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18/23

18.聞けないこと

 三月まで、あと数日。


 港へ続く道の端では、浜大根の薄紫の花が、まだ少し冷たい潮風に揺れていた。

 冬のあいだは頬に刺さるばかりだった風も、今日はほんの少しだけやわらかい。


 そんな朝、市場入口の露店で、四十匹目のハイモア焼きが売れた。


 ◇


 菓子職人がハイモア焼きを薄い紙で包み、列の先頭にいたお客さんへ渡す。

 紙からのぞく尾びれには、こんがり焼き色がついている。


「今日の分は、これで終わりです」


 菓子職人が売り切れの札を出すと、まだ並んでいた人たちから残念そうな声が上がった。


 列に残っていた女性の一人が、菓子職人へ声をかける。


「土曜も店はやってるのかい?」

「はい。市場が開く頃から焼きます」

「今度は早めに来るかねえ」


 女の人は名残惜しそうに露店を見てから帰っていった。


「順調っすね」

「だね!」


 露店の前には、焼けた生地と甘いクリームの匂いが残っていた。


 買ったばかりのハイモア焼きを手に、市場へ入っていく人がいる──頭から食べる人、尾びれからかじる人、真ん中で割って誰かと半分ずつ食べる人。

 私が紙に描いた魚が、今は人の手に持たれて町を歩いている。



 てなわけで、ここで肝心の中身の話をさせていただきます!


 ミルクジャム、蜂蜜、林檎ジャム、栗ペースト。

 最初に出す二つの味を決めるため、候補に選んだのがこの四種類だった。


 中身を選べるお菓子にしたかったんだよね。

 思いついたときは、私ってば天才かな? って思っちゃった。


 ところがどっこい。


『最初は一種類のほうがいいかと……』


 菓子職人の言葉である。


『え? 二種類じゃだめなの?』

『どちらが何個売れるか分からんうちは、売れ残る味と足りなくなる味が出ます。数を増やせるようになってから、種類も増やしたほうがいいでしょう』

『う~~……そうだね。じゃあ、まずは最初の一種類を決めないとね』


 そこで、菓子職人たちとラルフと私で、四つを順番に焼いて食べ比べた。


 最初に焼けた一匹は、約束通りラルフに食べてもらった。感想は「あっま」だった。見たことのない顔で食べてた。


 ミルクジャムは、生地と一緒になると甘さが激重だった。濃厚でもったりしつこく、私以外の全員一致で即却下。

 私的にはぎりぎりセーフだったけど、多数決で負けた。


 蜂蜜は温めると流れやすく、割ったところから垂れてしまう。

 それに、ミルクジャムよりも甘かった。甘党を自称する私がギブアップしたので却下。


 林檎ジャムは焼いた生地との相性はよかったものの、屋台には林檎を使った焼き菓子がすでにいくつもあり、目新しさがないため却下。


 栗ペーストは季節の味としては魅力的だけど、一年を通して最初の味にするには向かないため却下。

 季節限定なら、栗ペーストはありかな? という意見だけが残った。……無念。


 それなら、一年を通して作れて、甘さを変えやすく、温めても流れにくい中身は何だろう?


 と、そこで思い出したのが、前世のカフェでも菓子やパンに使っていたカスタードクリームである。

 なんと、今世では見たことがないんだよね。


『カスタード……じゃなくて、卵と牛乳のクリームはどうかな?』


 正しくは、卵黄と牛乳と砂糖と薄力粉を使ったクリームだ。


 前世の私ことチヨコが、趣味のお菓子作りでよく作っていたレシピの一つで、卵黄と砂糖に薄力粉を混ぜ、牛乳を加えて火にかけて、固まるまで混ぜれば完成。

 材料は少ないし、砂糖の量を変えれば甘さも変えられる優れもの!


『……なんでそんなん知ってんですか?』

『む、昔、本で見た? みたいな?』


 ラルフのジト目は華麗に無視した。


 私が材料と覚えている作り方を話すと、菓子職人が何度か試して、外へ漏れにくい固さにしてくれた。

 味も好評で、最初の中身はカスタードクリームに決まった。


 なぁんて、ドヤァァ……をぶちかましておいて、前世のたい焼きにもカスタードクリーム味があったんだよね~。

 つまり私のアイデアじゃない。

 えへっ!



 こうして中身も決まり、最初は一日二十五個から始めることにした。


 値段は揚げパンより高く、梨のタルトより安く設定した。

 卵と牛乳を使い、一匹ずつ型で焼く手間がある以上、揚げパンと同じ値段にはできない。

 かといって、市場を歩きながら買う菓子がタルトより高ければ手を出しにくい。

 数と値段が決まったところで、材料費や試し焼きの結果もまとめて兄様へ報告した。


 許可をもらって、ようやく販売を始めて二週間、一日二十五個のハイモア焼きは毎回売り切れた。


 もっと作れないかという声も増えたので、売れた数と養殖型の見積もりを兄様へ持っていき、養殖型を作る許可をもらった。

 そして、販売数を一日四十個に増やしたのだ!


 で、その四十個が、たった今、全部売れたってわけ!

 しかも、夕方前に完売!


「一個ずつ焼いていく天然型だと追いつかなくなったね」


 私が露店の売り切れの札を見ると、ラルフもそちらへ目を向ける。

 養殖型ができるまでは、今の型で焼ける数の限界が四十なんだよね~。


「確かに。一匹ずつ焼くんじゃ、数を増やすにも限度がありますね」

「養殖型の出番、ありそうでよかったあ。あ、そうだ、商会に寄ってもいい?」

「養殖型の進み具合を確認したいんっすね? 行きましょう」


 ◇


 ミドルトン商会へ着くと、応接間へ向かう廊下でレナと鉢合わせた。


「こんにちは、レナ! 今日ね、四十個全部売れたの!」

「そうですか。増やした分が売れたなら、養殖型を作る判断は合っていたようですね」


 レナは私にそう答え、それからラルフへ目を向けた。


「……お、お疲れ様です」

「お疲れ」


 会話はそこで終わった。


 レナは抱えていた紙を持ち直し、「仕事がありますので」と告げて、倉庫へ続く廊下を歩いていった。


 私はその背中を見送る。


 ──……うーん。


 やっぱり、なんか変わったよねえ?


 レナがラルフと出かけてから、ずっとこんな調子である。


 仕事で必要な話はするけど、前みたいにラルフの近くへ寄ったり、自分から話を続けようとしたりしなくなった。


 それだけじゃない。


 レナの私への口調は優しくなったわけじゃないけど、前みたいにちくちく刺してくることは、ぐんと減っている。


 なのにラルフのほうは、何も変わらない。

 出かけた次の日には「休みは二日もいらないっすよ」と言って、ハイモア焼きの試し焼きへ来たくらい。

「ちゃんと休んでよ」って私が言ったら、ラルフは「十(じゅう)分(ぶん)休みました」と返し、そのまま菓子職人にあれこれ質問を始めた。


 私は休ませようとしたんだよ?

 なのに本人が来てしまったのだから、私が縛りつけて連れてきたわけではない。

 ここ重要!


 って、今はそこじゃなくて!

 気になっているのは、ラルフが休みだった日のこと。


 レナとどこへ行って、何を食べて、何を話したのか、私はものすごぉく気になっている。


 知りたいなら聞けばいい。いつもみたいに、「教えて」って言えばいいだけ。

 そうしたら、きっとラルフは答えてくれる。


 ──なのに、ラルフにも、レナにも、聞けない。



 さっきみたいに、何も気にしてない顔で、いつも通り笑ってる。

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― 新着の感想 ―
たい焼き…食べたくなりました(›´ω`‹ ) ゼンさんの作品はいつも食べものの表現に食欲が刺激させられます。 ジャクリーンとラルフの恋の行方とともに楽しみにしてます(*^^*)
 お。これは、ガツン、と或いはキッパリ言ったかな?
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