29.後悔なんかしない
婚約者(仮)のまま、十日ほどが過ぎた。
兄様からは従者以上の関係は禁止と言われたんだけど、具体的にどこからがだめなのかは未だに教えてもらえない。
今まで普通にしていたことばかりなのに、急に境界線を引かれても分かるわけないよねえ?
◇
そんなある日の午後、王都から私宛ての手紙が届いた。
差出人は、ストーン公爵令息様。
「……」
「開けないんすか?」
「開けるけどぉ……」
ちょっと前のラルフなら、ここで、つん! としていたけど、婚約者(仮)になったおかげか、今日はいつも通り……だよね?
「ラルフ、怒ってない?」
「怒ってないですよ」
その返事と表情に安堵した私は封を切った。
一枚目の便箋に書かれた内容は、前回と同じように、ハイモアの話だった。
当たり障りのない手紙だと思った──二枚目を読むまでは。
最近、ストーン公爵家では、ポール様とオクタヴィウス・ペリンカ侯爵令嬢との婚約について話が出ているらしい。
オクタヴィウス様はポール様の幼馴染で、私が勝手に恋敵認定していた迫力美人の侯爵令嬢である。
へえ、おめでたい話だなあ。
そう思ったのに、続きがおかしい。
『オクタヴィウスに不満があるわけではない。家同士の付き合いも長く、よく知っている相手であり、結婚相手として申し分ない女性だ』と書いてある。
なのに、『どうにも気が進まない』らしい。
さらに三枚目を読み進める。
ハイモアで私と会ってから、以前とは違う私をもっと知りたいと思うようになり、私から届いた返事でハイモアのことを読むのも楽しかったそう。
最後には、今すぐ返事を求めるつもりはないと前置きしたうえで、もし私にもその意思があるなら、『今度は両家を通して、結婚を前提に正式に話を進めることはできないだろうか』と書かれていた。
「ぬぁんでええええ!? 私、報告書みたいな手紙しか書いてないのにぃぃ!」
文通を続ける気があると思われないように気をつけて、ハイモア焼きの販売数とか、暑いとか、そんなことしか書いていないのに。
「意味分かんない。ね、どういうこと?」
「お嬢様が分からないなら、俺に聞かれても分かりませんよ」
「ラルフは男でしょ? 男子の気持ちとか、そういうの分かるでしょ?」
「男なら全員同じ考えしてると思わないでください」
というわけで、お母様とブレンダ姉様に聞いてみることにした。
ついでにお父様と兄様もいたので、以下同文。
家族用の居間で手紙の内容を説明すると、お父様は途中からものすごく複雑な顔になった。
もしかして、ちょっともったいないなとか思ってる?
「ポール君が、ジャクリーンに?」
「うん」
「そうかあ……なるほどなあ……」
「お父様、私、ラルフと結婚するからね。絶対絶対するからね!」
「わ、分かってる」
分かっているならよろしい。
この前までなら、ポール様との婚約話だと喜んでいた人なので、一応釘を刺しておく必要がある。
「どうしてかなあ……私、何にもしてないのに」
「何にもしていないからではなくて?」
ブレンダ姉様がさらりと言う。
「なるほどねえ。ストーン公爵令息様は、もしかしたら積極的な女性がお好きではないのかもしれないわねえ」
お母様も納得したように頷く。
「そのような殿方はいらっしゃいますものね。女性から熱心に追いかけられるより、ご自分から追いかけたい殿方」
「追いかけたい?」
何それ。
「自分に関心の薄い女性のほうが気になってしまう、と言えば分かるかしら?」
自分を好きな人より、自分を好きじゃない人がいいの?
「じゃあ、私が十五歳のとき、ポール様を無視してたらよかったってこと?」
「そういうことでもないと思うわよ」
「どっちなの?」
恋愛、意味不明すぎる。
「なるほど」
横から声がした。ラルフである。
「何が『なるほど』なの?」
「奥様とブレンダ様は、よく分かってらっしゃるなと」
「だから何を?」
私だけ置いていかれている気がする。
納得しているなら説明してほしい。
「世の中には、そういう男もいるってことっすよ」
「む?」
私が納得できずにいる横で、姉様とお母様は何やら楽しそうにしている。
「とりあえず、返事はどうするつもりだ?」
呆れた感じの兄様に問われ、唇を尖らせる。
「断るよ」
そこは考えるまでもない。
「私、ラルフと結婚するんだもん」
ポール様が私を知りたいと思ってくれたことは嬉しい。十五歳の頃の私が聞いたら、歓喜のあまり奇声を上げて床を転がり回るだろう。
オクタヴィウス様との婚約話より私を考えてくれているなんて、昔なら一生分の幸運を使ったと思ったかもしれない。
でも、実際にその話をもらっても、迷いはない。
「お断りの返事、書いてくる」
「文章を考えてやろうか?」
「ううん、何を書くかは決まってるから大丈夫。ありがとう。でも、兄様には、失礼じゃないかだけ確認してほしいな」
「ああ、いいぞ」
よし!
私は部屋へ戻った。
◇
まず、手紙をくれたことと、ハイモアへ来たあとも私の活動に興味を持ってくれたことへのお礼を書く。
そのうえで、私には結婚したい人がいることと、ポール様の申し出は受けられないことを、はっきり書こう。
「……うん、できた」
書き終えた。
「早かったっすね」
ラルフが少し離れたところで待っている。
なんか、ちょこっと不安そう?
「悩むところないもん」
「そうですか」
私は便箋を持って立ち上がった。
「私は、ラルフとしか結婚したくない」
「……」
「あ、もしかして照れてる?」
そんなことない、とか言うのかな〜? と思っていたら、まさかの──
「照れてます」
やだっ! 可愛い……っ!
きゅんきゅん超えて、ズッギューン!!!
「ねえ……今、二人きりだよ? ぎゅってする? しよ?」
ラルフが片手で額を押さえる。
「だめです」
ちえっ。
◇
兄様のところへ持っていくと、最初から最後まで二回読まれた。
「どう?」
「問題ない。断る意思も明確だ。……ただ、本当にこれでいいのか? 後悔しないか?」
「後悔なんかしない」
私は即答した。
「そうか」
兄様はそれ以上何も言わなかった。
手紙はその日のうちに王都へ出した。
◇
ポール様から返事が届いたのは、それからしばらく経った頃だった。
前よりもずっと短い手紙には、私が結婚したい相手を選んでいるなら、自分からこれ以上何かを求めるつもりはないと書いてあった。
突然こんな話を持ち出したことへの謝罪と、正直に答えてくれたことへの礼も添えられている。
そして最後に、『君が王都にいた頃に、今のように話すことができていたなら、違う未来もあったのかもしれなかった』とあった。
「……『違う未来』かあ」
十五歳の頃の私は、それが欲しかった。
ポール様と結婚して、ストーン公爵家へ嫁いで、ずっと隣にいる未来。そのためなら何でも頑張れると思っていた。
でも、全部やり方を間違えていた。
もしあの頃から今みたいに話せていたら──
……どうだったんだろう?
考えてみるけど、答えは出ない。
だって、どんなに考えたって『もしも』は起こらないし。
手紙の最後には、私が選んだ相手と幸せになれるよう願っている、と書いてある。
「……ありがとうございます、ポール様」
返事は書かない。
求められていなかったし、私から伝えることも、もうない。




