16.冬灯祭②
皆と別れると、ラルフは広場とは反対へ歩き始めた。
「冷えますね。何か温かい物を食べましょうか」
「え? ……うん?」
ラルフが買ったのは、白身魚と貝とじゃがいもとにんじんを牛乳で煮た白いシチューだった。
木の器を二つ受け取り、匙と一緒に片方を私へ渡す。温かさが手袋越しに伝わってくる。
「座りましょう」
連れていかれたのは、広場から坂を上ったところにある古い石壁の前だった。
地図を描くために町を歩いていた頃、ラルフと見つけた場所だ。
広場の灯りが屋根の向こうに見え、その先には暗い海と、港へ戻った船の灯りが並んでいる。
石壁の横には長椅子があった。
祭りの音は届くけど、人の流れからは外れている。
ラルフは自分の上着から布を出し、椅子へ敷いた。
私はその布の上へ座った。
ラルフも隣へ腰を下ろし、白いシチューを匙ですくう。
「温かいうちに食べてください」
「……うん」
貝と魚の味が溶け、芋は匙で押すだけで割れた。
祭りの日だからか、胡椒が多く入っているらしい。
「美味いですか?」
「うん、美味しい。お芋、ほろほろなの好き」
「よかったです」
ラルフはそれ以上聞かず、自分の分を食べた。
私も匙を動かした。
半分ほど食べたところで、ラルフが口を開く。
「さっきの菓子の話、ちゃんと聞きたいです」
「……思いつきだよ」
「思いつきでも構いません。俺に話してください」
私は器の中に残ったじゃがいもを匙で割った。
「あのね」
「はい」
「揚げパンは美味しいよ。でも、油がつくし、砂糖も口の周りにつくでしょう? 毎回それしかないと、違う甘い物も食べたくなるというか……飽きちゃうんじゃないかなって思ったの」
ラルフは口を挟まず、続きを待っている。
「もちろんお店へ入ればスイーツはあるけど、お祭りを歩いてる人は、店へ入って座りたいわけじゃないかもしれない。さっきの女の子たちも、まだ灯りを見て歩きたいって言ってたでしょ? 食べながらお祭りを楽しめたらいいなって思ったの」
さっき言えなかったことを、今度こそ言葉にしてみる。
「それとね、他領から来た人にも食べてもらいたいの。ここへ来たときに食べて、帰ってから形を見ただけで、ハイモア港で食べたなあって思い出せる物がいいなあ、って。……食べたいのは嘘じゃないけど、食べたいだけじゃないんだよ」
「分かってます。お嬢様は、ずっと真剣に取り組んできましたからね」
私は器へ視線を落とした。
「どう話すかを一緒に考えましょう。大丈夫です。トリスタン様も、話せば分かってくれますよ」
ラルフは懐から小さな手帳と鉛筆を出した。
「まず、誰に食べてほしいんです?」
「食べ歩きたい人。王都から来た人も、子どもも、恋人同士も。それと、揚げパン以外の甘い物が食べたい人」
ラルフが頷きながら手帳に書き込んでいく。
「今ある菓子と違うところは?」
「温かくて、揚げてなくて、いろんな味を選べるのがいいな。それから、見ただけでハイモア港だって分かる形だと印象に残るよね」
そこでふと、疑問が生まれた。
ハイモア港だと分かる形って、何だろう。
「……ハイモアっぽさ、っすか?」
疑問を持ったのは私だけではなかったみたい。
ラルフが海に目を向ける。
「船、灯台、漁師、網、貝、海老、魚……」
「あ! そっか! 魚だよ! たい焼き!!」
言った途端、頭の中へ形が浮かぶ。
「タイヤキ? ……なんすか、それ」
「魚の形をした焼き菓子だよ。二枚の金属の型に生地を入れて、中に甘い物を挟んで焼くの」
「? タイって魚を焼くんですか?」
「魚は焼かないよ。鯛っていう魚の形でね。えっと、そんな魚の名前があった……気がしたの!」
「この辺では聞きませんね」
ラルフは考えたあと、首を傾げる。
「そっか。なら、たい焼きって名前はだめだね。……ん~、じゃあ、ハイモア焼き!」
私はラルフから鉛筆を受け取り、手帳へ魚を描いた。
丸い体に鱗を入れ、口を開け、尾びれを大きくする。
可愛くしようとして目を丸くしたら、港の魚というより、食べられる直前に驚いている魚みたいになった。
「……む。なんか違う」
「食われたくなさそうですね」
「もっと嬉しそうな顔にしなきゃね」
「食われるのに?」
「細かいこと言わないで」
私は目を描き直し、口の端を上向きにする。
今度は笑っている魚になった。
うん、こっちのがいい。可愛い。
「型を作れる職人がいるか、一日に何個焼けるかも聞く必要がありますね」
「それ、大事だね!」
私は魚の横へ、型、焼く時間、職人と書いた。
「……兄様にうまく話せるかな?」
「お嬢様が言葉に詰まったら、俺が言いますよ」
「ありがと、ラルフ……にんじんあげる」
「どういたしまして。にんじんは自分で食ってください」
シチューを食べ終える頃には、帰りたい気持ちはなくなっていた。
◇
屋敷へ戻ったのは、夜の鐘が鳴る前だった。
兄様とブレンダ姉様は私たちより先に帰っていたらしく、家族用の居間にいた。お父様とお母様はまだ客を迎えているという。
「兄様。さっきのお菓子の話、もう一回聞いてほしいの」
「……その前に、俺から話がある」
兄様は椅子から立ち上がって頭を下げた。
「先ほどは言い方が悪かった。お前の話を聞く前に反対すべきではなかった」
「もしかして、姉様に怒られた?」
「……」
図星かあ。
ブレンダ姉様はにこにこしている。兄様を叱った直後とは思えない美しい笑顔である。
「でも、私が悪いよ。いきなり名物にしようって言っちゃったから」
「それでも、考えていたことはあったんだろう」
「……聞いてくれる?」
「もちろんだ。聞かせてくれ」
私は手帳を開き、ラルフとまとめた順番で話した。
「──名前は『ハイモア焼き』にしようと思うの。魚の形の金属型で、生地と甘い中身を挟んで焼くの。まだ作れるか分からないから、金属職人さんと菓子職人さんに聞きたい」
「この形で焼けるのか?」
「分からない」
「一日に何個作れるんだ?」
「……そ、それも分からない」
うっ……! 分からないばっかりになってきた。
「費用は?」
「相談して作れる数と値段を出してもらおうかなって。最初から屋台へ出すんじゃなくて、試作品を作って、持って歩けるか、中身が漏れないか、ちゃんと美味しいかを確かめたい。あっ、あと、揚げパンと違って中身を選べるようにしたいの。最初は一つか二つにして、菓子職人さんに合う物を聞くつもり」
「そこまで考えたなら、相談はしてよい。ゴードンへ話を通し、ミドルトン商会から金属職人と菓子職人を手配してもらえ。型の費用と材料費、一度に焼ける数を確認すること。お前の小遣いで支払える範囲なら、型を一組試作するところまで許可する」
「やったあ!」
私は手帳を抱えて跳ねた。
「話は最後まで聞け」
反射で、『気をつけ』の姿勢をとる。ぴし!
「職人へキャロル家の名で命令するな。味や形を勝手に決定するな。試作品ができても、すぐ売るとは約束するな」
「うん。まず作って、食べて、歩いて、確かめることから始める」
名物になるかどうかは、そのあと。
ちゃんと分かってる! 順番を飛ばさない!
うろ覚えの敬礼!
話が終わるやいなや、私はラルフに駆け寄った。
「ちゃんと話せましたね」
「ラルフが聞いてくれたからだよ! ありがとう!」
「考えたのはお嬢様ですよ」
それとは別なのだ。
最初にちゃんと聞いてくれたのはラルフだったもん!
「ラルフが一番に食べてね!」
「美味くなかった場合は、正直に言いますよ」
「もちろんそうして!」




