28.婚約者(仮)
「じゃあ、お父様たちに報告しに行こう!」
私は屋敷の中へ向かおうとした。
ところが、二歩目で腕を掴まれた。
「待ってください、俺から話します」
「えっ」
振り返ると、ラルフはもういつもの顔に戻っていた。
従者服を着た顔面治安の悪い男。
「私が言うからいいのに」
「お嬢様は、俺が話したあとにしてください」
「どうして?」
「こういう話は男からするもんです。それに、報告ではなく、許可をもらうんです」
「……はあい」
◇
居間には、お父様とお母様、兄様、ブレンダ姉様が揃っていた。
姉様は、私と目が合うと意味深に笑った。
ちゃんと求婚したし、ラルフからも求婚されたよ~! と、目だけで伝えてみる。
「お父様、あのね!」
私は早速話そうとした。
「お嬢様」
そうだった。ラルフからでした。
私が一歩下がると、ラルフが私より前へ出た。
「旦那様。奥様。トリスタン様。ブレンダ様。お話があります」
お父様が持っていたカップを置いた。
「どうした、改まって」
ラルフはお父様の前へ立ったまま、頭を下げた。
「お嬢様との結婚を、お許しいただきたいです」
お父様はラルフと私を前に、何度も目をぱちぱちさせた。
「……結婚? 誰が? 誰と?」
「俺と、ジャクリーンお嬢様の結婚です」
今度こそ私の番である。
「うん! 私、ラルフと結婚したい!」
私は胸を張った。
「私から先に好きって言って、結婚したいって言ったの。それでラルフも私が好きだって言ってくれて、ラルフも結婚してくださいって言ってくれたから、結婚するって返事をしたの」
一気に説明する。
「まあ」
お母様が頬へ手を添える。
「あらあら。そうなのねえ」
ブレンダ姉様に至っては、嬉しそうに笑っている。
「よかったわね、ジャクリーン」
「うんっ!」
「待ちなさい」
お父様が両手を上げた。降参ポーズ?
「どうしてそんなに普通に受け入れてるんだ?」
「私は先ほど相談を受けましたので」
と、姉様。
「私も何となく、『そうなのではないかしら?』と思っていましたよ。あなたったら、本当にお気づきではなかったのねえ」
と、お母様。
「何に!?」
お父様のツッコミにお母様は少し考えてから答える。
「二人がとっても仲良しなことに、よ」
「それは知っている!」
仲良しで、お互い好きで、結婚したい。問題は見当たらない。
そうでしょ?
「父上、母上の言葉に乗せられないでください」
それまで黙っていた兄様が口を開いた。
「話を進めるのは、まだ早いです」
出た、クソ真面目系兄様!
兄様は私ではなく、ラルフを睨んでいる。
ちょっとやめてよ、私の好きな人を睨まないで。
「結婚したいという意思は分かった。だが、お前は現在、平民だ。ジャクリーンは伯爵令嬢で、このままでは貴賤結婚になる。この国では認められないことも分かっているな?」
「はい」
「だが、貴族家の養子になれば結婚できる」
なあんだ、兄様ってば結局許してくれるんじゃないの。
もう、ツンデレ〜。
「ただし、養子縁組は名前だけ借りれば済む話ではない。まず、お前を養子として迎える貴族家を探す必要がある。相手が了承すれば終わりでもない。正式に養子縁組をしたあと、少なくとも一年はその家で暮らさなければならない」
「一年?」
二人の話し合い中だが、思わず口を出してしまった。
「養子縁組を利用し、婚姻のためだけに名を貸す家が出ないよう定められている。その家の一員として生活し、家族として認められた実績が必要になる」
「一年って、三百六十五日?」
「そうだ」
「ここから通うのはだめなの?」
「養家で暮らすのが決まりだ」
「姉様! そんなの聞いてないよ!」
「あら、そうだったわねえ、ごめんなさいね。言い忘れてたわ」
かっるぅ。
「ひどいよ!」
「おい、ブレンダを責めるな」
兄様に言われ、はっとして姉様に謝ると、「いいのよ」とこれまた軽い返事。ふわっふわっ。
「それから、正式に養子となればラルフはお前の従者を辞めることになる。他家の息子を、キャロル家の従者として置いておくわけにはいかない」
「従者を辞めます」
「養家へ入れば、そちらの家の予定が優先だ。貴族として必要な教育も受けることになる」
「でも、会うくらいはできるでしょう?」
私はまた口を挟んだ。
「相手の家にもよるが、多くても月に一度か二度だろうな」
何それ。
「毎日会えないってこと? 月に一回とか二回って、少なすぎない?」
「お前ではなく、ラルフに話している」
「だって!」
「ジャクリーン」
兄様に名前を呼ばれた。
むううう!!!
せめて週に一回とか、三日に一回とか、夕食だけこっちで食べるとか、どうにかならないの?
でも、これはラルフが決める話なんだ。姉様にも言われたし、ラルフにも無理強いはしないと約束した。
私は唇を尖らせたまま黙った。
「ラルフ」
兄様が呼ぶ。
「はい」
「その一年、お前はジャクリーンの従者ではない。今までのように毎日そばにはいられない。それでも養子になるのか」
「……」
ここまで、ラルフは何を言われても迷わず返事をしていた。
なのに、今度は黙ってしまった。
「ラルフ……?」
名前を呼ぶと、ラルフは困ったように眉を下げた。
一年間、毎日会えなくなるなんて嫌。
誕生日の夜、来年も、その次もプレゼントを交換しようと約束したのに。
ずっとそばにいるとも言ったのに。
やがてラルフが兄様へ向き直った。
「……なります。なりたいです」
「貴族家へ平民出身の養子が入れば、皆が歓迎するとは限らない。こちらも相手は選ぶが、親族の全員が好意的かどうかまでは保証できん。従者上がりだと軽く見る者もいるだろう」
兄様は、容赦がない。
「今の話で想像していたより面倒だと分かったはずだ。養家で肩身の狭い思いをするかもしれない。……いいのか?」
「問題ありません」
「ジャクリーンに頼まれたからか? 妹に結婚したいと言われたから、その望みを叶えようとしているだけではないのか」
ラルフは兄様へ向き合ったまま答える。
「違います。俺が、お嬢様と結婚したいからです」
ああもう、ラルフってば格好いい!
ますます好きになっちゃう。
「分かった」
え? 今、分かったって言った?
兄様はお父様へ顔を向けた。
「父上。俺は反対しません」
「トリスタン!?」
お父様が叫ぶ。
私も驚いた。
むにぃぃ、とほっぺを摘まむとラルフにやんわり外された。
「待ってくれ。ラルフをよその家の子にするのか?」
「そこぉ?」
思わず聞いてしまった。
「だって十年以上も我が家にいるんだぞ!?」
お父様ったら、ラルフのこと心配してるの? 私(娘)が取られるからとかじゃなくて?
「あなた」
お母様がお父様の腕へ手を添える。
「ラルフがいなくなるわけではありませんよ」
「でも、一年よそへ行くんだろう? チェスの相手だって、しばらくしてもらえなくなるじゃないか」
「ラルフが帰ってきたら、また相手をしてもらえばいいでしょう? それに、ジャクリーンと結婚したら、今度は本当に家族になるではありませんか」
「……ああ、確かにそうだな」
お父様、ラルフのこと好きすぎじゃない?
「それに、ジャクリーンのお相手がラルフなら、私は安心ですわ」
「……まあ……うん」
「知らない方へ娘をお願いするより、ずっと安心でしょう?」
「……そう、だな」
「ジャクリーンも幸せそうですし。ね?」
お母様が私におっとり微笑む。
「うん! 幸せ! すっごく!」
お父様はしばらく黙っていたけど、最後には大きく息を吐いた。
「……なら、いいだろう」
「ほんと!?」
「ああ。ただし」
兄様だけじゃなく、お父様にも『ただし』があるの?
「ラルフ、ジャクリーンを泣かせるなよ」
「はい」
「では」
じーんと感動していたところで、兄様が話を戻す。
「養子先が決まるまで、この件は必要な相手以外には伏せる。ラルフを受け入れる家が見つかり、先方との話がまとまってから正式な婚約の手続きへ進むぞ」
「……じゃあ、今の私とラルフはどういう関係になるの?」
「家の中では、お前たちが結婚する意思を持っていることを認める」
「それって? つまり? 婚約者?」
「正式には違う」
兄様の返事が飛んできた。
「でも家の中では認めるんでしょう?」
「結婚を前提とした関係としてはな」
「じゃあ婚約者じゃん!」
「だから正式には違うと言っている!」
ややこしい。
「つまり、婚約者(仮)ってこと?」
兄様が嫌そうな顔をした。
違うの? でも、ほかに何て呼べばいいのさ。
「養子先が決まり、正式に婚約するまでは、ラルフはお前の従者だ」
「うん? 知ってるけど?」
「従者以上の関係は許さん」
従者以上の関係???
それって──
「どこからが従者以上?」
「聞くな」
「だって分かんないもん。手は? 繋いでもいい?」
「……お嬢様、もうやめましょう」
ラルフに止められた。
なんでラルフが兄様側なの?
ブレンダ姉様がとうとう笑い出した。
お母様も口元へ手を添えているし、お父様は困ったように笑っている。
兄様はというと、眉間の皺を深くしていた。
……婚約者(仮)になった初日だというのに、早速兄様から禁止事項を言い渡されちゃった。
一年離れなければならないことも、ラルフが従者を辞めることも嫌だ。
でも、ラルフは全部聞いたあとで、結婚したいと言ってくれた。
私に頼まれたからではなくて、自分がしたいから、って。
なら、耐えよう。
ラルフの養家かあ。
優しくて、ラルフを虐めなくて、できればハイモアから近くて、ご飯も美味しいところがいいな。




