25.どうして普通なの?
『…………俺の嫉妬です』
目を開けて、寝返りを打つ。
しばらくして、もう大丈夫かなと目を閉じる。
『俺は従者以上にはなれません』
また目を開ける。今度こそ寝ようと枕を抱え直せば、『今の発言は忘れてください』が、脳内で再生される。
忘れられるかー!
ラルフはポール様に嫉妬した。でも、好きとは言われてない。
従者以上にはなれないって、なりたいけどなれないという意味?
それって、ラルフも私のことが好きってことなのかな。
でも、もし違ったら?
私が好きになったから、都合よくそう聞こえているだけだったらと思うと、確かめるのが怖い。なのに、もしかしたらって思っちゃう。
考えても考えても同じところへ戻ってきて、結局ほとんど眠れないまま朝になった。
恋って、こんなに睡眠へ悪影響を及ぼすものなの?
前世の恋愛事情を思い出して参考にしようとしても、そちらはあまり役に立たない。
チヨコめ……!
朝の支度を終えて鏡を見ると、顔色そのものは悪くないものの、目の下がなんとなく重たい。
淡い桃色の髪も、今日はいつもより艶がない気がする。
「ん~~~」
目を大きく開いて誤魔化そうとしていたところへ、扉を叩く音がした。
「お嬢様、入りますよ」
肩が跳ねる。
「ど、どうじょっ」
噛んじゃった。
入ってきたラルフは、普通だった。
いつもの従者服を着て、いつものように私の机へ出しっぱなしになっていた紙を重ね、いつも通り窓の外を確認している。目つきの悪さ含め平常運転だ。
昨夜、私の部屋の前で嫉妬だの従者以上にはなれないだの言った人とは思えない。
「今日も暑くなりそうですね。昼から昨日より気温が上がるそうですよ」
どうして、そんなに普通なの?
私は一晩中あなたのせいで眠れなかったんですけどぉ!?
恨めしく眺めていると、ラルフがこちらを向いた。その目が私の顔で止まり、眉間へ皺が寄る。
「お嬢様、寝不足ですか?」
ラルフは私の前に来ると、顔色を確かめるように身をかがめた。
ちょっ……近いよ、やめいっ。
「ね、寝たよ?」
ラルフの手が額へ伸びてきた。
「っ!」
待って待って。昨夜あんなことを言った人が、どうして平然と触ろうとしてくるの!? こっちは目を合わせるだけでも大変なのに!
逃げようと考えたところで、ひんやりした手のひらが額に触れた。
気持ちいい……じゃなくて! 私、今どんな顔してるの!?
目を合わせる勇気がなくて、ぎゅっと目を閉じる。
「熱はなさそうですね……。でも、無理しないでくださいよ」
「う、うん」
ラルフは手を離すと、また机の上の紙へ目を向けた。
困ったなあ。
こんな調子で一日過ごせるのかな。
◇
朝食を終え、昨日ラルフと話していた通り、市場へ行くことになった。
部屋に籠もってラルフと二人でいるより、外へ出て人の多いところを歩いていた方が気が紛れるかもしれない。
「お嬢様、帽子忘れてますよ」
玄関まで来たところで呼び止められて振り返ると、ラルフが私の日除け帽子を持っていた。
「あ、ありがと」
受け取ろうとしたら、ラルフは渡さず、そのまま私の頭へ被せた。
まただ。
昨日までは当たり前にしてもらっていたのに、今はラルフが近づいてくるだけで何を話せばいいか分からない。
何か言おう。えっと、ありがとうはさっき言ったし、今日は暑いね……は、ラルフがもう言ってたっけ。
むむぅ。話題がない。
なくても平気だったのに落ち着かないし、どうしたらいいの?
結局、帽子のつばを押さえただけで何も言えず、そのまま外へ出た。
市場へ行ったところで、本当に気が紛れるのかなあ。
◇
朝なのに日差しはもう強く、石畳の上には建物の影がくっきり落ちている。なるべく日陰を選んで市場へ向かっていると、前から荷車が来た。
癖で、私はラルフの袖へ手を伸ばすものの……そこで止まる。
好きだと分かったら、もっと素直になれると思っていたのに、伸ばしかけた手が空中で迷子になっている。
結局、手を引っ込めると、ラルフが振り返った。
「どうしました?」
「な、何がぁ!?」
──挙動不審、再び。
ラルフは不思議そうにしたものの、ちょうど荷車が近づいてきたので、私を壁際へ寄せて自分が車道寄りへ移った。
ほら、またそういうことする〜〜っ!
◇
市場をひと回りして屋敷へ戻る頃には、私は暑さとは別の理由で疲れていた。
人の多いところなら気が紛れると思っていたのに、結局ラルフのことばかり気にしてしまった。
私が勝手に意識して、勝手に慌てている間も、ラルフは何も変わらない。
昨夜あんなことを言ったくせに、いつも通り私を気遣ってくれるのだから、どう受け取ればいいのか分からなくなる。
屋敷へ戻って帽子を外そうとすると、飾り紐が引っ掛かってしまった。
あれ? 取れない……。
「お嬢様、貸してください」
ラルフが手を伸ばしてきたので、私は帽子から手を離した。絡まった飾り紐をほどく指先が目の前にあって、どうにも落ち着かない。そんな私の様子など気に留めることもなく、ラルフは器用に紐を外していく。
「取れましたよ」
顔を上げると、ラルフは帽子を私へ返してくれた。受け取りながら何か言おうとしたけど、いつもと変わらない顔でこちらを見ているラルフを前にすると、聞きたいことも言葉にならない。
「…………なんで、そんなに普通なの?」
ついに、口から出た。
ラルフが眉を寄せる。
「はい?」
「……なんでもないっ」
私はラルフに背を向け、そのまま廊下を歩き始めた。
もうっ!
こっちは一晩中眠れなくてどきどきしっぱなしなのに、なんで原因を作った本人だけ何事もなかったみたいに普通なの!?
忘れてくださいって言われたよ? でも私は無理!
ラルフは何もなかったことにしたいのかもしれないけど、私は自分の気持ちに気づいちゃったんだもん!
「お嬢様、どこ行くんすか?」
「姉様のところ!」
「ブレンダ様に何か用事でもあるんですか?」
「今できたの!」
私は廊下をずんずん進んだ。




