20.お揃いバースデー②
しばらく万年筆を眺めていたところで、私はずっと聞きたかったことを聞いてみることにした。
「ねえ、ラルフ。……この前のお休み、レナと何してたの?」
「唐突っすね。今さら聞きます?」
ぷくう、と頬を膨らませると、ラルフは新しい手袋の箱を脇へ抱え直した。
「飯食って、店を見て、港を歩いて、それでお開きです」
「何食べたの?」
「魚のパイとスープですね」
「どこの店?」
「市場の東の端にある店です」
「何を見て回ったの?」
ラルフは考え込む様子もなく、いつもの調子で続ける。
「布とか、小物とか、雑貨とかっすね」
「……ほかには?」
「以上です」
きっぱり言うし、あまりにも普通だ。
男女二人で出かけたのだから、何か特別なことがあったのかと思っていたのに。
いや、特別なことって何……?
自分で聞いておいて、想像しようとすると腹が立ってくる。
ええい、やめやめ。
「……また出かけるの?」
「その予定はありません。きっと俺なんかとまた行きたいなんて言わないですよ」
「なんで?」
「さあ?」
ラルフはそこで話を終える気らしい。
「なんで分からないの?」
「本人に聞いてくださいよ」
「……む」
はぐらかされた。
レナに「ラルフとまた出かけたい?」なんて、気まずすぎて聞けるわけがない。
でも、もう二人で出かける予定はない。
それを聞いて、私は喜んでいる。
……私ってば、性格悪っ。
「お嬢様?」
「……レナに言われたこと、考えてたの」
「何を言われたんです?」
「私がラルフを連れ回してて、ちゃんと休ませてないって」
「ああ……だから急に休みをくれたんですね」
責められている気がして、私はうさぎを抱えたまま唇を尖らせた。
「言われて、ちゃんと考えたの」
「考えた結果が、俺の代わりの人間の手配っすか?」
こくん、と頷く。
兄様の従者さんには悪いことをしたと思っている。
私がいつもの癖で三回くらい「ラルフ」と呼びかけ、三回ともラルフじゃない人が返事をした。
向こうは困っただろうな。私も困ったもん。
まあ、ゴードンだけはおかしそうに笑ってたけどね。
なんだか、私は昔からラルフのことを勝手に決めてきた気がする。
「……ラルフの誕生日、私が決めたよね」
「そっすね」
私が五歳だった頃。家へ連れて帰ったラルフは、名前以外のことを話さなかった。
ある日、私が自分の誕生日の話をしていて、ふとラルフへ聞いたのだ。
『らるふのおたんじょびはいつなの?』
『知らない』
『じゃあ、わたしとおなじにしよ? いい?』
『……いいけど』
誕生日だけではなく、年齢も同じになった。
ラルフが何歳なのかも分からなかったため、私と同じくらいの身長だし、同じ年でいいよね! という驚異の判断で。
今考えると、雑の極みである。
たぶんラルフのほうが一、二歳は上だと思う。
もしかすると今日で二十歳くらいなのかもしれない。
でもそれは本人にも分からないし、誰にも分からない。
だから今年も、ラルフは私と同じ十八歳ということになっている。
「誕生日、私と同じにされて嫌じゃなかった?」
ラルフは目を丸くした。
「何ですか、急に」
「だって、同じにしよって言って、そのまま決めちゃったんだもん」
「どうでもよかったですけどね、当初は。……誕生日が何日だろうが、俺には関係なかったんで」
そう言ってから、ラルフは私の手にあるうさぎへ目を向けた。
「でもまあ、今ではよかったって思ってますよ」
「そうなの?」
私は首を傾げた。
「はい。毎年、お嬢様が祝ってくれますからね」
「……嬉しい?」
「すっげえ嬉しいですよ」
それなら、来年もやるのかな。
十九歳になっても、その次も。私が、お嫁に行っても──
私はラルフを見上げた。
「ねえ。ラルフって、これからも私の従者でいる?」
「そのつもりですけど」
「ずっと?」
自分で聞いてから、子どもみたいな質問だと思った。
人はずっと同じ場所にいるとは限らない。
兄様は今年、ブレンダ姉様と結婚する。
私だって十八歳になった。
私に甘い両親が今すぐに結婚を急かすことはないけど、結婚しない選択をする貴族女性はこの国には少ない。
だからいずれは私は家を出て行かねばならない。
ラルフにも、いつか別の仕事をしたい日が来るかもしれない。
騎士団から声をかけられたこともあるくらいだ。今まで断ってきたからといって、これからも同じとは限らない。
「ずっとお嬢様のそばにいます。離れることはありません」
鼻のあたりが、つんとする。
どうして私、泣きそうなの?
悲しいことなんて一つも言われていないのに。
「それって、拾った恩?」
「恩だけなら、とっくに返しましたよ」
「……確かに」
五歳のときから、それはもう迷惑をかけまくりで尻拭いをさせてきた。
恩、もうないね。
「でもさ、そんなに迷惑かけた?」
「数えます?」
「やだっ」
ラルフが笑って、私も笑う。
泣きそうになったのが恥ずかしくて、うさぎの耳で顔を隠す。
「でも、よかった」
「何がです?」
「これからもずっと一緒って分かったから。ねえ、来年も再来年も、その次もプレゼント交換しようね」
「……はい、しましょう」
寒くて頬が冷えていたはずなのに、笑っていたら気にならなくなった。
私はうさぎと万年筆を抱え直した。
「じゃあ、部屋に戻りましょう。風邪をひきますよ」
「平気だよ」
言ったところで、ラルフが先に扉を開けた。
「平気でも戻ります」
ラルフに続いて、暖かい廊下へ戻った。
自室の前まで送ってもらい、私は扉へ手をかける。
「ラルフ、誕生日おめでとう」
「お嬢様も。十八歳、おめでとうございます」
「うん、ありがと。おやすみ」
「おやすみなさい」
扉を閉めると、部屋には私だけになった。
昼間にもらった贈り物が、机や長椅子へ並べられていた。
その中へ、ラルフからもらったうさぎを置く。
今日は、いっぱい祝ってもらった。
苺も美味しかったし、贈り物も嬉しかった。
なのに、頭に浮かぶのはベランダで話したことばかり。
『その予定はありません』
私はうさぎの耳をつまんだ。
ベランダでは寒かったのに、今は耳が熱い気がするし、心臓もどきどきしている。
「……変なの」
私は両手で頬を押さえた。
「なんで?」
考えても分からない。
分からないのに、ラルフが言った言葉を思い出すと、また顔が熱くなる。
『なんで』がいっぱいで、頭が爆発しちゃいそう。
「もう、なんなの……」
私はうさぎを抱え、寝台へ倒れ込んだ。




