↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/21

17.むかむかむかむか

 冬灯祭の翌週、私はラルフと共にミドルトン商会の応接間へやって来た。


「魚の形をした焼き菓子を作りたいの。二枚の型で生地と甘い物を挟んで、両側から焼くんです」


 魚の絵と、型を開いたところを描いた紙を机へ並べる。


 向かいには金属職人と菓子職人、その横にはゴードンとレナがいる。


 最初に作ってもらうのは、一匹ずつ焼く型だ。

 何匹か並べて一度に焼ける形にもできるらしいけど、それはちゃんと売れると分かってからでいい。


 天然で始めて、売れたら養殖する!


 前世のたい焼きは、一匹ずつ焼くものを『天然』、何匹も並べた型でまとめて焼くものを『養殖』と呼んでいた。


 この呼び方、港町で作るお菓子にぴったりだよね〜!


 ◇


 金属職人は魚の長さと幅を書き取り、持ち手の長さや、二枚の型を合わせる位置を唸りながら考えている。菓子職人は、生地と中身が入る腹の深さを確かめていた。


 私は持ってきた魚の絵を、金属職人の前へ滑らせる。


「鱗は、これくらいでどうですか?」


 最初はもっと細かく描いていたけど、梨のタルト店の案内板で学んだのだ。

 細かく描けば可愛くなるとは限らない。見えなくなったら意味がないもんね。


 だから鱗は大きなものだけを残し、尾びれの線も二本に減らしてきた。


 金属職人は絵を眺め、魚の上を太い指でなぞる。


「これならよさそうですな。まずはこの形で原型を作ってみましょう」


 ◇


 最初の相談から数日後、金属職人が作った原型を見せてもらった。


 紙上では問題なく見えた尾びれが、立体になると薄く、腹の重さに負けそうだった。

 これでは型から外すときに、尾がちぎれるかもしれない。

 魚なのに尾がないなんて悲しすぎるので、尾びれは付け根を太くし、先端も丸くした。鱗はさらに数を減らし、大きさを揃えた。


 次の原型では、腹の深さを変えた。

 中へ入れる甘い物が多すぎれば、二枚の型を閉じたときに縁から出てしまう。

 少なすぎれば、割ったときに生地しか入っていない場所が増える。


 菓子職人が生地と中身の量を考え、金属職人が腹の中央と外周の高さを直すことになった。


 ◇


 原型を作り直すたび、私はラルフと商会へ通った。


 そしてひと月後、完成前の確認へ行った日。

 金属職人と菓子職人が工房へ戻ろうとし、ゴードンも倉庫から呼ばれて席を外した。

 ラルフは持ち手の寸法を記録するため、金属職人と一緒に工房へ入っていく。


 応接間に残ったのは、私とレナだけである。


「ラルフさん、このひと月ずっとお嬢様に付きっきりですよね」


 いつもの言い方より、ずっときつい。


 気のせいって思いたいけど、私を傷付けたいって思ってるのかなって……そんなふうに勘ぐっちゃう。


「……だって、私の従者だし。それに費用も寸法もラルフが記録してくれてるんだもん。一緒で当然でしょう?」

「明日も連れ回すんですか?」


 そんなことしてない、と言い返したい。


 でも、朝から晩まで一緒にいることが多いのは本当で、うまく反論できない。


「ラルフさんって、休日もお嬢様と一緒なんですか?」

「お休みの日に、私から呼び出したりしないよ」

「でも、ここ最近はずっと一緒に商会に来るじゃないですか。休日を与えてないんですか?」


 休日はちゃんとあげてることを、もそもそ返すと、「ではなぜ?」と即座に問われ、居心地が悪くなる。


「それは……お休みの日にラルフのほうから、『俺もついていきます』って言うから」


 本当のことなのに、言い訳をしているみたいで、なんだか嫌だ。


「私、ラルフさんとデートしたいんですけど、次のお休みに彼を誘ってもいいですか?」


 外国語だと言われたら納得できたかもしれない。


 それくらい、何を言われたのかが、すぐには分からなかった。唐突過ぎて。


 そして、レナとラルフが二人で出かけることを想像した途端、ひどく腹が立った。


「…………明日はラルフが休めるように兄様へお願いするから、好きにすれば? ラルフを遊びに誘うことに私の許可は要らないから、二度と聞いたりしないで。まあ、断る断らないはラルフの意志だけど」


 嫌で堪らないのに、口から出たのは許可のもの。


 言い切ってから、自分の声の強さに驚いた。

 レナも目を見開き、肩を強張らせている。


 ──と同時に、工房へ続く扉からラルフが戻ってきた。


「ラルフさん!」


 レナが椅子から立ち上がった。

 黄色い声に、鼻白む。


「明日、私と出かけませんか? お嬢様が休日をくれるそうですよ」


 ラルフが眉を寄せ、私にどういうことかと視線で問う。


「明日と明後日はラルフが休めるように兄様へお願いするから、誰と何しようが構わないよ」


 一日だけだと、レナに言われた通りにしたみたいで嫌だ。

 どうせなら、二日休ませよう。


 だけど言った途端に後悔して、自分で自分が嫌になる。


 ああもう──今日の私は、どうかしてる。


 そんな私にラルフは「そっすか」とあっさり言って、レナへ向き直った。


「分かった。じゃあ、明日出かけるか」


 ……行くんだ。断らないんだ。


「楽しんできてね」


 口から出た声は、思ったより普通だった。


 こんな私にも、プライドとやらはあるらしい。


 ◇


 商会から屋敷へ戻る馬車の中で、向かいの席からラルフが尋ねてきた。


「……明日、本当に俺が休んでも大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。明日と明後日はちゃんと休んでね」



 その日のうちに兄様へ話し、明日と明後日は、兄様付きの護衛を一人、私につけてもらうことになった。


 ◇


 翌朝、玄関広間へ下りると、ラルフがいた。

 従者服ではなく、焦げ茶色の上着に普通の外套を重ねている。

 いつも後ろに撫でつけている髪も、今日は下ろしていた。


「……似合ってるね」

「ありがとうございます」


 むかつく。


 ──いや、なんでよ。


 休んでいいと言ったのは私だし、ラルフが従者服以外を着るのだって当然なのに。


 ラルフが屋敷を出ていくのを、追いかけて呼び止める理由もない。


 それに、今日の私の付き添いは、別の人がいるんだから何も困らない。


 ◇


 朝食のあと、ミドルトン商会から型が完成したと知らせが届いたので、商会の工房へ向かった。


 作業台の上には、長い持ち手のついた金属の型が置かれている。

 二枚を開くと、内側に同じ魚が一匹ずついた。鱗は大きく二列。尾びれは付け根が太く、先まで丸みがある。腹の中央には生地と中身が入る深さがあり、その外側には、閉じたときに中身が出ないよう幅を取った縁がついていた。


 金属職人が持ち手を動かすと、二枚の型が同じ位置で重なった。


 尾も腹もずれず、縁がぴたりと合う。


「ラルフ! 見て──」 


 振り返ってから、今日はいないことを思い出した。


 そこにいたのは、工房へ入ってきたゴードンだった。


「へえ? あいつがいねえと、ずいぶん調子が狂うんだな、お姫さん」

「別に! いつもいるから、癖で呼んだだけだもん!」


 ゴードンは愉快そうに笑う。


「なんで笑うの? というか、ゴードン、私に変な絡み方するよね、好きでもないくせに」

「俺がお姫さんに近づくと、あいつが面白いくらい反応すっからなあ」

「やっぱりラルフをからかってたんだね」

「面白くて、ついな」


 悪びれた様子もないゴードンに、むっとする。


 ……でも、それよりレナとラルフが出かけていることのほうがむかむかする。


 兄様がブレンダ姉様と出かけても腹は立たないし、お父様とお母様が二人で過ごしていても何とも思わないのに。



 ポール様を初めて見たとき、金色の髪と青い目と、優しそうな笑顔に夢中になった。


 格好よくて、公爵家の令息で、物語に出てくる王子様みたいな人だと思った。

 そんな人に好きになってもらえば、自分も物語のお姫様になれる気がしていたのかもしれない。


 でも、ラルフに感じているのは、それとは違う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。