17.むかむかむかむか
冬灯祭の翌週、私はラルフと共にミドルトン商会の応接間へやって来た。
「魚の形をした焼き菓子を作りたいの。二枚の型で生地と甘い物を挟んで、両側から焼くんです」
魚の絵と、型を開いたところを描いた紙を机へ並べる。
向かいには金属職人と菓子職人、その横にはゴードンとレナがいる。
最初に作ってもらうのは、一匹ずつ焼く型だ。
何匹か並べて一度に焼ける形にもできるらしいけど、それはちゃんと売れると分かってからでいい。
天然で始めて、売れたら養殖する!
前世のたい焼きは、一匹ずつ焼くものを『天然』、何匹も並べた型でまとめて焼くものを『養殖』と呼んでいた。
この呼び方、港町で作るお菓子にぴったりだよね〜!
◇
金属職人は魚の長さと幅を書き取り、持ち手の長さや、二枚の型を合わせる位置を唸りながら考えている。菓子職人は、生地と中身が入る腹の深さを確かめていた。
私は持ってきた魚の絵を、金属職人の前へ滑らせる。
「鱗は、これくらいでどうですか?」
最初はもっと細かく描いていたけど、梨のタルト店の案内板で学んだのだ。
細かく描けば可愛くなるとは限らない。見えなくなったら意味がないもんね。
だから鱗は大きなものだけを残し、尾びれの線も二本に減らしてきた。
金属職人は絵を眺め、魚の上を太い指でなぞる。
「これならよさそうですな。まずはこの形で原型を作ってみましょう」
◇
最初の相談から数日後、金属職人が作った原型を見せてもらった。
紙上では問題なく見えた尾びれが、立体になると薄く、腹の重さに負けそうだった。
これでは型から外すときに、尾がちぎれるかもしれない。
魚なのに尾がないなんて悲しすぎるので、尾びれは付け根を太くし、先端も丸くした。鱗はさらに数を減らし、大きさを揃えた。
次の原型では、腹の深さを変えた。
中へ入れる甘い物が多すぎれば、二枚の型を閉じたときに縁から出てしまう。
少なすぎれば、割ったときに生地しか入っていない場所が増える。
菓子職人が生地と中身の量を考え、金属職人が腹の中央と外周の高さを直すことになった。
◇
原型を作り直すたび、私はラルフと商会へ通った。
そしてひと月後、完成前の確認へ行った日。
金属職人と菓子職人が工房へ戻ろうとし、ゴードンも倉庫から呼ばれて席を外した。
ラルフは持ち手の寸法を記録するため、金属職人と一緒に工房へ入っていく。
応接間に残ったのは、私とレナだけである。
「ラルフさん、このひと月ずっとお嬢様に付きっきりですよね」
いつもの言い方より、ずっときつい。
気のせいって思いたいけど、私を傷付けたいって思ってるのかなって……そんなふうに勘ぐっちゃう。
「……だって、私の従者だし。それに費用も寸法もラルフが記録してくれてるんだもん。一緒で当然でしょう?」
「明日も連れ回すんですか?」
そんなことしてない、と言い返したい。
でも、朝から晩まで一緒にいることが多いのは本当で、うまく反論できない。
「ラルフさんって、休日もお嬢様と一緒なんですか?」
「お休みの日に、私から呼び出したりしないよ」
「でも、ここ最近はずっと一緒に商会に来るじゃないですか。休日を与えてないんですか?」
休日はちゃんとあげてることを、もそもそ返すと、「ではなぜ?」と即座に問われ、居心地が悪くなる。
「それは……お休みの日にラルフのほうから、『俺もついていきます』って言うから」
本当のことなのに、言い訳をしているみたいで、なんだか嫌だ。
「私、ラルフさんとデートしたいんですけど、次のお休みに彼を誘ってもいいですか?」
外国語だと言われたら納得できたかもしれない。
それくらい、何を言われたのかが、すぐには分からなかった。唐突過ぎて。
そして、レナとラルフが二人で出かけることを想像した途端、ひどく腹が立った。
「…………明日はラルフが休めるように兄様へお願いするから、好きにすれば? ラルフを遊びに誘うことに私の許可は要らないから、二度と聞いたりしないで。まあ、断る断らないはラルフの意志だけど」
嫌で堪らないのに、口から出たのは許可のもの。
言い切ってから、自分の声の強さに驚いた。
レナも目を見開き、肩を強張らせている。
──と同時に、工房へ続く扉からラルフが戻ってきた。
「ラルフさん!」
レナが椅子から立ち上がった。
黄色い声に、鼻白む。
「明日、私と出かけませんか? お嬢様が休日をくれるそうですよ」
ラルフが眉を寄せ、私にどういうことかと視線で問う。
「明日と明後日はラルフが休めるように兄様へお願いするから、誰と何しようが構わないよ」
一日だけだと、レナに言われた通りにしたみたいで嫌だ。
どうせなら、二日休ませよう。
だけど言った途端に後悔して、自分で自分が嫌になる。
ああもう──今日の私は、どうかしてる。
そんな私にラルフは「そっすか」とあっさり言って、レナへ向き直った。
「分かった。じゃあ、明日出かけるか」
……行くんだ。断らないんだ。
「楽しんできてね」
口から出た声は、思ったより普通だった。
こんな私にも、プライドとやらはあるらしい。
◇
商会から屋敷へ戻る馬車の中で、向かいの席からラルフが尋ねてきた。
「……明日、本当に俺が休んでも大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。明日と明後日はちゃんと休んでね」
その日のうちに兄様へ話し、明日と明後日は、兄様付きの護衛を一人、私につけてもらうことになった。
◇
翌朝、玄関広間へ下りると、ラルフがいた。
従者服ではなく、焦げ茶色の上着に普通の外套を重ねている。
いつも後ろに撫でつけている髪も、今日は下ろしていた。
「……似合ってるね」
「ありがとうございます」
むかつく。
──いや、なんでよ。
休んでいいと言ったのは私だし、ラルフが従者服以外を着るのだって当然なのに。
ラルフが屋敷を出ていくのを、追いかけて呼び止める理由もない。
それに、今日の私の付き添いは、別の人がいるんだから何も困らない。
◇
朝食のあと、ミドルトン商会から型が完成したと知らせが届いたので、商会の工房へ向かった。
作業台の上には、長い持ち手のついた金属の型が置かれている。
二枚を開くと、内側に同じ魚が一匹ずついた。鱗は大きく二列。尾びれは付け根が太く、先まで丸みがある。腹の中央には生地と中身が入る深さがあり、その外側には、閉じたときに中身が出ないよう幅を取った縁がついていた。
金属職人が持ち手を動かすと、二枚の型が同じ位置で重なった。
尾も腹もずれず、縁がぴたりと合う。
「ラルフ! 見て──」
振り返ってから、今日はいないことを思い出した。
そこにいたのは、工房へ入ってきたゴードンだった。
「へえ? あいつがいねえと、ずいぶん調子が狂うんだな、お姫さん」
「別に! いつもいるから、癖で呼んだだけだもん!」
ゴードンは愉快そうに笑う。
「なんで笑うの? というか、ゴードン、私に変な絡み方するよね、好きでもないくせに」
「俺がお姫さんに近づくと、あいつが面白いくらい反応すっからなあ」
「やっぱりラルフをからかってたんだね」
「面白くて、ついな」
悪びれた様子もないゴードンに、むっとする。
……でも、それよりレナとラルフが出かけていることのほうがむかむかする。
兄様がブレンダ姉様と出かけても腹は立たないし、お父様とお母様が二人で過ごしていても何とも思わないのに。
ポール様を初めて見たとき、金色の髪と青い目と、優しそうな笑顔に夢中になった。
格好よくて、公爵家の令息で、物語に出てくる王子様みたいな人だと思った。
そんな人に好きになってもらえば、自分も物語のお姫様になれる気がしていたのかもしれない。
でも、ラルフに感じているのは、それとは違う。




