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20/24

20.お揃いバースデー②

 しばらく万年筆を眺めていたところで、私はずっと聞きたかったことを聞いてみることにした。


「ねえ、ラルフ。……この前のお休み、レナと何してたの?」

「唐突っすね。今さら聞きます?」


 ぷくう、と頬を膨らませると、ラルフは新しい手袋の箱を脇へ抱え直した。


「飯食って、店を見て、港を歩いて、それでお開きです」

「何食べたの?」

「魚のパイとスープですね」

「どこの店?」

「市場の東の端にある店です」

「何を見て回ったの?」


 ラルフは考え込む様子もなく、いつもの調子で続ける。


「布とか、小物とか、雑貨とかっすね」

「……ほかには?」

「以上です」


 きっぱり言うし、あまりにも普通だ。

 男女二人で出かけたのだから、何か特別なことがあったのかと思っていたのに。


 いや、特別なことって何……?


 自分で聞いておいて、想像しようとすると腹が立ってくる。


 ええい、やめやめ。


「……また出かけるの?」

「その予定はありません。きっと俺なんかとまた行きたいなんて言わないですよ」

「なんで?」

「さあ?」


 ラルフはそこで話を終える気らしい。


「なんで分からないの?」

「本人に聞いてくださいよ」

「……む」


 はぐらかされた。

 レナに「ラルフとまた出かけたい?」なんて、気まずすぎて聞けるわけがない。


 でも、もう二人で出かける予定はない。


 それを聞いて、私は喜んでいる。

 ……私ってば、性格悪っ。


「お嬢様?」

「……レナに言われたこと、考えてたの」

「何を言われたんです?」

「私がラルフを連れ回してて、ちゃんと休ませてないって」

「ああ……だから急に休みをくれたんですね」


 責められている気がして、私はうさぎを抱えたまま唇を尖らせた。


「言われて、ちゃんと考えたの」

「考えた結果が、俺の代わりの人間の手配っすか?」


 こくん、と頷く。


 兄様の従者さんには悪いことをしたと思っている。

 私がいつもの癖で三回くらい「ラルフ」と呼びかけ、三回ともラルフじゃない人が返事をした。

 向こうは困っただろうな。私も困ったもん。

 まあ、ゴードンだけはおかしそうに笑ってたけどね。


 なんだか、私は昔からラルフのことを勝手に決めてきた気がする。


「……ラルフの誕生日、私が決めたよね」

「そっすね」


 私が五歳だった頃。家へ連れて帰ったラルフは、名前以外のことを話さなかった。

 ある日、私が自分の誕生日の話をしていて、ふとラルフへ聞いたのだ。


『らるふのおたんじょびはいつなの?』

『知らない』

『じゃあ、わたしとおなじにしよ? いい?』

『……いいけど』


 誕生日だけではなく、年齢も同じになった。

 ラルフが何歳なのかも分からなかったため、私と同じくらいの身長だし、同じ年でいいよね! という驚異の判断で。

 今考えると、雑の極みである。


 たぶんラルフのほうが一、二歳は上だと思う。

 もしかすると今日で二十歳くらいなのかもしれない。

 でもそれは本人にも分からないし、誰にも分からない。


 だから今年も、ラルフは私と同じ十八歳ということになっている。


「誕生日、私と同じにされて嫌じゃなかった?」


 ラルフは目を丸くした。


「何ですか、急に」

「だって、同じにしよって言って、そのまま決めちゃったんだもん」


「どうでもよかったですけどね、当初は。……誕生日が何日だろうが、俺には関係なかったんで」

 そう言ってから、ラルフは私の手にあるうさぎへ目を向けた。

「でもまあ、今ではよかったって思ってますよ」


「そうなの?」

 私は首を傾げた。


「はい。毎年、お嬢様が祝ってくれますからね」

「……嬉しい?」

「すっげえ嬉しいですよ」


 それなら、来年もやるのかな。

 十九歳になっても、その次も。私が、お嫁に行っても──


 私はラルフを見上げた。


「ねえ。ラルフって、これからも私の従者でいる?」

「そのつもりですけど」

「ずっと?」


 自分で聞いてから、子どもみたいな質問だと思った。


 人はずっと同じ場所にいるとは限らない。

 兄様は今年、ブレンダ姉様と結婚する。

 私だって十八歳になった。

 私に甘い両親が今すぐに結婚を急かすことはないけど、結婚しない選択をする貴族女性はこの国には少ない。

 だからいずれは私は家を出て行かねばならない。


 ラルフにも、いつか別の仕事をしたい日が来るかもしれない。

 騎士団から声をかけられたこともあるくらいだ。今まで断ってきたからといって、これからも同じとは限らない。


「ずっとお嬢様のそばにいます。離れることはありません」


 鼻のあたりが、つんとする。


 どうして私、泣きそうなの?

 悲しいことなんて一つも言われていないのに。


「それって、拾った恩?」

「恩だけなら、とっくに返しましたよ」


「……確かに」

 五歳のときから、それはもう迷惑をかけまくりで尻拭いをさせてきた。


 恩、もうないね。


「でもさ、そんなに迷惑かけた?」

「数えます?」

「やだっ」


 ラルフが笑って、私も笑う。


 泣きそうになったのが恥ずかしくて、うさぎの耳で顔を隠す。


「でも、よかった」

「何がです?」

「これからもずっと一緒って分かったから。ねえ、来年も再来年も、その次もプレゼント交換しようね」

「……はい、しましょう」


 寒くて頬が冷えていたはずなのに、笑っていたら気にならなくなった。

 私はうさぎと万年筆を抱え直した。


「じゃあ、部屋に戻りましょう。風邪をひきますよ」

「平気だよ」


 言ったところで、ラルフが先に扉を開けた。


「平気でも戻ります」


 ラルフに続いて、暖かい廊下へ戻った。


 自室の前まで送ってもらい、私は扉へ手をかける。


「ラルフ、誕生日おめでとう」

「お嬢様も。十八歳、おめでとうございます」

「うん、ありがと。おやすみ」

「おやすみなさい」


 扉を閉めると、部屋には私だけになった。


 昼間にもらった贈り物が、机や長椅子へ並べられていた。

 その中へ、ラルフからもらったうさぎを置く。


 今日は、いっぱい祝ってもらった。

 苺も美味しかったし、贈り物も嬉しかった。


 なのに、頭に浮かぶのはベランダで話したことばかり。


『その予定はありません』


 私はうさぎの耳をつまんだ。


 ベランダでは寒かったのに、今は耳が熱い気がするし、心臓もどきどきしている。


「……変なの」


 私は両手で頬を押さえた。


「なんで?」


 考えても分からない。

 分からないのに、ラルフが言った言葉を思い出すと、また顔が熱くなる。


『なんで』がいっぱいで、頭が爆発しちゃいそう。


「もう、なんなの……」


 私はうさぎを抱え、寝台へ倒れ込んだ。

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