27.求婚
「そう。なら行ってらっしゃいな」
ブレンダ姉様ったら、紅茶のお代わりでも勧めるみたいな軽さで言う。
「えっ! 今?」
思わず聞き返すと、姉様は不思議そうに首を傾げた。
「求婚するのでしょう?」
「するけど……するけどさあ、心の準備とかさあ……」
「これ以上、何を考えるの?」
当然のように返され、私は言葉に詰まった。
ここで姉様の部屋に居座ってうじうじしていても、ラルフと結婚できるわけではない。
「……行ってくる」
「ええ。行ってらっしゃい」
私は椅子から立ち上がった。
部屋を出て扉を閉めたところで、はて? と首を傾げた。
求婚って、どうすればいいんだろう。
好きです? 結婚してください?
そのまますぎる?
こういうとき、貴族令嬢なら、もっと品のある言い方をするものでは? これから先の人生を共に歩んでいただきたい、とか。末永く私の隣にうんたら〜とか。
……でも私がそれを言うの?
ラルフを前にして?
想像だけで無理だ。
とりあえずラルフを見つけよう。この時間なら、たぶん訓練場の近くのはず。
私は階段を下り、そのまま庭へ出た。
訓練場へ続く道の脇には花壇があり、夏の日差しの下で百日草が咲いている。赤、橙、黄色。丸く重なった花びらが暑さにも負けず上を向いている。
そして、その前にラルフがいた。
休憩だから剣は持っていない。従者服のまま花壇のそばに立ち、花を眺めている。
十三年一緒にいるけど、ラルフが花好きだと思ったことはない。
たぶん、することがないから見ているだけだ。
……じゃなくて。
求婚するんだってば。
さっきまでは、言える気がしていた。
ところが実物のラルフを目の前にすると、頭の中へ並べていた言葉が、一斉にどこかへ逃げていった。
「ラルフ」
呼ぶと、ラルフがこちらを向いた。
「採寸は終わりましたか?」
「あ、うん、終わったよ」
何も測ってないけど。
ラルフは私の返事を聞くと、花壇から離れてこちらへ来た。休憩は終わりだと思ったらしい。
「ラルフ、あのね」
「はい」
「……えっとね……」
ラルフは急かさず、私の続きを待っている。
私は一度口を開いた。
でも、言葉が出ない。
「……その」
また止まる。
ラルフの眉が寄る。
「お嬢様?」
何か言わなきゃ。
「……私、ラルフが……好き」
言っちゃった。
途端、ラルフはぴたりと動きを止めた。
目も眉も口元も動かない。
驚いて目を見開くわけでも、困った顔をするわけでもなく、完全な無表情。
何その顔。嫌なの?
もしかして、昨夜の嫉妬は好きとは全然別のものだったりする?
「そ、それで、ラルフと結婚したい!」
「……お嬢様は、俺が何なのか分かって言ってます?」
「分かってるよ」
何その質問。今さらラルフが何者か分からないわけないじゃん。
「貴賤結婚は、この国では認められてません」
ついさっきまで、それで私も人生が終わったみたいな気持ちになってた。
「知ってるよ。でもね、貴族のお家の養子になればいいって、ブレンダ姉様から聞いたの」
「……養子?」
「うん。そうすれば身分の問題は何とかなるんだって」
そこまで言って、私は慌てて付け足した。
「でも、ラルフが嫌なら無理にとは言わないよ!」
ラルフは固まったまま、私の顔をじっと見ている。
そんなに見られると困る。
こっちは今、人生初のまともな告白と求婚を一度に済ませたところなのだ。顔だって熱いし、手も落ち着かないし、できることなら花壇の百日草に混ざって隠れたい。
やがて、ラルフが口を開いた。
「……俺でいいんですか」
私は瞬きをした。
ラルフでいいか?
違うよ。
「ラルフがいいの」
ほかの誰かでもいいから結婚したいわけではない。ラルフがいい。
ずっと一緒にいた、この人がいい。
「あ、でも……養子になったら、大変なこともあるって姉様が言ってた。ラルフに頑張ってもらわないといけないことがいっぱいある……」
言ってから、今これを言う必要があったのかと不安になった。
でも、いいことだけ言って結婚してほしいなんて、それはずるい気がする。
「そうっすね。相当苦労するでしょうね」
ラルフが何を言うのか怖くて、俯く。
「……だとしても、俺は、お嬢様が好きです」
え?
聞き間違いじゃない、よね?
「ほ、ほんと? 恋愛的な意味で?」
「はい」
今度こそ聞き間違いじゃない。
「ラルフ!」
嬉しくなって、そのまま抱きつく。
「うわっ」
ラルフの体が揺れた。
「お嬢様、ちょっと」
「なあに?」
顔を上げると、ラルフは眉を下げ、どうしたものかと私を見ている。
「……だったら、今度は俺から言わせてください」
「何を?」
ラルフは私の肩へ手を置き、抱きついた私との間をあけた。
ラルフは一度息を吐き、私の目を見つめる。
「お嬢様。俺と結婚してください」
「する! ラルフと結婚する!」
一秒だって迷うわけない。
私が答えると、ラルフは大げさな息を吐いた。
……あれ?
もしかしてラルフも、緊張してたの?
そう思ったら、ますます嬉しくなって、私はにやにやする。
「じゃあ、私たち婚約したの?」
「してません」
間髪容れずに否定された。
「なんで? 今、求婚されて、私も結婚するって言ったでしょ?」
「旦那様たちに許可をもらっていません。だから、俺はまだお嬢様の従者です」
私は口を尖らせる。
「でも、結婚するんでしょう? したいよね?」
「……したいです」
現時点では、お父様もお母様も兄様も知らないし、ラルフはまだ平民で、私の従者のまま。
だけど、言質は取れた。
嬉しすぎて、もう一度ラルフへ抱きつく。
今度は、ラルフの腕も私の背中へ回った。
ぎゅうっと抱きしめられると、私の体はラルフの腕の中へすっぽり収まる。
なんだろう。すごく、ぴったり。
パズルの最後の一片が、カチッとはまったときみたい。
嬉しくてラルフに頬を寄せると、どくどく、どくどく、と音が聞こえてきた。
ん? これ、ラルフの心臓の音?
私だってこんなにどきどきしてるのに、ラルフのほうがもっと速いんじゃない?
……そっかあ。ラルフも私のことが大好きなんだね。




