24.あ、そっか
翌日、私はラルフと共にミドルトン商会を訪ねた。
ハイモア焼きを三十匹へ減らしたことを報告し、秋になったらいつ頃から数を増やすか相談するためである。
ゴードンは菓子職人から届いた売り上げの記録を確認し、椅子の背へ体を預けた。
「増やす時期は、涼しくなってからだな。いきなり八十にはしないぞ。様子を見つつだ」
「寒くなる時期の目安ついてる? 何日くらい、とか」
「そうだな。三番地の暑がりジジイが、首に手ぬぐい巻く頃じゃねえか」
三番地のおじいさんといえば、日が高いうちから酒を飲んで海を眺めたり、若い人たちとカード遊びをしたりしている、くるくるっとした髭のおじいさんである。
見た目はかなり怪しいけれど、子供が誘拐されそうになったところを助けたり、他領から来た軟派な商人に絡まれていた娘さんを助けたりと、実は港の治安を守ってくれている人なのだ。
市場の人たちから感謝されているし、お父様とも古い知り合いなんだよね。
「あのおじいさんの手拭いが、秋の目安になるの?」
「毎年、誰よりも早く暑がって、誰よりもだらだら暑がってるからな。あの爺さんが手ぬぐい巻き始めたら、秋も本番だろ」
「へえ……じゃあ、素敵な手ぬぐいプレゼントしようっと。何色が好きか聞かなきゃね」
面白い秋の確認方法だなあ。
私は手帳へ、ピンクのインクの万年筆で今聞いたことを書き込む。
「お嬢様、日付も書いてください」
「はあい」
ラルフに言われ、紙の上へ今日の日付を書き足す。
「よし、書いたよ」
「はいはい」
ラルフが笑った。
機嫌直ったのかな?
よし、今なら聞けそう……!
「ねえ、ラルフ」
「はい?」
「ポール様への返事なんだけど、昨日、姉様に相談してね。手紙のお礼とハイモアの近況だけ、短く書こうと思うんだけど、どう思う? いいかな?」
「俺に許可を取る話じゃないでしょう」
つん!
「……ねえ、なんでそんな言い方するの?」
「普通に答えただけです」
「普通じゃないし」
「普通です」
私は口を尖らせた。
「お前ら、喧嘩でもしてんのか?」
「してない」
「してねえ」
声が重なった。
ゴードンの眉が上がる。
「してんじゃねえか」
「してないよ、ラルフが勝手に怒ってるだけ」
「怒ってませんよ」
「ほら! それ!」
「何が、ほらそれ、なんすか」
ゴードンが腹を抱えて笑い始めた。
「笑い事じゃないよ、ゴードン!」
「いや、悪い悪い。お姫さんと従者くんがこんな分かりやすく揉めてんの、珍しいと思ってな。つーか初めて見たわ」
「揉めてねえよ」
「じゃあなんでつんつんなの?」
「仕事に関係ないでしょう」
「関係なくないよ! 気になる!」
途端、ゴードンもラルフもぴたりと黙る。
……何?
「いつもと違ったら気になるよ? そうでしょ?」
ゴードンは私からラルフへ目を移した。
「従者くん、苦労すんなあ。かわいそ」
「はあ? 何が?」
「別に」
今度はゴードンまで意味不明なことを言い始めた。
なんなの? 暑さのせいで男の人たちの会話能力が落ちているの?
塩分と水分取った方がいいよ?
◇
ポール様への返事は、その日のうちに書いた。
ハイモアを訪ねてくださったことと手紙へのお礼を書き、ハイモア焼きは夏の暑さで三十匹へ減らしていること、秋にはまた売れる数が増えるかもしれないことも添えた。
最後に、王都でも暑い日が続くと思うので体調に気をつけてください、と書いた。
次の手紙を待っています、とは書かない。
兄様にも見てもらい、「問題ない」と言われたので、封をしてストーン公爵家へ送ることになった。
クソ真面目系の兄様が「いいんじゃないか」と言うのだから、色気もへったくれもない報告書寄りだということが分かって、超安心安全の出来である。
これで一件落着……のはずなのに、ラルフはまだつんつんしてる。
ポール様の名前を出したときだけ、つん! な態度なの。
もうっ! なんなの!
◇
寝る前、私は私室の前で足を止めた。
ラルフが扉を開ける。
「明日は朝食のあと、市場へ行きましょう。昼前には暑くなるんで、その前に戻りますよ」
「うん」
私は部屋へ入り、扉のところで振り返った。
「では、おやすみなさい」
ラルフが離れようとする瞬間──
「待って」
袖を掴んで、引き留める。
「……どうして怒ってるの?」
「怒ってないです」
私は袖を掴む手へ、ぎゅっと力を込める。
「じゃあ、なんでポール様の話すると、顔が怖くなるの?」
「……」
「言ってよ。直すから……」
口にしたら、急に心細くなった。
ラルフは、だめなものはだめと言う。大体正しい。
だからきっと私が悪い。
「私が、また何か変なことしたんでしょ? ポール様に返事したの、だめだった? でも、返事しないほうが失礼でしょう? 文通したいなんて返事は書いてないよ。兄様にも見せて、問題ないって言われたし」
「お嬢様」
「うん?」
ラルフが、困ったように眉を寄せる。
「すみません。本当に怒ってないです。……俺がガキなだけなんです」
「……?」
ラルフが懐からハンカチを出し、私の目元へ当てた。
「泣かないでください」
「泣いてないよ」
視界がちょっと歪んで、目が熱くなっただけだもん。
「すみません」
「? 私、怒ってないよ?」
なんで謝られたのか分からず、首を傾げる。
ラルフは何か言いかけ、やめた。
「ねえ、ラルフ」
「はい」
「私と、ずっと一緒にいてくれるんでしょ?」
十八歳の誕生日の夜に約束した。
「なら、私のだめなとこ話して? 遠慮しなくていい。兄様に告げ口なんかしないから」
「告げ口されて困るようなこと言ったことないでしょう」
「あるよ。いっぱいある」
「どれです?」
「えーっと……いっぱい?」
「適当っすね」
いつもの言い方に戻ったのが嬉しくて、私は袖を掴んだまま笑った。
「ねえ、言ってよ。何が嫌だったの?」
ラルフは答えないまま、視線を私から外す。
「……本当に怒ってないんですよ」
「じゃあ、何?」
私がもう一度聞こうと息を吸ったところで、ラルフが口を開いた。
「…………俺の嫉妬です」
嫉妬? 誰が? ラルフが? 何に?
頭の中へ疑問符がぽこぽこ増殖する。
「え、嫉妬って……?」
「忘れてください」
「待って? 意味分かんないよ?」
「分からなくていいです」
「よくないよ。ラルフが嫉妬って、誰に? ポール様?」
ラルフの眉間へ皺が寄った。
当たり?
「なんでポール様に嫉妬するの?」
「お嬢様」
「うん」
「俺は従者以上にはなれません」
何それ。どういう意味?
ラルフは私の手から、自分の袖を抜いた。
「今の発言は忘れてください。……おやすみなさい、お嬢様」
「え、ちょっと、ラルフ──」
扉が閉まった。
開けて追いかけようかと思ったけど、足が動かない。
嫉妬。従者以上にはなれない。忘れてください。
「……何?」
私は寝台まで歩き、そのまま飛び込んだ。
もふんっと体が跳ね、その勢いでもう一度バウンッと跳ねてから、枕へ顔を埋める。
なんでラルフがポール様に嫉妬するの?
私がポール様から手紙をもらったから?
文通すると思ったから?
お父様が婚約できるかもって言ったから?
それで機嫌が悪かったの?
従者以上にはなれないって、何?
従者じゃなかったら、何になりたいの?
「…………」
顔が熱い。
心臓が、ばくばくしている。
ラルフが私の額へ触れようとすると逃げたし、腕を掴まれただけで気になった。髪を耳へ掛けられた日は、変な声まで出た。
レナと二人で出かけた日は面白くなくて、もう出かけないと聞いたら嬉しかった。ポール様から文通を頼まれたときも、手紙が来た昨日も、ラルフのことばかりが気になってた。
あ、そっか。
「私、ラルフのこと、好きなんだ」
言った直後、全部がつながった──好きだからだったんだ。
「…………~~~~っ!」
私は枕を抱え、寝台の上で転がった。
恥ずかしい! いつから!? いつからなの私!
でも──
ラルフは言った。
『今の発言は忘れてください』
「……忘れられるわけないじゃん」
そして、眠れるわけもなかったのである。




