。思い返すたびに、自分が情けなくなります。本当に申し訳ありませんでした』


 レナが頭を下げる。

 なんだか変な感じだ。

 レナって、謝るときはちゃんと謝れる人だったんだね。


『うん、いいよ!』

『え、軽……いいんですか、罰とか……』

『いいじゃん。私は許した。罰なんて言わないでよ。この話はこれでおしまい! あっ、でも、仕事でよくないなって思ったことは、これからも言ってね?』


 おどけた口調で言うと、レナは下唇を噛んだ。

 泣くのを我慢してるんだなって思った。もちろんそんな茶化しは入れない。


『……当然です。お嬢様は放っておくと、思いついた途端に走り出しますから』


 そこが変わらないなら、なんとなく安心した。

 間違えてることや、だめなことを肯定されたりおべっか言われるのはご免だ。


『ね、これは、仲直りってことでいい?』

『……お嬢様がよろしければ』

『うん!』


 そうなると、前から気になっていたことも聞きやすい。


『──あのさ……レナは、ラルフのことはもう好きじゃないの?』

『一度出かけて分かりました。ラルフさんの中にはお嬢様しかいません。あそこまで清々しいと諦めるにも苦労しませんでしたよ』


 ふふ、と笑うレナからは、ラルフへの未練なんて感じられなかった。


 ちなみに最近、レナに恋人ができた。

 例のイイカンジの人で、すごく仲がいい。

 先日、レナとその恋人が二人で出かけているところを見かけた。

 あのときのレナは幸せそうで、瞳がきらきらしてて可愛かったなあ。


 羨ましい~~!

 私も早くラルフとラブラブいちゃいちゃした~い!



 ……っと、今は琥珀糖の話でした。


 レナに試作のことを話し、ゴードンが戻ってきてからは、海藻を探すところから始めたいと二人に相談した。


 ◇


 寒天の原料になる海藻は、思ったより早く見つかった。

 魚市場で海藻を扱う人や漁師さん、網の手入れをしていた人に聞いてみると、食べられないわけではないけれど、硬くて食用には向かず、網に絡んだら捨ててしまう赤茶色の海藻があるという。

 港の端で見せてもらったそれは、濡れていると赤黒く、乾くと茶色っぽくなる。触ればごわごわしていて、鼻を近づければ磯の匂いがかなり濃い。


「いやあ、こいつが菓子になるんですかねえ」


 疑うのも無理はない。

 私だって知らなかったら、このごわごわを見て砂糖菓子へ結びつける自信はない。


「まずは、今まで捨てていた分を集めてもらえませんか?」

「捨てるもんだから構わねえが……食うんでしょう?」

「食べます!」


 元気よく返したものの、私だけでは説得力が足りないみたい。漁師さんの口は『へ』の字のままだ。


 そこへ、一緒に来ていた菓子職人が海藻を一束持ち上げた。


「ジャクリーンお嬢様の話なら、一度試してみてもいいと思いますよ。魚の形をした菓子を作ると言われたときも、どうなることかと思いましたが、今じゃ売る数を増やしてるくらいですからな」


 作って、失敗して、めげずに直してきた。その積み重ねを、この人たちも知ってくれているのかな?


「じゃあ、何日分か取っておきますね。どうせ捨ててたもんですし」

「ありがとう!」


 翌日から、籠いっぱいの海藻が菓子職人の作業場へ届くようになった。



 さて、ここからが問題である。


 海藻から寒天を作るのは、思ったより面倒くさい。

 最初は水が多すぎて、冷ましても形が保てなかった。

 ならばと海藻を増やしたら、今度は磯の匂いが残った。


 宝石みたいなお菓子を食べて、口の中だけ干潮の磯場になるのは遠慮したい。


 そこで洗い方、水の量、煮る時間、濾す布を変えて試した。

 濡れた海藻では重さが揃わないので、漁師さんには乾かしてから届けてもらうことにした。


 十日、二十日と続けるうち、濾した液は薄い色になり、冷ませば毎回同じ固さになった。


「……できた」


 固めたものから水を抜き、乾かした寒天を持ち上げると、わあっ! と歓声が起きた。


 海藻から作るところは、これで突破かな。

 ラルフが帰ってくるまでに完成を目指すぞ~!

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